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​カッコウの巣のなかで

​​(ひふど前提モブど 一二三の子ども×独歩   R18)


「お父さん」
 腕に抱かれた少年が言う。父親は「どうした?」とその金髪をなでながら、微笑んでその顔を覗き込んだ。
「おれのこと、好き?」
 少年の問いかけに、父親はもちろんだ、と返す。
「好きだよ、ひふみ」

 ・・・

 似てない親子だ、と言われてきた。俺はうまれつき金髪だったし、父さんは赤茶の癖毛をしていた。目の色だって、金と青でぜんぜん違った。俺と父さんの似ているとこなんてなにひとつとしてなくて、不安がる俺に父さんは母さんに似たのだと言うけれど、見たこともない母親になんかより、目の前の大好きな父親に似ているほうがずっとよかった。
 だから、なんとなく俺は自分のことが好きになれなかった。かっこいいと大人に褒められてもひとつも嬉しくなかったし、告白してきた女子なんかはどうせ俺の顔が好きなんだろうと付き合う気にもなれなかった。
 陰気な俺に、父さんはそれでも優しかった。俺に母さんの面影があるからだろ、と投げやりな気持ちになりながらも、父さんにしか俺には愛されたいと思えなかった。優しくて、それでいて意志の強いところのある、俺のただ一人の肉親の父さん。見たこともない母さんなんかいらなかった。父さんがいればそれでよかった。それなのに。
「ねえ父さん。俺ってそんなに似てる?」
「母さんにか?」
「いや、伊弉冉一二三」
 テレビを見ながら、俺は父さんに聞いた。バラエティ番組では、かつて一世を風靡した伝説のラッパー兼ホスト・GIGOLOこと伊弉冉一二三の特集が流れている。彼の伝説とその失踪事件を報じるバラエティの画面と俺を見比べた父さんは明らかに動揺して、ゴトン、と手にしていた携帯電話をリビングの床に落とした。
「そ、そんなこと誰が言ったんだ」
「最近クラスメイトに言われるんだよね、ひふみくんってGIGOLOに似てるよね、名前も一緒だしって」
「そ、そうなのか……」
 父さんは狼狽したようすで足元に落ちた携帯電話を拾って、「俺は、似てないと思うけどな」と言った。父さんの嘘はわかりやすい。嘘をつくには馬鹿正直すぎる性格をしているから。似ている――もしくは似て欲しいと思ってこの名前もつけたのだろうかとすら思えて、途端に画面の向こうの男が憎くなった。
「名前まで一緒なのはさすがに言い逃れできないでしょ。父さんってこの人のチームメイトだったんだろ。しかも幼馴染みで」
「ひふみ」
「父さんに似てないって昔からずっと言われてきたけどさ。母さん似だって父さん言ったよな。母さんって本当に居るの? 写真も見せてくれたことないくせに」
 俺は父さんに詰め寄って、にらみつける。こんなに頼りない人だったっけ、という程に父さんは小さく見えた。俺が成長していたからかもしれないが、それだけじゃない何かがそう見せていたに違いなかった。
「俺、この人の子どもなの?」
 テレビを指さしながら、俺は父さんに問いかけた。そうだろうな、という確信めいたものはあった反面、そうじゃないと言って欲しい気持ちがあった。間違いなく自分の子だと、俺の息子だと言って欲しかった。俺が今まで受けた愛は本物の家族に与えるもので、偽物なんかじゃないと信じていたかった。それなのに、父さんは俺の前にぺったりと座り込んで、懺悔するように頭を垂れて「すまない……」とつぶやいた。
「ずっと騙してたんだな」
「騙してたんじゃない、本当に自分の子だと思ってた。一二三が幼いお前を遺していなくなってからずっと――」
「――ずっと、伊弉冉一二三だって思って育ててた?」 
「違う!」
 父さんは、大きな目に涙をためて、俺の足に縋った。違う、お前はアイツじゃない。ちゃんと俺の子だと言い訳をする父さんは哀れで、惨めで、かわいい。俺は背筋にぞくぞくと走るものに任せて、しゃがみこみ父さんの顔を両手で包むと軽くキスをした。
「なにするんだ!」
 キスをされた父さんは、身を守るように俺から離れた。親子であると思っていた相手にされた暴虐に驚いたのか、はたはたとその目に貯めた涙をこぼして、俺を見上げる。まるで自分ばかりが被害者みたいな態度をする彼はずるいなと俺は思った。父さんだって、俺のことを伊弉冉一二三に重ねていたくせに。俺は立ち上がって、床に座り込んだ父さんを見下ろす。
「なにって、キスだろ。一二三さんとは、こういうことした?」
 父さん――父さんだった人は答えなかった。ただ、目を伏せて黙っていた。嘘をつくのも苦手なら、独歩は隠すのも下手だった。二人が愛し合っていたと知った俺が感じたのは、怒りだった。今まで与えられていた家族愛が、まがい物へと変わる。彼との思い出の色がどんどん反転して、愛情が生理的な嫌悪に変わるのは一瞬だった。
「彼氏に似てきた俺見てどう思ってた? 俺をオカズにしてオナったりした?」
「し、してない」
「あいつの代わりにしたいからずっとそばに置いてたんだろ。そうじゃなきゃ、なんだっていうんだ」
「代わりにしたいなんて! 俺は、ただ、あいつが遺したものを守れればいいって、それだけで……」
「なら、もしあいつが帰ってきたら俺のこと捨てるってことかよ」
 舌打ちをして、俺は独歩のワイシャツの胸ぐらを掴んだ。抵抗らしい抵抗はない。後ろめたさがそうさせるのだろうとは容易に想像がついた。
「捨てたりしない。ひふみ、俺はお前のことを愛してるんだ。本当に。家族として」
「何言ったってもう信じらんねえ。俺はもう愛せないよ、独歩。本当の家族でもない、ちゃんと愛してくれてもいなかった他人のことなんか」
「愛してた、本当だ。ひふみ、父さんはお前を愛してる」
 俺の詰問に、許しを請う父さんは今まで見たどの姿よりも弱々しい。俺の一言でどうにでもできそうで、そんなちっぽけな独歩が憎くて、かわいかった。この彼をかわいいと感じる感情は、俺に半分だけ受け継がれている伊弉冉一二三の遺伝子のせいなのかもしれない、と思えた。
「独歩はいつも嘘ばっかりだな。信じられるかよ、そんな言葉なんか。どうとでも言えるし」
「言葉じゃだめなら、何をしたら信じてくれるんだ?」
「たぶん、何をしても無駄だと思うよ」
 俺達に家族として愛を確かめるすべは残っていなかった。俺はもう独歩の言葉を信じることはできなかったし、それ以外に家族愛を示す方法もない。だからといって俺は目の前の人間に、自分より愛する相手――伊弉冉一二三ががいることに耐えられる程大人じゃなかった。愛して欲しい、自分だけだと言って欲しい。この人を俺だけのものにしたい。そんな黒い感情が胸を渦巻いて、そして、それは口から吐き出された。
「じゃあさ、俺を父親として愛してくれないなら、恋人として愛してよ」
「そ、そんなの無理だ。だって、俺の子なんだし」
 独歩は親子関係にこだわって、俺のことをまだ子ども扱いしている。そんなこと、もう意味が無いと知っているくせしてだ。
「まだそんなこと言ってんの? 甘過ぎでしょ。俺も〝伊弉冉一二三〟になれるよう頑張るからさ、独歩さんも俺を〝伊弉冉一二三〟として見るように努力してよ」
「ひふみ、お前は一二三なんかじゃない。無理にあいつになろうとなんかしなくていいんだ。そんなことしなくても、俺はお前をちゃんと好きだから、愛してるから」
 それ以上聞くのはめんどくさくて、俺は独歩を床に押し倒した。子どもと親として愛を確かめられない俺達に残されているのはもうこれしかないって、セックスをすることくらいでしか愛を感じられないって俺は確信していた。
「独歩、〝父さんの子どもじゃない〟俺のこと好き? もし好きならキスしてよ」
 キスはしてもらえなかった。それが彼の答えだった。ああ、この人はまだ伊弉冉一二三のことがすきなのだ。そして、俺のことを彼の子どもだから愛したのだ。知りたくなかった現実を突きつけられた俺は苦しくなって、どうしようもない気持ちのまま無理矢理彼に口づけた。
「セックスしよう。父さん」

 

・・・

 

  さりとて男同士のセックスなんかわからない。抱かせてとねだるのに、押し倒したきりなにもできないでいる俺に、独歩は「わかったから……」と、か細く声をあげた。
「俺を抱いて満足するなら、抱いていいから。父さん、お前に許してもらえるならセックスでもなんでもするから。でも、久しぶりだし、準備しないとだから……」
 自分の腹の上で固くなっている俺のソレを、独歩はすり、と撫でた。急に急所を触られて、身がこわばる。彼はそのまま慣れた手つきでズボンの前を開けると、パンツをずりさげてその細い指でペニスを握った。
「父さんの手で、がまんしろよ」
 そう言う独歩の顔は、いつも見ていた〝父さん〟の顔ではなかった。色っぽく、未亡人のようなそれに、俺の喉はごくりと鳴る。普段は真面目な会社員のくせして、こんないやらしい表情もできるのか、と何年も生きてきて知らなかったことを今更知った。
「すご……」
 独歩は触りながら、ため息をついた。彼も興奮しているのだ、と俺は悟る。なにが親子だ。子どもと呼ぶ相手のちんこを見てそれをくわえることを期待しているくせに、親の顔なんか今までよくもできたものだ、と俺は腹が立つ。
「お前、本当に父さんなんかで興奮したのか……?」
 すりすりと裏筋を撫で、先端を握りこまれて尿道を親指でいじめる手は、次第にはやくなっていく。独歩の、おとなしい性格から想像も出来ない大胆な手の動きが俺を絶頂へと追いやっていく。人に触られるのがはじめてだったのと、父さんだと思っていた相手に触られる背徳とが、いっそう射精感を高めた。
「悪い? 独歩が、ン、やらしく触るから……」
「悪い、っていうか……。犯罪みたいで、いやだ」
 ぽつりとそう言って、独歩は手を止めてしまう。なにがここまでやって犯罪だ、バカじゃないのか。イく寸前で止められた俺は、はやく、とその白い手に自分の手を重ねた。
「犯罪とか、はあっ、いまさらっしょ……。元々俺の父さんじゃないんだし、法律だってとめないって。『ほら、イかせてよ、独歩』」
 俺は、独歩が好きそうな伊弉冉一二三っぽい声を作って言った。すると途端に独歩は発作が起きたようにワッと泣き出し、「一二三、すまない」と俺のペニスから手を離して、汚れるのも構わず顔を覆った。
「俺のせいだ、俺がちゃんとしなかったから。一二三、お前の息子すら満足に育てられない俺のせいで、こんなことに、こんな、こんな……」
 呼んでいた相手が、自分じゃないことは感覚で分かった。こうして触れあっている最中さえこの人は俺のことを見てくれないのかとがっかりして、俺は泣く独歩を見ながら自分でペニスをしごいて、むなしく達した。勢いよく出た精液は、仰向けの独歩の顔にかかって、汚した。
「泣いてどうすんの……」
 俺は嘆息し、下着をはき直して自分の精液にまみれて泣いている父親面をした男を見た。謝って欲しいのはこっちだ、と俺はまた怒ったが、たぶん伊弉冉一二三はこんなとき「独歩は悪くないよ」と言って抱きしめたろうな、とどうしてか思えた。俺があいつの息子だったからかもしれない。
 伊弉冉一二三に似ている、と言われてきた。だが、きっと俺は実の父のようには絶対になれないだろう、と独歩を見ながら感じた。
 それは独歩から、真に愛されなどしないということと同義で、ただひたすらに悲しかった。

 

 

 

ふにょすけさんの同人誌に触発されてかいたもの(本人許諾済)
 

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