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千里を想う

(王者の遊戯 関羽×劉備)

 関羽殿はここ最近ずっと、部屋に引きこもって出てきていない。それは義兄である劉備殿が張飛殿もろとも行方知れずになってしまったからだというのは俺も分かっている。離れてしまったのは仕方のないことだったとは言えども、実際のところは片時も離れたくないのだろう。「生まれたときは違えども、死すときはともに」などと誓った義兄弟なのだ。それがばらばらに引き離されてしまったのだから、彼はその義兄弟のことが心配で心配で仕方がないのだ。
「関羽殿」
 俺が食事を持って関羽殿に与えられた部屋に顔を出すと、彼はどこを見ているのか分からないぼんやりとした視線をこちらによこした。寝ていないのだろう。目の下にはくっきりとした隈が残っていた。身なりを気にしている余裕も最早ないのか、ここに来てから髪は伸ばしっぱなしで、顔の半分を覆い隠すようなありさまだった。
「......趙雲か」
 関羽殿は、俺が夏候の姓を貰ってからも、頑なに「趙雲」と呼んだ。それはまだ俺のことを仲間と思ってくれているからだろうか。実のところ、関羽殿が、俺が郭嘉の将軍夏候蘭として曹操軍に遣えていることをどう思っているかは分からない。関羽殿はここの客将になってからいっそう無口になってしまって、個人的な会話をすることがあまりなったからだ。
 関雲長は人を寄せ付けぬ孤高の将。そんな印象が曹操軍の中では浸透していた。戦場にひとたび出れば鬼神のような働きを見せるが、そうでなければ人との交わりを一切断ってしまっている、孤独な男。
 その他者とのかかわりを断絶するような振舞いは、俺に対しても変わらなかった。関羽殿は最早昔の彼ではない。孤独はこうまで人を変えてしまうのか、と俺はしみじみと思う。
「食事をとっていないそうじゃないですか。体によくないですよ」
「......」
「それに、寝てないんでしょう。目元に隈があります」
「眠れないのだ」
 関羽殿は、やつれた顔でそう言った。何もかもに疲れ切ったというような表情をしていて、それが一層哀れだった。
「劉備殿のことが、心配ですか」
「......」
 俺の問いに、関羽殿は答えなかった。応える代わりに彼は窓の外を見て、どこか遠くに思いを馳せているようであった。きっと、この世のどこかにいるはずの劉備殿を探しているに違いなかった。
「そんなに心配であれば、探しに行くことも困難ではないはずです。俺が郭嘉と曹操殿に話をして......」
「その必要はない」
「関羽殿」
「そんな馬鹿な事ができるはずもあるものか。私は今は客将だ。義理を果たさなければならない」
 鋭い声が俺を刺した。ぴしゃり、と言い切った関羽殿は、生気を宿した瞳で俺を睨みつける。これは言ってはならないことを言ってしまったらしい。
「義理、ですか」
「義理だ。兄者は昔、こうおっしゃった。不義理なことはしてはならない。義無くして、勇はないからだ。我らにとって何が大事なのか、考えなければならない。......私は曹操には恩がある。もし兄者の居場所がわかったとして、義理を果たさず、どうして胸を張って姿を見せることができようか。いや、見せることなどできはしない」
「そうですか」
 真剣な表情だった。この人は、義兄と離れてなお、その教えを守ろうとしているのだ。もしまた相見えたとき、恥ずかしくないように。絶対的な忠誠。妄執的なまでのそれに、俺は背筋が冷えるような思いで返事をした。
「しかし、不摂生が祟って、戦場で討ち死にしてしまっては元も子もありません。せめて、食事くらいはとって頂きたい」
 それ以降、返答はなかった。俺は諦めて、部屋を退室した。


おわり

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