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損しても好き

(るいじろ またセックスしてない 付き合ってはいる)

 その日、競馬場に来ていた俺は、紙くずと化した馬券を手にうなだれていた。
「負けたんですか」
 隣の、眼鏡の男が、無遠慮に俺に言った。なんだこいつばかにしてんの? と俺がじとりと見ると、男は焦ったようにくしゃくしゃの馬券を見せて「いや、俺も今日全敗で」と言った。
「そうなの」
 俺が適当に返すと、男は聞いてもないのにべらべらと話を続けた。「俺、あの騎手すきなんですけどね」
「ウマに優しそうっていうか。好きそうな顔してるじゃないですか」
「アンタ、そんな理由で賭けちゃダメだよ」
 勝てるものも勝てやしない、と俺があきれても、男はばつが悪そうに笑うだけだ。
「でも、好きなんですよねえ」
 男は、たとえそれで損しても平気なようだった。俺は、わかんないなあ、と思って、手元の馬券を見る。特に思い入れはない紙だ。騎手にもウマにもべつだん興味がない俺は、ただの紙にしか見えなかった。
「じゃあ、これで」男が席を立った。俺は、もうこいつと会うことはないだろうと思いながら、ひらひらと手を振った。
 その日、俺は男が言っていた騎手の顔をはじめてじっくりと見た。その顔は、どこにでもありそうな顔をしていて、損得勘定抜きで金を賭けられる相手には見えなかった。


・・


「昨日、映画を見たんだけど」
 事務所の休憩スペースで、Jupiterの伊集院北斗が雑談の途中でそういった。
 彼は二十歳だが、年齢よりずっと大人だ。
「へえ! マイケル、それはどんなmovieなんだい?」
「あ、るい! ちょっと、身を乗り出すな! おじさん潰れちゃう......」
 そう、俺にべったりくっついて離れない、るいなんかよりずっと。
「仲がいいね」とにっこり笑って、北斗は映画の話を続けた。
「それが、結構前の映画なんだけど。主人公の女性が、恋に酔ってるっていさめる友人に対して、【恋のはじまりに酔わなくっちゃ、嘘じゃん】って言うんだよね。それで、一緒に見てた翔太が、ぼんやりポップコーン食べながら『新しいスパイスのカレーにであった冬馬ってこんな感じだよね』って。笑っちゃって、話が入ってこなくて」
 恋の話をカレーに例えられる天ヶ瀬冬馬に、俺は同情した。どんだけカレーすきなのよ。「カレーと結婚でもするのかね」
「その気になれば、できるよ!」
「なに本気にとってんの、るい」
「ええ~」
 俺とるいのやりとりに、北斗はふふ、と笑って、目を細めた。そこで、プロデューサーに呼ばれて、北斗は去った。
「恋に酔わなきゃ、嘘じゃん」
 そのフレーズを再生しながら、俺は、るいの「Bye!」というのんきな声を聞いていた。 俺も、恋に酔えるほど若かったらなあ、なんて、るいの横顔をみながら意味のないことを思って、白衣のポケットに突っ込んだペロキャンを取り出して舐めた。
 自分で食べときながら、甘すぎて胸焼けがしそうだった。
「あのさあ、るい。るいはさ、恋に酔ってる?」
 こんな女々しいことを聞くのは嫌だった。自分ばかり好きなんて、思いたくもなかった。るいは、すこしきょとんとしたあと、「Exactly! 俺もミスターやましたのことが大好きだよ!」と無邪気に言った。
 無垢とはこいつのためにあるのだろうかというほどにまぶしい笑顔だった。いや、大学時代はテニスサークルだったというし、それなりに遊んではいたのだろうけれど(これは俺の偏見かもしれないが)、付き合ってもう数ヶ月。抱いてくれないくせに、それだけでなんだか嬉しくて、あー、俺ばっか損してんなあ、と、俺は思った。それでも、こいつに賭けるのはやめられなくて、あの眼鏡の男の気持ちが分かるような気がした。


おわり

 

 


あとがき
セックスしなくてごめん

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