かたなとトマト
(小竜へし 本丸)
小竜景光が鍛刀された。その風来坊染みた物言いは、主のもとを転々とした来歴からくるものだと言っており、新入りに興味津々なほうの刀剣たちに「農家のところにあったこともあったんだよね」などと話していた。
「まあ、俺は主を選ぶ刀だから。清廉潔白でないと、どっかにいってしまうかもね」
ミステリアスなスマイルを見せる小竜は、白布をかぶった姿の『今代の主』を見定めているようでもあった。一連の流れを見ていた長谷部は、不機嫌そうな顔をしてたたらばを後にした。せっかく、主に望まれ、苦労して鍛刀されたというのに、このような不敬な態度。長谷部としては、見ていられなかった。しかし、主の眼前でもの申すわけにもいかない。自分は、主にとって手のかからない、忠実な家臣でなければならない。主に歓待されている刀と、険悪な様子を見せるなど言語道断なのである。
・・
「しんきくさい顔してますね、へし切」
「......長谷部と呼べ。宗三」
「はいはい。また新しい刀剣が顕現して、ご機嫌斜めですか。毎回僕のところくるのやめてくれませんかね。茶菓子くらいしかありませんよ」
宗三の部屋を訪れれば、長谷部がなにも言わずとも、宗三はちゃぶ台にせんべいの袋をだしてきた。センスがない、と長谷部は思うが、宗三は案外こういう俗っぽいもののほうが好きなのだ。
宗三は、しょうゆせんべいをばりばりとやりながら、長谷部に座布団をよこした。長谷部はそこに座ると、大きくため息をついて、「物が、持ち主をえらべると思うか?」と宗三に聞いた。
「当たり前でしょう。選べません。『僕がそうだったんだから』そうでしょう。選べたなら、今川様のもとにいましたよ」
「だよなあ」
物が、持ち主を選ぶだって? 乾いた笑いが出た。そんなバカみたいなことがあるわけがない。そんな、傲慢で、神様じみたことを、ただのものである自分たちがいえるわけがないのだ。長谷部はせんべいを乱暴にひっつかむと、ばりんと噛んだ。宗三が、こぼれる、と眉をひそめたが、長谷部はあとで掃除をするからいいだろうと言った。
「それで、なんでそういうことを急に言い出すんです。その、新入りとやらが気にくわないんですか」
「そういうわけじゃない。ただ、そいつが、『自分は主を選ぶ刀だ』と言ったから......」
「ふうん。それであなた、そんなに思い詰めてるんですか。まあ、その刀にも、その刀なりの来歴と事情ってものがあるのでしょうよ。僕は知りませんけど。僕に関係のないことですからね」
宗三は案外ドライだ。長谷部が思い詰めているのを知りながら、慰めの言葉をかけたりしない。ただ、「巴形のときみたいに、むやみやたらに噛みつきにいくのはやめてくださいよ」とだけ言った。それは自分で自分を傷つけにいくな、ということでもあったが、長谷部に伝わったかはわからない。長谷部は無言でせんべいを食っていた。
・・
ここの主の采配というのは、いつだっておなじだ。まずは畑仕事から。小竜も例に漏れず、内番のよそおいをして、畑に向かった。農家の家にいた頃を思い出すなあ、と考えながら、ジャージ姿に目立つ水色のマントをなびかせる。
そこで待っていたのは、気むずかしそうな顔をした、ジャージがあつくるしそうな刀だった。「へし切長谷部という。長谷部と呼べ」と、それだけ言うと、長谷部という刀は、くさむしりを始めた。
無愛想な刀だ、小竜は思った。堅物で気が合わなさそう、とも。とりあえず、習って隣で草をむしる。
「あのさ」
小竜が口を開くと、長谷部はなんだと短く言って、手を止めた。
「俺が、農家の家にいたって話はしたっけ」
「聞いている。それに、農家にいたにしては、畑仕事に邪魔なマントをつけてくる馬鹿者だということもわかるぞ」
「いや、これはおしゃれっていうか。風来坊っぽさの象徴だからさあ」
「踏んでこけても知らんぞ、俺は」
それを言うと、長谷部はまたくさむしりを再開した。コミュニケーションをする気があまりないらしかった。それでも、仕事には一生懸命で、小竜が草をむしるのに失敗をしてぶちぶちと葉のぶぶんだけをちぎってしまった時などは、代わりに根元から引き抜いて見せるなどした。
まじめなやつ。小竜は汗が流れるのもかまわず、草をむしり続ける長谷部の横顔を見て思った。
・・
収穫物を抱えて、長谷部と小竜は厨房へと向かう。夏がさかりだったので、夏野菜が多くとれた。トマトにキュウリ、ナスなどがかごいっぱいになって、日差しを反射しててかてかと光っている。新鮮そうだった。いきしな、長谷部はこういうことを言った。
「このトマトが、食べられる相手を決められると思うか?」
小竜はその質問の意図が分からなかった。そりゃあ、トマトは選べないさ、と小竜が返すと、長谷部は、即座に「刀もだ」とこぼした。
「トマトは、誰にたべられるかも、調理されず捨てられるかも、自分の意思では決められない。刀も、誰の物になるかなんて、自分の意思ではきめられない。そうじゃないのか、小竜景光」
初めて、この刀は俺の目を見た、と小竜は感じた。藤色の両目が、なにかを求めて自分を見ている。それは迷子の子供みたいでもあった。
「いや、トマトと刀は違うぜ。長谷部。俺は、『俺の価値』の分かる主人のもとにいたい。いや、そういう主人のもとにしかいられない、というのが正しいかな。わからない主人は、俺を二束三文で売るだろ。そしたら、目利きのできる人間がやってきて、俺を見いだしてくれる。いろんなところを転々として、そうやって、渡り歩いてきたんだよね」
それで風来坊! なんて自称してるわけさ。刀は、価値がわかるものにしか扱えない。トマトとは、違う。小竜がそう言うと、長谷部は黙って、トマトと小竜を交互に見た。
「......俺は、それでも、トマトだ。選ばれるのをまってる、熟れたトマトだ」
しぼりだすような声が、長谷部の口から出た。今にも泣き出しそうな声だった。小竜は、なんていっていいやら、分からなくなって、したにある長谷部の背中ぱんぱんとたたいた。
「もし、そんなおいしいトマトがあったら、俺が食べるよ。俺は『選ぶ』刀だ。辛気くさい顔すんなって。これでも前の主の影響でね、目利きには自身がある。キミが熟れたトマトなら、俺がもぐさ」
キミのこと、よく知らないけどね。相手がしょぼくれてるのは、俺もいやだよ。小竜が言うと、長谷部は「そういうことじゃない! なんでお前なんかに食べられなきゃならないんだ」と憤慨して言った。
「もののたとえだって」
「たとえ話がつうじん奴だ。それとも、やはりアイツと一緒で、なんでもかんでも口説く癖でもあるのか? 長船派は」
打って変わって、挑発的な笑みに変わる。表情がころころとかわって、めまぐるしい。でもまあ、なんというか、だれでも元気な方がいいな、と小竜は思った。
(おわり)