その瞳が欲しい
(貞へし 本丸)
「ああ、やっと見つけたぞ! 太鼓鐘貞宗っ!」
コレが、おれの最初の記憶。
目を覚ましたら、知らないやつの顔面がどアップで飛び込んできた。食い入るように見つめるそのむらさきと目がバチン! と合う。
火花が散った気分だった。
「ああ、待たせたなあ。なんてね。俺が噂の貞ちゃんだ!」
そいつがあんまりにも、あつい瞳で見つめるものだから、俺も応えてやりたい! っておもったんだ。
・・
それなのに、それなのに、だ!
本丸というところに連れてこられて、今代の主と顔を合わせると、彼は俺をみっちゃんにあずけてさっさとどこかへ行ってしまった。
さっきまでのあつさは、その瞳にはない。呼び止めても、冷たい色をした目がちらとこちらを一瞥しただけで、すぐそらされた。
「久しぶりのところごめんね。貞ちゃん。長谷部くん、仕事に一生懸命なところがあるから」
「なるほど。俺を見つける仕事が終わったから、次ってことか」
「そういうこと。貞ちゃんわかりが早い」
「うーん。それは、ちっとも、面白くない。伊達男的には」
「まあ、彼は結構、そういう性格なんだよね。真面目で、主に一途。主命が一番で、他は二番。僕も、仕事のしすぎで倒れそうな彼を何度休ませたことか......」
みっちゃんは、困った同僚のことを話すように、俺に言った。
その長谷部くんというのは、(俺はそこではじめて彼の名前を知った)ずいぶんとくそ真面目な刀らしかった。任務だったから、あんな目をしたのか......。まるで、あいつ自身が俺のことを待っていてくれたかのような情熱を含んだ視線は、俺の勘違いだったってこと。
「なんだ、そうなのか」
「貞ちゃん?」
「や、何でもない。たださ、面白くないやつほど、気にはなるよなあ」
俺は、去って行った背中を思い出す。
せっかく俺が来たって言うのに、あんなに探してくれてたっていうのに、あれきりなんかにしたくない、と俺のどこか本能的な部分が言っていた。
先に踏み込んできたのはそっちだっていうのに、知らんぷりしてぽいだなんて。ひどいぜ、長谷部くん。
「貞ちゃん......。もう、やめてくれよ。長谷部くんは、僕もはじめは気が合いそうだとおもったけど、気難しくて。あんまりちょっかいかけると、怒っちゃうんだ」
「そうなのか」
「鶴さんは、よく怒られているよ。ほら、鶴さんって、枯れ木に花を咲かせたいタイプだろう?」
みっちゃんに言われて、それもそうだと思った。長谷部くんってやつは、面白みがなくて、退屈だ。
そういうタイプほど、鶴さんはちょっかいをかけるのを昔から好んでいた。加羅ちゃんなんか特にね。格好の獲物だ。
「俺もそうなんだよ、みっちゃん」
「あーあ、もう。僕は知らないからね」
俺も、すげなくされると燃えるタイプなんだ。続けると、みっちゃんはあきれたような顔をした。
・・
「長谷部くん」
それから、俺は、長谷部くんに積極的に話しかけるようになった。長谷部くんは、近侍で忙しい。俺はその後ろをひょこひょことついて回った。
「太鼓鐘、俺は忙しい。それに、お前には伊達のやつらがいるだろう。そっちとつるめ」
「ん~、そんなこといわれてもさあ。こんな、時代も刀派も、元の主もてんでばらばらなやつらがそろった場所に来られたんだ。せっかくなら、新たな出会いを大切にしたいんだよな」
ぱちん、とウインクをきめると、長谷部くんは心底嫌そうな顔をした。俺じゃなくてもいいだろう、という顔だった。
「長谷部くんじゃなきゃ、嫌なんだ」
先回りして言うと、長谷部くんは顔を真っ赤にして怒った。
「冗談も、いい加減にしろっ」
ひな鳥か、貴様はっ。ぷりぷりと怒って、早足になる長谷部くんを、俺は追いかけた。
「ついてくるな!」
「そんなこといわないでさあ。仕事、たまってるんだろ。手伝うって」
そういえば、手伝いはいらん! と返される。めげずにすがると、書類が一枚二枚渡される。
「それなら、まあいいだろう。俺の部屋に来い。仕事を教えてやるから、満足したら帰れ」
長谷部くんってやつは、冷たいんだか、面倒見がいいんだかわからない。
・・
「そうら、貞坊のやつが、また長谷部にくっついてるぞ」
鶴丸さんは、面白そうなものを見るように、手でオペラグラスを作って、中庭を挟んだ向こうの廊下に向かって身を乗り出した。
「貞ちゃんてば、顕現したときからこうなんだ。長谷部くん長谷部くんって」
なんだか、昔ながらの親友をとられちゃったみたい。と僕は思う。
貞ちゃんは、長谷部くんが自分にそっけないのが気に入らないみたいで、顕現してからずっと、長谷部くんにかまってもらいたいと声をかけてはうっとうしがられている。
最近は、長谷部くんのほうが根負けして、仕事とかを手伝わせてあげているみたいだけれど。
あれで長谷部くんは押しに弱いところがあるからなあ、と僕は思う。
「一生懸命な身内をみると、応援してやりたくはならないか? 君たち」
「やめてよ鶴さん。馬にけられても知らないよ」
「嫌だな、邪魔するんじゃないんだから。なあ加羅坊」
「俺は貞の問題に口出しする気はない」
にやにやと笑う鶴さんに、嫌な予感しかしないなあと僕はあきれる。加羅ちゃんも同じ気持ちのようで、金の目で鶴さんをじろりとにらんだ。
「おお、こわいこわい。鬼も泣いてしまうな」
鶴さんはちっとも怖いと思っていないという風に、オーバーなポーズを取って笑った。
これはなにかしでかすな、と思ったけれど、それ以上は追求しなかった。巻き込まれたら、困るしね。
僕は、せめて長谷部くんの眉間のしわが増えないことだけを願った。不機嫌な長谷部くんほど、面倒なものはない。
・・
宗三、薬研、不動と織田の連中がそろった飲み会で、顕現してから、ずっと太鼓鐘につきまとわれて困っている、とこぼすと、
「そりゃいいじゃねえか。困る理由がないぜ旦那」
「そうです。貴方みたいなのにも、かまってくれる物好きが現れたんですよ。少しはうれしそうにしたらどうなんです」
「長谷部はもっと喜ぶべきだろ~。ひっく。仕事手伝ってくれてるんだろ。貞はいいやつだってのに、お前はよお」
非難囂々、全員から文句を浴びせられて、鳩が豆鉄砲を食らったようになった。
「俺は、困っているんだが......?」
「だから、それが間違ってるんでしょう。ありがたがるべきです。仕事を手伝ってもらっておいて、困っているとは何様ですか」
「だから、俺は別に仕事を手伝ってほしいなんて頼んでなんか」
「頼んでないのにやってくれてんだろ? なおさらありがたいことじゃねーかよ。長谷部、仕事のしすぎで倒れたのだって、一度や二度じゃないくせによお」
宗三と不動が、俺をじとりとにらんだ。悪いのは俺なのか? 不安になってくる。
「ま、あんたが望んだかどうかは関係ねえ。やってもらったんだし、頼ってた部分もあるだろう? 普段の礼くらいはしとくべきだぜ旦那」
薬研の言葉に、確かに、という気分になってくる。最近は太鼓鐘がやってくること前提で仕事を回していたし、期待していないにしても、生活の一部にしていたのだから、礼くらいはすべきだというのは納得がいった。
「礼、か......」
・・
「礼ならもう決まったようなもんじゃないか、君!」
どこで聞いていたのか鶴丸国永。神出鬼没のその太刀は、天井裏からばあと顔を出した。
長谷部の旦那は、あっけに取られている。
「鶴丸国永。人の部屋に勝手に入ってこないでください」
宗三の旦那は、冷静に返事をした。その横で、不動は酒に酔ってしまったのかぐうぐうと寝息を立てている。
「貞坊は君といっしょにいたいから、そうやって手伝うんだろう? つまりは、プレゼントは俺! ってやつに決まってるじゃないか」
力説する鶴丸の旦那。長谷部の旦那は、そ、そうなのか? と一番アドバイスを聞いちゃならない相手に聞いた。長谷部の旦那もたいがいアホだ。
「そうだそうだ。貞坊に身も心も捧げて......」
「鶴丸国永、あんまり変なこと言わないでもらえます? そういうずるい手は感心しません」
「ああ悪い悪い。宗三は怖いなあ」
鶴丸は、オーバーに怖がる仕草をする。まあ、確かに、太鼓鐘は長谷部と仲良くなりたくてそうやってつきまとっているわけだから、一緒に出かけてやるとかそういうのは、礼になりそうだと俺は思う。
「じゃあ、まあ間をとって、奴さんと一緒に礼の品を選びに行くってことでどうだ?」
「ああ、まあ、それなら俺にもできそうか。そもそも、礼の品なんて、自分で考えたところで見つからん」
長谷部の旦那は、俺っちの提案を気に入ったようだった。鶴丸の旦那はデートだな! といって宗三の旦那ににらまれていた。宗三の旦那も、案外過保護だ。
・・
これは朗報。つれない長谷部くんのうしろにひっついて毎日仕事の手伝いをしていた俺だったが、なんと長谷部くんの方から「礼がしたいから万屋につきあえ」といってくれたのだ!
長谷部くんは俺のことを勝手に仕事の手伝いをしようとしてくるヤツとしか思ってないと、俺は思っていたから、うれしい驚きだった。
それに、二人きりで万屋だなんて、デートっぽくて浮き足立つ。
「欲しいものがあったら言え。俺が買ってやる。日頃の礼としてな」
長谷部くんはそうさっぱりとした口調で言うと、万屋へのゲートをくぐった。俺は慌ててその後を追う。
万屋には、いろいろなものが売ってある。生活必需品から、関係ないガラクタまで。長谷部くんはそこで俺に何がほしい? と聞く。
俺は別になにかものがほしくて手伝っていた訳じゃないから、困ってしまう。
「俺はさ、長谷部くんに何かを買ってもらいたくて手伝ってたわけじゃないんだぜ」
「そうはいえど、世話になっているのだから、俺は何かお前に買ってやりたいんだ。......まあ、他のやつに言われて気がついたんだが」
うれしいな、と思った。長谷部くんが俺のことを考えてくれたというだけで、心がぽかぽかと暖かくなる。
「俺はさ、それだけでうれしいぜ」
素直な気持ちを口にして二カッと笑って見せると、長谷部くんは照れたように顔をそらした。
「お前は、なんだって、そんなに俺にかまうんだ......」
「長谷部くんが好きだからだって、何回も言ってるだろ。仲良くなりたいんだ」
困ったときはストレート。いつだって俺は直球一本派手にかまして、やってきた。長谷部くんは、ぐっとだまる。
「......物好きだ」
それだけ返すと、店内の奥に逃げるように入っていった。
「ま、待ってくれよ、長谷部くん!」
俺は、その後を急いで追った。
・・
ああ、心臓がうるさい。なんだって、この刀は。調子が狂う。
とりあえず、礼。礼さえすればいいんだ。そうして、借りをかえして、それで。
「太鼓鐘、俺はお前にものを買ってやるために来たんだ。だから、欲しいものを、言え」
腰を曲げじっと見て、半ば脅迫めいた台詞で太鼓鐘に迫る。すると、大げさに太鼓鐘は喜んだ。
「長谷部くん、やっと俺を見た!」
「見てるだろう。いつも」
「そういうんじゃなくて......。まあ、いいか。俺さ、長谷部くんとおそろいのやつがいいな~。それで、ずっと使えるヤツ」
太鼓鐘は、そう言って、物色しはじめた。長谷部くんは普段なにつかう? と聞かれ、返答に困る。
俺は、別になにかにこだわりをもって使っているということはない。使えれば使うし、あればそれにする。それを伝えると、太鼓鐘はふうんと言って、雑貨の中からものを取り上げた。
「じゃあ、これは? 長谷部くん、よく書類仕事するだろ。もちろん、俺も」
万年筆。なるほど、それはいい提案に聞こえた。万年筆は、インクを入れ替えさえすれば、いつまでも使える便利品だ。
フタツナラ オヤスクシトクヨ
雑貨に埋もれた店主は、電子音声でそう言う。
「それなら......、それならいいかもな」
そうして、俺は太鼓鐘の選出で、そら色の万年筆と、ふじ色の万年筆を買った。
「長谷部くんが、そら色で、俺がふじ色な」
これがお前の色ではないのか、とそら色を見せたら、
「俺の色を長谷部くんが持ってるって、なんか自分が大事にされてるみたいでいいだろ」
と、返された。小さくても、キザなところは伊達の男だ。そう感じた。
「俺も、長谷部くんだと思って、大事にするからさ」
太鼓鐘は、相当うれしいのか、万年筆の入った箱をなんども開けたり閉めたりしていた。
「長谷部くんもさ、いつか、俺のことも、その万年筆みたいに大事にしてくれたらいいと、思うよ」
さすがに照れくさいのか、そういう太鼓鐘のほほはすこし赤かった。
俺まで照れてしまいそうになって、空を見た。
若い燕が、つがいになって空を舞っていた。