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かたなのおとこ

(いちへし 本丸)


「――――そうして、人間の王子さまになった野獣と、お姫様はすえながく幸せにくらしたという」
 小烏丸がそう言って、絵本を閉じると、それを聞いていた後虎退がおずおずといつもの調子の、おっかなびっくりといった様子で声をあげた。
「こ、小烏丸さん」
「父と呼べと言っておるではないか」
「いや、でも」
「まあよい。どうした、可愛い後虎退。この我の読み聞かせは退屈だったか?」
「い、いえ! そんなことないです! でも、僕、あの......」
「なんだ、言うてみい」
 言いにくそうにちらちらと、眠る大きな虎と小烏丸、そして閉じられた『美女と野獣』と書かれた絵本に視線をうろつかせた後虎退だったが、まじめな顔をして、ついにこう言った。
「その、お姫様は、どうして人間になった獣さんと、なかよくできたのでしょう? だ、だって、お姫様がすきになったのは、獣の姿をした王子様でしょう? それが、急に人間になんかなったら......。僕だって、虎くんのことすごく好きですけど、急に人間になられたら、困ります......。お姫様は、困ったりしなかったんでしょうか?」
 後虎退はそこが引っかかるようで、ふしぎです......。と続けた。
 小烏丸は、その頭をぽんぽんと叩くと、そうさな、と言い置いて、絵本の最後のページを開いた。そこには、人間になった野獣と、お姫様が抱擁をするシーンが描かれている。
「この姫は、きっと野獣が薔薇になっても愛したろうよ。姫にとって、このおとこの見た目など関係がなかったのだ。大切なのは、このおとこがこのおとこであること――――それだけなのだろうよ。お前とて、その虎が人間になったところで、愛せないわけはないだろう?」
「は、はい。虎くんは、僕のだいじなお友達です」
「実際問題、そういうことだ。姫が愛しているのは、おとこの内実であって、見た目じゃない。そういう話なのだろう。これは」
 いつかこんな話を、獅子王とした気がする、と小烏丸はぼんやりと思いながら、眠る大きな虎に手をのばすと、二、三回撫でてやった。
「失礼致します」
 そこで、小烏丸の部屋の障子が開いた。
「あ、いち兄」
「後虎退、やはりここにいたのか」
 開いた廊下側の障子戸の間には、折り目正しく一期一振が立っていた。自分が全ての刀剣の父であるなら、この刀は粟田口の兄だ。そう自称し、そう振る舞う刀。それはどこか自分と似ていると小烏丸は思う。
「秋田や後藤が、かまくらができたから見せたいと、お前を探していたよ」
「えっ、そうなんですか?」
「行っておいで」
「は、はいっ。小烏丸さん、絵本、ありがとうございました!」
「はは、行くがよい。行くがよい。子どもは風の子、元気の子。この父のことは放って、外で遊ぶが良いぞ」
 たたたた、と走ってゆく後虎退の背中を小烏丸は見送った。もともと、暇そうにしていた後虎退に部屋に来いとさそったのは小烏丸である。だから、他に遊び相手が見つかったのなら、父面をしてかまってやる必要もないわけだ。
「小烏丸殿。いつも弟たちの面倒を見て下さり、ありがとうございます」
 一期一振は、まっすぐ伸びた背中をくっと曲げてお辞儀をする。まじめで礼儀正しいやつだ、と小烏丸は思う。
「なあに、我が構いたいだけのことよ。全ての刀剣はこの我の子。それはお前とて、例外ではないのだぞ。一期一振」
「はは、父上とお呼びするには、気恥ずかしうございますな」
「ふん。獅子王もだが、みな、そうしてこの父の外見を見てものをいう」
「もとは刀剣といえど、受肉したのですから、外見を気にするのは当然だと思いますが」
「ははは、おぬしがそれをいうか!」
 小烏丸は、頭を上げた一期一振の手に下げられた刀を見ながら、闊達に笑った。
 一期一振は、無言で帯刀したそれを、空いた手で鞘の部分から鍔に向かってするりと撫でた。
 それは、普通一期一振が帯刀しているであろう橙色の眩しい太刀ではなく、金と黒のコントラストが美しい打刀であった。
「なんとも、やさしく撫でるではないか」
「はは、それはまあ」
 一期一振の白手袋が、鞘の黒い部分によく映えた。

・・


「本日の演練は、夜戦の模擬演習を行う! 各本丸の部隊は紅白に別れ、開始の音頭とともに出陣せよ!」
 相手方の近侍、蜂須賀虎徹の号令が演練場に響く。暗闇に包まれた市街地を模したそこに、今日の部隊員がそろう。
「いち兄、今日はよろしくね」
 極めて一層きらびやかになった弟、乱藤四郎が、本日の隊長一期一振に声をかける。
 他の部隊員は、後虎退、厚藤四郎、薬研藤四郎、前田藤四郎。誰も彼も、修行を終えて一回りも二回りも成長した面々だ。すっかり手合わせでも兄を打ち負かすようになった弟たちだが、そんな風になっても兄を慕い頼ってくれるとういうのは一期にとってはうれしい驚きであった。ああ、この子たちは、自分が大きくて強い太刀だから慕っていたわけではないのだと、分かったからだ。
「ああ、活躍を楽しみにしているよ、乱」
 一期は乱の肩を叩いて、そう言った。
 どれほど強くなろうと、自分の弟刀であるというのは変わらない。
 そこで、カーン! という鐘の音が鳴った。
 演練開始の合図であった。
「厚、敵の位置を探りなさい。見つけ次第、全員で刀装による一斉射撃を始めよう」
「はいよ、了解!」
 一期の指示に従い、厚は兜の緒を締めなおすと、屋根の上にひょいとのぼった。
「通りの向こうで、脇差三振・打刀三振確認! それぞれ一対一でコンビ組んでるみたいだ。こりゃ、二刀開眼狙った編成だぜ!」
「なあに、開眼する前にやっちまえばいいんだろ。機動はこっちの方に分があらあ」
 薬研がパン、とふとももを叩く。一期は無駄口をたしなめると、
「銃兵、装填!」
 と叫んだ。
 弟たちはそれに従い、装備から銃兵を取り出すと顕現させた。パパパパ、と現れた兵たちは銃弾を撃ち出す。
「全弾、着弾、か、確認しました! 位置が知られてしまったので、全員、こっちに向かってきます~!」
「では、これからはそれぞれが分かれて行動するように。さて、みんな。各個撃破としゃれこみますか!」
「はいっ。いち兄、了解です」
 びしりと敬礼をして、前田が真っ先に飛び出す。他の弟たちも、ばらばらの方向にかけてゆく。
「さて、私もやろうか」
 一期は、腰に下げた打刀をまた祈るようにひと撫でし、抜刀した。
 月明かりを反射して、さえざえと輝く刀身は、やはり国宝とされるだけあってうっとりするほど美しかった。
「長谷部、頼むよ」
 一言つぶやいて、一期は暗闇の中を駆け出す。太刀であるから、夜目は利かない。弟がいなければ、少し遠くのそこになにがあるのかさえ、ぼんやりとしかわからない。しかし、それでも一期の手に下がった刀――――へし切長谷部が、彼を導き教えるように、一期には自分がどこへゆけばよいかが『分かった』。
 通りを抜けると、堀川国広と和泉守兼定が、一期の視認範囲に現れた。
「はあ? なんで太刀がいるんだよ! 国広ォ!」
「兼さん、しゃべってないで、前!」
 一期は手の動くまま、刀を振り下ろした。
 キィン! と刀同士が打ち合う音が響く。
「おいおいなんで見えんだよ、バケもんか! っつーか、打撃、重っ......!」
 ぎりぎりと、横に構えた和泉守と、垂直に圧し切ろうとする一期とで競り合いが起こる。
 一期は当たり前の顔をして競り合いに勝ち、そのまま和泉守の胴体を足で蹴り飛ばした。
 どん、と突き飛ばされよろめく和泉守を守るように堀川が乱入てくるが、一期の右手の刀がそれも分かっているのかのように流れでそれをなぎ払う。
「さすがの私でも、ここまで近ければみえますよ。気を遣わなくてもよいのに」
 折り重なるように倒れた二振を見ながら、い一期は刀に語りかけて納刀した。
 それと同時に、カンカン! と演練終了の合図がなった。


・・


「いやあ、すっかり負けちまったぜ」
 気絶した堀川を背負った和泉守が、集合場所へと向かう一期の背中をばしばしと叩く。
「何でお前、そんな夜戦にめっぽうつえーんだ? 太刀はフツー夜戦じゃ打撃も落ちるし、目もみえねえ。夜戦で活躍できるのは、打刀以下と決まってる」
「ああ、それですか。これのおかげでしょうな」
 一期は、腰に下げていた刀を見せる。
「それ、お前ンじゃねえだろ! なんだって、そんなモン使ってるんだ」
「はは、まあ、こちらにもいろいろ事情があるということですな」
「事情、ねえ。それにしても、とてつもなく大事なモン見るような目で、そいつを見るもんだ」
「まあ、それは。ははは」
 笑ってお茶を濁す一期に、和泉守はいぶかしげな顔をしたが、それ以降なにかつっこんだことを聞いてくることはなかった。これで、分別のある刀なのだ、和泉守兼定というのは。


・・


「今日も大活躍でしたね、いち兄!」
 後虎退が、本丸に帰る途中、声を弾ませて言う。
「まあた、いち兄に誉とられちゃったよ......。夜戦になると、ほんとに強いんだから」
「まあ、俺は、いち兄と夜戦でも競い合えて、うれしいけどな」
 むっと口をとがらせる乱と、のびをしながら言う厚。
「はい! いち兄がいてくれると、とても心強いです。昼にお会いできないのは......、さみしいですけど......」
 後虎退が、しきりに東の空を気にしながら、言った。日が昇らないか心配なのだ。
「後虎退、そういうことをいうもんじゃないぜ。長谷部の旦那が怒る。一番会えていないのは俺なんだぞ、ってな」
「そうですよね。おふたりは恋刀であられるのに、人のすがたで会うことはできない......」
 薬研の軽口に、前田はとてもしゅんとした顔をした。繊細なのだ。
「お前たち、兄の恋路に首をつっこむんじゃないよ。それに、私は長谷部殿がどんな姿でも、愛しているのだから......」
「つ、つまり、小烏丸さんが言っていた、内実ってことですよね」
 ぱっ、と出陣前のことを思い出したのか、後虎退は言う。一期は弟にやいのやいの言われるのはなんだかとても気恥ずかしい気分になって、「まあ、そうだね」
 とお茶を濁した。人の見た目も、刀の見た目も愛しているだなんてこれ以上のろけのようなことを言ったら、乱がはやし立てるに違いないからだ。
「あ、朝日!」
 後虎退が声を張り上げる。東の空から、日が昇り始めた。
 一期は、朝日に照らされると、しゅるしゅるとほどけるように金色のヒカリの粒子になって、きらきらと輝いた。
 同時に、彼の下げていた刀が、紫の粒子になって、煙のように立ち上る。
 きれいだ、と誰もが思った。
 二つの粒子は、絡み合うように一瞬だけ人のかたちをとると、それぞれ収束して紫はひとの形に、金は刀のかたちになった。皆が、「長谷部(さん)」と言う。
「ああ、おはよう。......一期のやつ、毎度毎度俺を酷使しやがって」
 バトンタッチするように現れた長谷部は、悪態をついてひとつのびをすると、地面に落ちている一振りの太刀――――つまり一期一振を拾い上げた。
「どんな姿でも愛してるって? キザなやつ」
 長谷部はそれだけ言うと、一期一振を腰に差して、粟田口の面々と帰城の途についた。

(完)

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