教えてエイリアン
(ともへし 本丸)
新規刀剣育成のためのいつもの習慣として、巴形薙刀は第一部隊隊長および近侍として任命された。
へし切長谷部はそれにとくに文句を言わず、「主の命とあれば」と頭を垂れた。
巴形は、それが不思議でならなかった。主の一番の家臣は俺なのだと言わんばかりに突っかかってきたにしては、いやに素直だったからだ。
・・
「おい、長谷部」
廊下を歩いていた長谷部を見つけると、巴形はうしろからのぞき込むようにして呼び止めた。長谷部は驚いた様子で、「急に後ろに立つな!」と怒ったが、巴形にはとくに響かなかった。
「長谷部。なぜ主にはなにも言わない」
「なんのことだ」
単刀直入すぎて、長谷部は理解できない、という顔をした。巴形は、顕現してから日が浅く、感情の機微や会話のしかたには疎かった。唐突すぎる、とよくいわれた。それは、かれもともとの性質のせいでもあるかもしれないが。
「長谷部。近侍になりたいのなら、言えばいいだろう。なぜ、ほしいものをほしいと言わない」
巴形にはふしぎだった。自分は、主のそばに侍りたいから、侍りたいと言うし、譲れとたのむ。しかし長谷部はそれを断ったくせ、あれから一言も文句をいわなかった。
「主はものではない。それに、おまえを本丸の一員と認め、近侍にしたのは主のご判断だ。家臣である俺は、それに従うのみ。それ以外ないだろう」
長谷部は当然のことのように言った。あのとき、つっかかってきた刀剣とは思えない言いぐさだった。変わったやつだ、と巴形は思った。
「長谷部、もし、これから俺ばかりが重用されたとしても、同じことを言うか?」
「......ああ。同じことを言うよ」
長谷部は、なんともいえない、諦念を帯びた顔をしていた。これが複数の主を持ってきた刀の顔なのだろうか、と巴形は思った。巴形はかれの来歴をくわしくは知らない。かれ自身のことも、全く知らない。
「長谷部、おまえはわからん」
「......分かってほしいなど、言っていない」
「だから、教えろ」
巴形の言葉に、長谷部はしばらく驚いたように固まった。それから、なにをだ、と返した。
「おまえのことだ。俺は、おまえをよく知りたいと思っている」
上からのぞき込んでいると、長谷部はいよいよ困ったという態度で、「結構だ」と言った。しかし、巴形はあきらめるつもりは毛頭なかった。したいものはしたい、したいからする。それが巴形の行動理念である。
譲る様子のない巴形に、長谷部はしばらくもごもごとなにかを言っていたが、大きくため息をつくと、仕方ない、と言った。
「勝手に知れ。俺は教えん」
それだけ言うと、長谷部はすたすたとどこかへ言ってしまった。つれない猫のようだ、と巴形は思う。ふむ、と巴形ははなをならすと、楽しみができたな、と消えた紫のカソックをまぶたの裏にうつした。
終