必要性について
(典へし 本丸)
暗いとことろにいるとおちつくのは、蔵暮らしが長かったせいだ、と大典太光世はよく口にする。だからといって、あたえられた部屋に帰りもせず、本丸の蔵に敷き布団をもっていって寝る、というようなことを繰り返されるとさしもの長谷部も困ってしまう。
よく蔵から引っ張りだす役目を負っている前田は長期の遠征でるすであるし、彼の弟刀に当たるソハヤノツルキはまだこの本丸にはいない。
となると、彼の面倒をみるのは一時的に同室になっている長谷部、ということになる。
長谷部は刀派などでゆかりある刀剣が少ないが故に、一人部屋をあたえられているが、それは同時に都合のいい空き部屋として使われることと同義であった。
源氏の兄弟刀、膝丸のみが顕現していた状態が続いたときは、彼の「兄者」についての話を耳にタコができるまで聞かされたし、亀甲貞宗が物吉貞宗と同室に決まるまでは、ちょっと踏んでみてくれないかと要求され、思わずひいてしまったものだ。(それすら喜ばれ、なおのこと恐ろしかった)
そういう経緯で、長谷部は現在この大典太光世と同室で寝起きしているわけだが、彼は物静かであったし、前田の世話があったので特に困ることもなかった。
しかし、前田が来なくなったとたん、蔵にこもり出すという奇行をしだしたので、長谷部も腰を上げざるをえなかったのである。
なぜ、俺の同室になるものはみなおかしいんだ、と不満たらたらに長谷部は蔵の重い扉を開けた。特に、大典太のことは信用していただけに、裏切られた気持ちが強い。
大典太、おまえもか。
長谷部は、突然蔵の中に差しこんだ真夏の太陽光に目をぱしぱしとする大典太に言った。
「蔵で寝起きするのはやめろ。主が用意してくださった部屋があるだろう。勝手な行動をされては同室の俺が困る」
すると、大典太は驚いたという顔をして、
「あんたは、俺なんかに興味がない」
と返した。曰く、興味がないだろうから、蔵で寝ようがなにしようが放っておくだろうと思ったのたということだった。
長谷部はこれには腹を立てた。
長谷部の一番は確かに主であるが、同僚たる刀剣男士たちに薄情というわけではないのである。心外だ、と長谷部は思った。
「あのな、俺は同室のものが三日間も蔵にこもりきりなのを見過ごすほど冷淡ではない。それなりに、心配だってする。なんせ、昔は刀の身であったからたまの虫干しで良かったのだろうが、おまえも今は人の身。風邪でも引きやしまいか、と思うと探さずにいられないくらいの情は持ち合わせているのだから、勝手に行動して心配をさせるな。分かったか」
ふん、と鼻を鳴らし、腕組みをして長谷部が布団から起き上がった状態の大典太を見ると、鳩が豆鉄砲をくらったような顔をしていた。
「そ、それはすまなかった......。蔵ぐらしが長かったせいか、勝手がわからず」
誰かに必要とされる、という感覚がよく分からないのだ、と大典太は続ける。
長谷部はすっかり怒りも消え失せ、ため息をついた。どうも天下五剣というのは、アクが強くて困る。三日月宗近のように世話を焼かれたがりなのも問題だが、こいつのように、世話されるのになれない、というのも扱いにくい。
「とにかく、俺は同室のものとして、おまえが部屋で過ごすことを必要としている。なんなら、仕事だってあたえてやる。忙しいんだぞ、本丸というのは。主はまだおまえを戦場には出されないが、いずれその時も来よう。いいか、大典太。ここでは必要とされない刀剣男士など、一振りたりともいない。つまり、蔵ごもりなどされては困る」
俺も、もちろん主もだ。わかったか、と長谷部が説教をすると、大典太は心なしかうれしそうに「俺はあんたにとって必要なのか?」と返した。当たり前だ! と長谷部が言えば、
「では、あんたのために蔵からでよう」
と大典太は布団をするするとたたんだ。そうではない、主のためだ! と長谷部が言っても、大典太は聞いていないようだった。
(おわり)