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蒸気に消ゆ

(いちへし 本にしたもののWEB再録です。SF)


 ぷわーん。しゅうしゅう。ぷわわーん。


 大きな音を立てて、宙をガレオン船のような、SLのような、戦車のような、それらのキメラのなりをしたなにかが飛んでゆく。
「わあっ、あれは、なんですか?」
 万屋の前で駄菓子をつついていた今剣はそれに気づき、そばで勘定をしていた歌仙の手を引いて、空を指さした。歌仙は空を見て「ああ、」と声を出す。
「あれは、砂蒸気(サンド・スチーム)号だよ」
「さんど・すちーむごう?」
「そうだ、僕も見るのは初めてだけど。この世で唯一の『動く本丸』さ」
 サンド・スチーム号は、二人の足元に大きな影を作って、ごうごうと轟音をたてて通り過ぎていった。
「ぼくも、のってみたいです」
「そうだねえ。僕ら刀のなかで、空を飛んだことがあるものは少なかろう」
「あのほんまるのかたなたちは、とってもラッキーですね。そらをとべるだなんて、ゆめがあります」
 今剣は、空を飛べるサンド・スチームの刀剣たちが羨ましいのか、背伸びをめいっぱいして、ぐるぐると旋回する後尾についたプロペラを見送った。


・・


 ごうんごうんごうん。きいきい。がたがたがた。


「おはようございます。相模の長谷部殿」
 俺がそこで目を覚ましたとき、誰かが部屋の戸口の前に立っていた。部屋は薄暗く、戸口からこぼれる光が中に差し込んでいて、逆光になって見えないのだ。俺が「誰だ?」と問うと、それは角度を変えてやさしげな相貌を光の下に現した。
「ああ、見えませんでしたかな。ほら、機長の一期一振です」
「一期一振......。ああ、お前が」
 光を反射してきらめく青色の髪、そして前の主譲りの派手なきらきらしい軍服めいた洋装は、確かに一期一振であった。俺がその姿を見るのは初めてであったが、一目で「そう」と分かった。付喪神というのはそういうものだ。
 パチン、と一期一振が部屋の電気をつける。するとにわかに部屋が明るくなり、鉄パイプや回路がむき出しの壁が蛍光灯に照らされた。俺が寝ていたのは簡易的なパイプベッドで、お世辞にも上質とはいえなかった。ここはどこだろうか。どうも記憶があいまいで、この部屋に来る前のことがうまく思い出せなかった。
「......、俺は」
「寝てらっしゃったんですよ。初めに客室にご案内しておいてよかった。長谷部殿、とても疲れていたご様子でしたから」
「そうか。すまない」
「あなたの主殿に聞くところによりますと、かの本丸では仕事ばかりやっていたとか。まあ、『へし切長谷部』というものは、大概がそういう性分ですが。ともかく、長谷部殿。美濃まではまだかかりますから、そんなに急がなくても平気ですよ。まだ寝て下さっても結構なくらいです」
「ええと、俺は、美濃に?」
「はい。美濃だと貴方の主殿に聞いております。乗車許可申請書類には、そう書かれておりましたから」
「俺は......。申し訳ないが、記憶があいまいで」
「それもそうでしょうな。この本丸(サンド・スチーム)は、そういうものです。それにしても、ちょっと効きすぎましたかな」
「はあ?」
 俺は、一期一振の要領を得ない返答に、生返事を返すことしかできなかった。自分ばかりが無知で、相手のほうが多く情報を握っているこの状況がどうにも嫌だったが、赤子のようになぜなにと問うのもはばかられた。
「いろいろ話すことがありますから、食事でもしながらゆっくりお話ししましょう。機内食は、お嫌いですかな」
 食事は確かに、誰かとこころをひらいて話をする絶好の大義名分だと言えよう。一期一振は俺の手をわざわざ取って立たせると、食堂へと連れて行った。
「久しぶりのお客様ですから、いいものを用意しなければ。――兵よ、お客様に、なにかいいものを」
 一期一振がキッチンに声をかけると、小さな刀装兵たちが幾人かひょこひょこと出てきて、調理を始めた。
「刀装兵も、教えれば案外うまく料理をするものですよ」
刀装兵がそんなことをしているところを見たことがなかった俺は、その一挙一動をしげしげと眺めた。ちいさいものたちが、その短い腕に見合わぬ力強さで包丁を扱ったり、フライパンを振るったりするのが物珍しかった。
「子供のようですな」
「だれだって、こんなものを見たらそうなるだろう」
「ああ、拗ねないで。話があるのです」
一期一振は言われないでもよく喋った。機長には説明責任がある、と一期一振は言ったが、単にこいつが喋りたがりなのかもしれなかった。
 この本丸――サンド・スチーム号に居るのは一期一振だけらしい。この動く本丸は、歴史修正主義者との闘いというより、サーバ間の物資の輸送が主たる任務らしく、この本丸を動かす主の霊力の保持のため雑務はほとんど刀装兵にやらせて、その刀装兵の管理を行う近侍一振り(一期は機長と名乗っていたが)のみが顕現しているという状況らしかった。
 『らしかった』というのはそう一期一振が俺に話したというだけでとくに証拠もないからなのだが、彼の言動にはそんなとんでもないことでも信じさせるなにかがあった。ともかく、俺が主命でここに乗っているからには、ここの近侍――機長である一期一振には従わねばなるまい。郷に入れば郷に従え、という言葉もあることだ。
「もう幾日すれば、美濃サーバにつきましょう。それまで、私とご一緒願いませんか? 滅多にない御客人ですし、慣れたとはいえ、一人だと寂しいもので」
 そう笑う一期一振は確かにどこか寂し気であった。やはり、こんな広いところに一人きりというのはどんな刀剣でもこたえるらしい。特に、この刀は弟が多くいたはずだから、寂しさもひとしおだろうと思われた。
 そうこうするうちに、刀装兵たちによってあたたかいスープとパン、それにボイルソーセージが運ばれてきた。
「いいもの、と言っても軽食しか出せなくて申し訳ない。そもそも、もてなすようには全てが機能していないのです」
 見栄を張って言ったわりに、出てきたものが簡素で一期一振は照れくさそうだった。「こら、よいものを、と言ったろう」と刀装兵に言ってきかせる姿はすこし面白く、自然と口元がほころんだ。
「ああ、長谷部殿。笑わないでください」
「いや、俺はスープもパンも好きだぞ。食えればなんでもいい」
「はは、長谷部殿はそういう方でしたな」
「お前に俺の何がわかる」
「それもそうでした」


・・


 食後、一期一振は、サンド・スチーム号の中を案内してくれた。
 さっきの部屋は客室にあたると言っていたが、俺にはどうも独房か病室かというところだった。
 「あんな部屋に客を乗せるなんて、とんだおもてなしだな」と皮肉ると、「ここにひとのかたちをしたものが乗ることはほとんどありませんので」と返ってきた。
「そうはいっても、お前の寝床はどうなんだ」
「おや、私の寝室に興味がおありで?」
 茶化すようなことを言って、一期一振はわざとらしく俺に密着した。俺がその白手袋に覆われた手を払いのけると、彼は「おぼこいですな」とくすくす笑った。
「一緒に寝たいと言うのであれば、お見せしますよ」
「そう言って、お前が人肌寂しいだけだろう」
 ばれましたか、なんて茶化すようなことを言ってユーモアのあるやつだ。一人でいたわりには案外親しみやすい風で、俺は少し好感を持った。機長なんて自称して、刀装兵の王のように振る舞うすがたとは少し違う一面であった。
 その合間にも、ごうんごうんという騒音がしていた。ボイラーや、エンジン、その他もろもろの稼働音だというそれは、うるさくてどうにも慣れない。
「このあたりは、プロペラと近いですからな。とくべつ大きい音がするのです」
「四六時中こんな音を聞いていたら、頭がおかしくなりそうだ」
「そうでしょうか。私はずいぶん長く乗っておりますから、もう慣れましたよ」
 この騒音に慣れるほどとは、どれほど長い間ここで切り盛りしていたのだろうか。途方もない時間であることは確かだった。
 見せたいところがあると言われ、カンカンとスチールの階段を上がっていく。俺たちが居たのは中層区域だと一期一振は言った。下層区域には運搬荷物が置かれる倉庫と、ボイラー室になっているらしい。政府の積み荷もあって立ち入り禁止ですから、どうかそこにはゆかないでくださいね、と注意をする姿は子供に言い聞かせるみたいで少し腹が立った。
「俺はそんなどこにでも顔を突っ込むような、子供じみたことはしないぞ」
「そうは言えども、客人に注意はしておかねば。機長の務めです」
 一期一振はそういうが、なんだか自分は、どうにも客人扱いというより子供扱いされている気がすると思いつつ、しかしながらそれをぐちぐちいうのもかえって子供っぽくて俺は閉口するほかなかった。
 階段を上がりきると、天井に押し戸があった。一期一振はそれをぐっと押し上げる。すると、薄暗い機内にぱっと明るい光が差し込んで、目がくらむような思いだった。
「甲板です。顔を出して御覧なさい」
 一期一振に言われるまま、おそるおそる押し戸から顔を出す。そこに広がっていたのは、やけに近い青空と、こんぺいとうのようにすべてものが小さくなった地上だった。
「これは、すごいな」
 暗い灰色のパイプと、錆の目立つスチールの床ばかり見ていたものだから、その極彩色の光景は新鮮だった。それに、空からどこかを見下ろすなんて初めてだ。ゆるやかに過ぎていく地上、流れる雲、手が届きそうなほどの太陽。なんの鳥だろうか、大きい鳥の群れがそばを通っていった。
「おい、一期。鳥だ。あんなに近い」
「鳥ですね、長谷部殿」
「ふん、お前はつまらん」
「そんなことを言われましても、もう見飽いた光景です。寧ろ、地上の方が恋しいですなあ」
 ひゅるひゅると風が額を撫でていくのも心地よく、これが空を飛ぶと言うことなのか、と俺は初めてのそれに感動を覚えた。
「かわいらしい顔をしていますよ。そんなに面白いですか?」
「俺じゃなくても、きっと初めてこれを見ようものなら、同じ顔をするぞ。感動しないやつなどいやしないだろ」
「そうですね」 
 そう相槌を打つ一期一振の顔が、ひどく慈愛に満ちたそれだったので、俺はどうにも恥ずかしくなってそっぽを向いた。どうにもこいつは距離が近い。俺のことを弟だとでも思って、いや、というよりかはここにいない弟の代わりにしているのではないかとすら思えた。


・・


 それがどうしてこうなったのか。俺は一期一振に連れてこられた部屋(おそらく自室だ)のベッドの中で、そいつに背面から押し倒されていた。
「寂しいって、こういうことじゃないだろう......!」
「人肌寂しい、というでしょう。長谷部殿」
 もがもがと暴れる俺をなだめるように、一期一振は囁いた。優しげな声色とは裏腹に、俺の背中を押さえつける手は力強く、振りほどけそうもなかった。
「練度差がありますから、抵抗したところで無駄ですよ。この程度、赤子の手を捻るようなもの。諦めていただきたいですな」
「この、あ、馬鹿! 尻をさわるな!」
 一期一振の手が、まるみを確かめるように尻のあたりをなでるのがむず痒い。
「大丈夫、きっとその気になります」
 言いながら、一期一振はカマーバンドのボタンをぷつぷつと外し、しゅるりとそれを抜き取った。スラックスからシャツを引っ張り出し、中に手を突っ込んできた。手袋のごわごわとした感触が腹をなぞる。はだかの腹を撫でられるたびに、びくびくと腹筋が反応した。
「......はっばか、手......袋くらいはずせ!」
「じかがお望みで?」
「っ! くすぐったいんだよ...!」
「仕方ありませんな。外しましょう」
 一期一振は手を抜くと、指先を口で引っ張って手袋を外した。右手は未だ俺の背中を押さえているから、外すにはそうするしかないようだった。
 冷えた手が再びシャツの下から侵入する。ヒヤリとした感触は、それはそれで過剰反応してしまうに足るものだった。手は腹から上へと上がり、たわむれに胸を触った。
「そんなところ触って、どうするっていうんだ」
「長谷部殿がその気になると思いまして」
「周りくどいやつだ」
「おや。直接さわって欲しいのですか?」
 厭味ったらしく憎まれ口をたたくと、ぐっと股座を膝で押される。
「っあっ! き......、急にする......な!」
「してほしいとおっしゃったのは長谷部殿でしょうに」
 仕方のないひとだと言いたげな表情に、この野郎、と思いつつ、もうすでに流されてしまっている自分がいることに気が付く。きっと「人肌寂しい」と言ったのは嘘ではないのだろう。こんなところでずっとひとりきりでいたのだから、行きずりの関係といえど、俺が体を貸してやるのも悪くはない。
「っ!」
 そんなことを考えている間にも、獣の体勢のまま胸への愛撫は行われ、密着した腰から服越しに勃起が伝わってくる。
「もうこんなに固く......はっ、しやがっ......て......」
「長谷部殿を見ていたら、つい。それに、長谷部殿だって、すっかり気持ちよくなってらっしゃるじゃないですか」
「う、うるさい」
 腹をなでられ、胸を触られたくらいで勃起するようなのだと思われたのが恥ずかしい。いや、事実ではあるのだが。
 一期一振は、俺の抵抗がなくなったことに気をよくしたのか、もう片方の手袋も脱ぎ捨てると、俺のズボンのボタンを器用に片手で外した。入ってきた手に兆しかけていた陰茎をにぎられ、腰が跳ねる。
「ほら、固くなってる」
「っあっ、めっ! っ...!」
 胸を襲うちりちりとした感覚と、そのまましごかれてだんだん粘ついた先走りを出すようになった陰茎が下着をぬらすぐちゃぐちゃとした感触が、俺の頭をおかしくさせた。
「もうこんなになって、長谷部殿ったら。すぐ濡らすなんて、はじめてとは思えませんな」
「は、はあ、言ってろ」
 しばらくゆるゆると触っていたが、高めるだけ高めておいて射精させる気などちっともないようで、先走りでべったりとなった右手を下着から抜き、もう片方の手で下着ごとスラックスをずらすと、それを後孔に塗りこめた。
「そんなのではいるわけがな......いだろう......っはぁッっん......はっ?」
 ぬるついた指がヌヌ、っと指が入ってくる感覚。嘘だろ、と思い、首をよじって一期一振の様子を伺うと、金の目を弓なりにして笑っていた。
「入ってしまいましたなあ。いやはや」
「ば、ばかにするなっ、ん!」
 先走りと腸液に助けられて入っていった一期一振の指を、自分の柔らかい直腸内が細動しながら締め付けているのが直接伝わって来て、気持ちが悪いやら、それともこれが腸内を犯される快感と言えばいいのやら、わからないままにそれを受容する。
 しばらく一本の指を出し入れしていた一期一振だったが、その本数を二本、三本と増やしてゆく。腸液がぐちゃぐちゃと音を立てて零れ、尻たぶから太ももを伝って、軽くしかずらされていない下着に染みて冷たかった。顔が熱い。額には脂汗が浮かんでいた。はあ、はあ、と息を吐いて、やり過ごす。苦しいのだが、それだけとはいえない何かがあった。
「気持ちがいい? もうこんなに入ってしまいましたよ。愛らしく、きゅうとしめつけてくるのが、よくわかります」
「よくも、そんな恥ずかしいことがいえたも...のぉッひ...! だっん! あ!」
 ぐりぐりと、腸壁の内側を押され、あられもない声が出た。前立腺だ、とスパークする頭の片隅で察する。
「もう、しつこい!」
「しつこくしませんと、痛いですよ」
「痛く......て、もいい......からあっ!」
 俺がそういうと、一期一振は指をじゅぽんと抜いた。勢いよく抜かれたので、排泄にも似た感覚にまたびりびりと脳髄が刺激されて目の前がちかちかとまたたいた。
「長谷部殿は、そうやって誘うのがお上手ですな」
 かちゃかちゃと背後でベルトを外す音がした。それから、間もなくしてカソックのすそをかき分けてむき出しの尻にピタリとあたたかいものが当たる。ああ、これが。そう思うとほぼ同時に、彼の「入れますよ」という声かけが聞こえる。きっちりきこんだ服の下でもう入れる準備が出来ていたなんて、とほくそ笑んだのもつかの間のことだった。
「あ、あ、あ」
 張り詰めた肉の棒が、穴のふちをぎりぎりにまで広げて押し入ってくる。カリ部分が入ると、まさに呑み込んだ、という風な感覚が下腹部を襲った。そこからまた、やわらかな腸壁を押し入って、ずぷずぷと根元まで入ってきた。俺の腹はそれをぎゅうぎゅうと締め付けて、かたちがわかるくらいだった。
「はあ、長谷部殿のここ、すごく気持ちいいですっ......ん! よ......!」
「あっっんっ......」
 さりさりと陰毛と、前だけ開かれただけのズボンの布の感触が尻にした。根元まではいってからも、一期一振はなかなか動こうとしない。中になじむまで待っているようだった。おれもふうふうと息をして、腹のなかに納められたそれを感じた。気のせいだとは分かっているが、どくどくと腹の中でいきものが脈打っているような心地だった。
「それでは、動きますからね」
「あ、ああ。来い」
 初めはゆるゆると、抜いたり入ったり、それを繰り返していくうちに、律動は肌と肌をぶつけあうようなものへと変わっていく。一期一振は俺の尻にかかったカソックをわしづかむように握って、腰を打ち付けた。それはきっと馬の手綱をにぎる光景にも似ていたことだろう。抜いたと思えば、すぐに挿入し、激しいピストン運動に眩暈がした。もう、まともに喋ることもできず、俺は「ああ」だか「うあ」だかよくわからない言葉と唾液を垂れ流してそれを受けた。
「きもち、いいですか。はあっ、わたしは、きもちいいですよっ。はせべどのの、ふっ、中がとても......」
「......あ、あああぁっ! あひぃっ! ...はっ...っはぁッぁ......ぜぇっん...! ーっ...っはぁッ!」
 奥の奥まで入り込んで突き刺すようなそれは、痺れるような快感を俺に与えた。布団と擦れた陰茎はもうぐちゃぐちゃだったし、達したかどうかなんて判断がつかなかった。腸壁を擦られ、角度を変えて奥をごりごりとえぐってくるたびにあられもない声が出る。
「ここ、きもちがいいでしょう」
「はあっ! は......んっっ! っ! あ、......は......っ......っはっぁ......!」
「ねえ、はせべどのっ」
「......っ、気、持ち......い...い。きもちいい、いちご!」
 狂ったように叫んで、その問いかけに応える。頭がばかになったみたいだった。
「はあ、出ますよ。長谷部殿......!」
 びゅるびゅると中に精液が出されている。それは、変な充足感があった。一期一振はしばらく中にそれを出していたが、ゆっくりと抜くと、まだ萎えないそれをしごいてまた射精した。絶倫か、いや、きっとご無沙汰だったからだろう。
「しろく汚れて、きれいですよ」
精液まみれになった俺を見て、そんなことを一期一振は言った。俺にそれを確認するほど余裕はなかった。
 俺たちは、それから倒れるように眠った。


・・


 がんがんがん、きいきい、がたがた


 目が覚めると、一期はベッドの中に居なかった。好き勝手して放置か、と俺は少し不満になる。
 一期一振りの部屋は簡素だった。客室だと言い張るあそこに比べると随分やわらかいべドと、サイドテーブル、それと衣服をかけておくためのオープンクローゼット。それくらいしか目につくものはなかった。ほんとうに、一期一振がここを寝室としてのみ使っていることがよくわかる。
 しばらく倦怠感に任せてベッドのうえでマシュマロのような枕を触ってあそんでいたが、それも手持無沙汰になって起き上がると、くしゃくしゃになったピンタックシャツに袖を通した。ところどころに精液がこびりついていて、むわっといやなにおいがした。これはもう洗濯をしない着ることが出来ないだろうと思われた。気持ち悪くて脱いでしまったが、ランドリーはどこにあるのだろうか。
「説明もなしに出ていきやがって」
 ぶつぶつと文句を言いながら、シーツを体に巻き付けた状態で部屋を裸足でぺたぺたと歩く。特になにもない部屋だ。部屋を見て回ると、入口付近にシャワー室があった。扉を開けると、蒸気のなまぬるさがまだ残っていて、そう遠くない時間に一期一振もここで浴びたのだろうと推察された。放っておかれたことに腹立たしく思いつつシャワー室に入り、コックを捻る。
 シャワーを一浴びし、着替えがないのでどうしようもなくなって、俺はクローゼットから一期一振のシャツとズボンを借りて着た。ネクタイなど普段つけることがないため、とりあえずワイシャツと下のズボンだけにすることにする。下着を借りるの忍びないと思いつつも、もう今更だろうとネイビーのボクサーをシェルフから拝借した。他のやつのパンツをはくのは、やはり何となしに居心地の悪いものだ。一期一振とは身長も、体格もさほど変わらないからか、どれもぴったりと馴染んだ。
 着替え終わっても、一期一振は部屋に現れなかった。
 どこにいるのだろうかは分からないが、きっと仕事をしているのだろうと思われた。
 部屋でじっとしているのも性分にあわず、ランドリーでも探すかと部屋を出た。どうせこのサンド・スチームには俺と一期一振、そして刀装兵しかいないのだから、見目を気にするのはどうでもいいことに思われた。
 部屋を出ると、通路を刀装兵たちが忙しそうにあっちやこっちに行ったり来たりしていた。ああ、やはり仕事をしているのか、と理解する。
 ごうんごうんと蒸気機関が動く音に混ざって、ぱちぱちと何かが燃える音がしていた。ボイラー室に近いのだろう。すすけた従業員以外立ち入り禁止の張り紙を見て、立ち入り禁止ですよ、という一期一振の言葉を思い出す。とはいえ立ち入り禁止の区間に連れてきたのはお前じゃないか、といいわけをして、俺は一期一振の姿を探した。
 刀装兵たちは、何体かが一丸となって段ボール箱を運んでいる。何が入っているかは分からないが、それが積み荷なのだろう。行く先に一期一振がいるといい、と思いそのあとを追う。特に刀装兵たちは咎めることをしなかった。そういう自由意思に似た機能がもともと備わってないのかもしれなかった。キイキイと揺れる吊るし照明と、彼らが頼りだった。


・・


しゅうしゅうう ぱちぱち


 刀装兵たちが、下についた小窓から中に入って行ったのは、やはりボイラー室と書かれたアルミの掛札がかけられた扉だった。きっと一期一振もここにいるだろう。
俺はその扉を、ためらいなく開けた。立ち入り禁止だと言われたことに対し、それに背いているという罪悪感はなかった。それがよくないことだということは分かっていたが、ほったらかしにした一期一振が悪いのだから、一度くらいは見逃すべきだ。そう思いすらした。
「おい、一期一振。いるんだ、ろ――――――」
扉のむこう。そこに広がる光景は、なんと形容したらいいものか。あっけにとられて、俺は二の句が告げられなかった。
「――――ああ、長谷部殿。こんなところまでいらっしゃったのですか。あまり出歩かぬようにと言ったのに」
 その部屋は、ああ、その部屋は、見渡す限り刀が積まれていて、足の踏み場がないくらいだった。刀、刀、刀。太刀と見えるものから、打刀、脇差、短刀、槍までさまざまな刀種のものが並んでいた。
そのなかに、炉の火に照らされた水色の頭がよく目立っていた。
「一期一振、ここはなんだ」
 自分でもぞっとするくらいに冷たい声がでた。
「見てのとおり、ボイラー室ですよ。燃料をくべて、それで、サンド・スチームを動かす。動力炉ですな」
 振り向いた一期一振は、なんでもない普通の顔をしていた。その傍に、さっき通った刀装兵たちが段ボール箱を持っていく。彼は「ありがとうございます」と言ってそれを受け取ると、そばにザラザラと中身をひっくり返した。やはりそれは刀であった。
 開いたボイラーの炉に、おびただしいほどの顕現されぬ刀たち。そして機長の一期一振。どういうことか、分からないほど俺は馬鹿ではない。
 馬鹿ではないが、聞かずにはいられなかった。
「どういうことだ、一期」
「どういうことって、つまりは『こういうこと』なんですよ」
 一期一振は、手近な段ボールから一振り短刀を取り出すと、それをひょいと放って、炉にくべた。
 どのものとしれないその刀は、しゅうしゅうと音を立てて火のなかへと消えていった。ごんごんと機械音がして、横のばかでかい機械から蒸気が噴き出る。
「......貴様、どれだけやった」
 俺はやつを責め、睨みつけた。しかし、一期一振は全く表情を変えなかった。
「それは、何度も何度も。そうせねば、この本丸は動きません」
燃料なのだ。刀剣が。このサンド・スチームが動くためには、刀剣をくべねばならない。そう一期一振は悪びれもせず語った。
「そんなことが許されるのか」
「ここは政府公認の機関ですよ。審神者(ひと)がそう決めたのですから、我々はそれに逆らうことはできますまい」
「だが、こんな、こんな俺たちを......」
「長谷部殿。私たちが道具に過ぎないということを、忘れたわけではないでしょう。どこの本丸にも、余った刀剣というものはあります。だから、私たちサンド・スチームは一か月の保管期限の切れたそれを回収してリサイクルしているのです。いたって普通の行いですよ。ふつうの本丸が、刀を刀解するのと変わりやしません。べつに燃料にするためだけに刀剣を生み出すなんて真似はしていないわけですからね」
 子供に言い聞かせるように一期一振は語った。俺は、それにどう返事をしていいものか分からなかった。この大きな、飛空艇のような機関は、刀剣を燃料にして動いている。そしてきっと、それを知る刀剣(もの)はこの機関を一期一振以外にいないのだ。それはずいぶん悲しいことに思えた。
「お前は、こんなことをずっとやって来たのか。こんなことを、お前ひとりで......」
「私が、そう選びましたから」
 一期一振は、言う傍から床に転がった刀を拾って、炉に突っ込んだ。それはまたじゅわじゅわと炉の中に消えていった。俺は、心臓がつぶれるような思いでそれを見ていた。


・・


 (無音)


「さて、なにからお話しすればいいことやら」
 一期一振は炉の扉を閉め、すすにまみれた膝をパンパンとはらって立ち上がる。同じく汚れた手袋は地面に乱雑に放られた。
「ここはね、もとは普通の本丸だったんですよ。刀が集まって遡行軍と戦って、なにもないときは内番なんかして」
 まあ、みんな私がくべましたが。ああ、その中に『へし切長谷部』も居ましたよ。そう続けて、刀の山の中から『へし切長谷部』を取り出す。顕現されることなく、燃料になるのを待つだけの刀だ。彼はすぐにそれを、山の中に戻した。ガシャン、と鉄と鉄が折り重なる音が、炉を閉じたことでだいぶ静かになったボイラー室に響いた。
「おまえは、それを俺に聞かせたかったから、こんなところまで連れてきたのか」
「そうかもしれませんね」
「ひとりでそれをするのに耐えられなかったから?」
「ははは......。そういうわけではありませんが。気を遣ってくださるのですか。貴方は私の知る長谷部殿より、ずいぶんとお優しいですな」
「お前のとは違ったか」
「私のは、言うことを聞きませんでな。重傷なんか平気で負ってくるようなのでした。そんな危なっかしい刀なものですから、誰かが面倒をみてやらないと、と思って、ついつい構ってしまって。兄としての気質なのか、どうしても」
 遠い昔を懐かしむような口調だった。その言い方や、昨夜俺を抱いたことから、その『へし切長谷部』はきっとこの刀にとって大事な存在であることは鈍い俺でもわかった。
「ここがサンド・スチームになると言われたとき、真っ先に機長に立候補したのがあれでした。機長になれるのは一振りきり。選ばねばなりませんでしたからね。選ばれたものは、無間地獄に。選ばれないものは、一思いに燃料に。しかし、情の深い刀には、こんなやくざな仕事が務まるわけもないのはお判りでしょう? へし切長谷部なんかにやらせたら、どうなるかわかったものではない」
「ずいぶんな言われようだ」
「申し訳ありません。でも、たった一人で仲間を延々と刀解して火にくべるなんて、やらせたらかわいそうではないですか」
「単に、お前がやらせたくなかっただけだろ。その『俺』がどうだかはしらないが、主命とあらばなんでもこなすのが俺たち刀だ」
「どうでしょうな。『機長になるというのなら、私を今すぐ折れますか?』と言ったら、あれはためらいまして。そういうところがあるから任せられぬのです」
「お前だって、弟を折るのは嫌だろう」
「はは、まあ、嫌ですとも。まあ、もう、兄として何振りもの物言わぬ弟たちを見送るのは慣れましたよ。各サーバから送られてくる刀を見ても、ああ、次の燃料か。とそれぐらいしか」
「中に顕現されるたましいがあったとしても、顕現させねばしょせん鉄くず、ということか」
「そうですね。......はい、そうですとも」
 あくまでも、一期一振は柔和な表情を崩さなかった。もう、この長い時のなかですっかり彼の精神は摩耗してしまっていて、そういう顔しか出来ないのかもしれなかった。
「ひとりでさみしくないのか。むなしくならないのか。たとえば、たとえば......。そこにある刀を顕現させたことは?」
「......ありますとも。いや、まあ、初めの数回ほどでしたが。寂しさに駆られて、弟をくすねて呼んでみたり。でも、最終的にはくべねばならぬのですから、よけいつらいだけでした。自分で自分が食べる鶏を育てる人間というものは、こういうものであろうな、と」
 さっきまで無邪気に笑っていた弟を寝かしつけて、そのうちに折ってしまうことの悲しさよ。そう語るその刀に、俺は同情せずにはいられなかった。
「でも、やはり時折こうやって、だれかと話をしたくなるのです。長谷部殿がいらしてくれて、ほんとうによかった」
 それから、俺は一期一振に連れられて、彼の部屋に戻った。さっきの光景が嘘みたいに、そこはただの部屋だった。当たり前だが。そして、汚れた服をランドリースペースまで持っていくと、洗濯機にそれを突っ込んでごうんごうんと回るのを、ただ二人で見ていた。やっぱりばかみたいに普通の風景だった。
「今気付いたけれど」
 その恰好は、なかなかいいですね。一期一振は、俺が勝手にワイシャツとズボンを借りて着ているのを見てそんな戯れを言った。
「すまん。下着も借りた」
「下着も!」
「お前が汚したんだろうが」
「それもそうで」
 一期一振は悪びれる風もなかった。


・・


 ぷわわあん。じりじりじり。


 洗濯乾燥機から洗濯物をだして、もとのピンタックシャツ、カソック、そして揃いのスラックスに着替えなおすと、それと同時にやかましいベルが鳴った。目覚まし時計の様だ、と俺は思う。
「おや、もうすぐ美濃ですな。お話ありがとうございました」
 それを聞くと、一期一振は急にかしこまって、機長の面をして頭を軽く下げて見せた。
 もうそんな時間なのか、とそれで俺はようやく別れのときが来ているのを知った。
「――一期、」
 この刀は、俺がいなくなったら、また一人で――。そう思うと、自然と言葉が出た。それが言うべきことかどうかは、俺には判断がつかなかった。
「はい。なんでしょう」
「お前、そこにいてつらくないか」
「と、いいますと?」
 いちいち聞き返してくるのが、どうにもわざとらしくて嫌だった。俺が言いたいことなんかみんな分かっているくせ、言わせたがっているのかもしれなかった。意地の悪い奴だ。
「......俺と一緒に美濃に行かないか」
「はははは! おかしなことをいいますなあ!」
 俺が勇気を振り絞って言ったというのに、一期一振はそれを笑って拒絶した。なにが『おかしなこと』なのだろうか。俺はまじめに言ってるんだぞ。少し腹が立つ。
 むっとした俺のことなんておかまいなしに、一期一振は続ける。
「貴方の大好きな主命なんですよ、これは。それに背くことを、『へし切長谷部』の貴方が勧めてこようとは、流石の私も予想外でしたなあ」
「ずっと一人でやらずとも良いだろう。主に申し出て、休暇をもらうとか――――」
「本当に、貴方はお優しい。私の長谷部殿とは違うのですなあ。相模の風土でしょうか。失礼、関係ありませんな」
 俺は真剣そのものなのに、こいつはまったくそれに取り合おうとしない。のらりくらりとした態度で、関係のないことばかり言う。俺がやさしい? そんなことがあるものか。これはまっとうな精神をしているものなら、やって当然の提案だ。こんなところにずっとひとりきりでいるこの刀に同情しないものがいようか。いや、いまい。しかし、そんな同情を一期一振はよしとしなかった。
「行きません」
 いや、いけないのです。そうぴしゃりと言う彼の顔は真剣そのもので、俺は閉口するしかなかった。俺のことをこいつは優しい優しいと言うが、『優しい』というのは、褒め言葉ではなかったのだ。
「この蒸気機関のどこかについた鉄さびか、それとも炉の隅にのこった屑か、そこに私の長谷部殿がいるのです。どうして置いてゆけましょうか」
 ぞっとするくらい穏やかな表情だった。愛したものを手折った責任というのが、この刀には重くのしかかっていて、それでもう身動きがとれなくなっているのかもしれなかった。
「もうすぐ美濃につきます。そうしたら、私とあなたはお別れです。短い間でしたが、本当にありがとうございました。まるで、夢を見ているかの心地でした」
「それなら、いいんだが」
「夢は、醒めてしまうときが一番むなしいとは分かっているのですが。見ずにはいられないものですな」
 一期一振は穏やかな顔で、帯刀していた本体をするりと抜いた。
 俺は、一期一振が何をしたいのかわからなくて、それをばかみたいにぼうっと見ていた。彼のまとう異様な雰囲気に、圧倒されていたのかもしれない。
「おかしいと思いませんか? ここにあなた以外の乗客がいないということ。美濃に行って何をするかだなんて、ひとつもわからないこと」
 夢を見ているのは俺の方だったのかもしれない。そんなことを思ったのは、胸に走る痛みに気付いてからだった。
「ごめんなさい。申し訳ない。悪いことをしました」
 それから、俺は意識がない。


・・


 じゅうじゅう。
 血だまりを拭くと、無残に折れた『へし切長谷部』を、一期一振は拾ってボイラー室へと向かった。作業的な動きだった。
 ボイラー室に入ると、それを炉の中に投げ入れて、彼はへなへなと座り込んだ。
「馬鹿な事はするものではない......」
 あかあかともゆる炎の中、消えてゆく『へし切長谷部』を見て一期一振はため息をつく。相模サーバから受け取った未受け取り刀剣の入った段ボールのなかに、へし切長谷部を見たとき魔が差した。それを顕現させたのはこれで初めてだった。
 動くへし切長谷部を見るのはいつ振りだっただろうか。もうずっと見ていなかった。なんせ、ここは政府の未受け取り刀剣回収船。顕現されて人の形をとったものを見ることなど、システム上あるわけがないのだ。
 結局、自分はなにがしたかったのだろうか。一期一振はわからなかった。顕現させ、嘘をついてだまして。寂しさを埋めたかったのかもしれない。胸にあいたあなが埋まるはずもないのに、そんなことをしてしまうくらいには、現状に参っていたのかもしれない。
「ねえ、長谷部殿。こんな私を未練がましいと、愚かだと。貴方は笑うでしょうか」
 一期一振は、炉にもたれ掛かって、そこにこびりついているだろう愛しいもののことを思った。思ったところで、返事など来るはずもない。
なんだかどっと疲れてしまって、彼はそこで目を閉じて眠った。


・・


 ぷわーん。


「わあ、あれ。サンド・スチーム号だよ」
 美濃の上空に、蒸気機関車と飛空艇とその他もろもろの合いの子のようなものが浮かんでいた。畑仕事をしていた燭台切光忠はそれを見て、眩しそうに目を細めた。
 隣でしゃがみこみ、ふんふんと雑草抜きをしていた包丁藤四郎はその言葉を耳にして、立ち上がる。
「サンド・スチーム? ってあれなんだ? すごいなあ!」
「包丁くんは知らないか。この国唯一の、刀剣輸送船。サーバ間を刀剣が超えるには、あれに乗らなきゃならないんだ。もとは本丸だったのを、改造したんだって」
「へえ、かっこいいなあ! 人妻もいるかな?」
「ううん、それはどうかなあ。刀剣輸送船だし......」
 無邪気に笑う包丁藤四郎に、燭台切光忠は困ったような笑顔を返した。秋晴れが気持ちいい、真っ青な空の中を、サンド・スチーム号は飛んでゆく。その姿は悠然としていて、まるで大きな鳥がゆっくり空を通ってゆくかのようだった。


 

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