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叔父の結婚

(くりへし+モブへし 現パロSF?)

「廣光、甥と叔父が付き合うだなんていうのは、普通じゃない。ましてや、結婚だなんて。ダメだ。お前のためにならない」
 そう言って、俺の一世一代の告白を無慈悲に断った五歳年上の叔父、長谷部国重は、今日結婚する。

・・


「来てくれてありがとう」
 そうどこにあるのかわからない口から、日本語を流ちょうに発するのは、本日の新郎「ンマ=トラユク」氏だ。
 ナサソティルク星からやってきた宇宙人だという彼は、タコの触手のような手を伸ばして、俺に握手を求めた。
 俺がその手を握ると、ふわふわとしたネコの手みたいな毛の感触がした。まるで、毛の生えたナマコだ。
 トラユク氏は、タキシードを着て(巻いて、というのが正しいかもしれない)立っている。俺が望んだ、その場所に別の誰かがおさまるのは予想していたが、まさかこんな男(性別はオスらしい)だなんて!
「国重さんは、どんな格好でくるのだろう。ぼくはとても楽しみなんだ」
 トラユク氏は、声を弾ませて、俺に言う。
「きっときれいだ。彼は、ぼくにはもったいないくらいの美しいひとだから」
 そうだな、なんて言えなかった。あまりにも嫌みったらしい台詞だったし、当てつけのようにも思えた。
 ナマコと結婚できるなら、俺と結婚してくれたってよかっただろう!
 そういう嫉妬のような気持ちが、胸の底からふつふつと湧き出して、止まらない。
 それはトラユク氏にとても失礼なことであったし、まだ一般的ではないとはいえ、宇宙人との結婚も法的に認められているこの日本では差別的なものだった。
 トラユク氏は、はふはふと何やらを話している。俺は適当な相づちを打って、時計を見る。式がとっとと始まってほしいと思った。
「宇宙人のぼくと結婚だなんて、まだ地球じゃふつうじゃないだろう。でも、国重さんは、それでもいいと言ってくれたんだ。好き合うものが付き合うのはふつうだって」
 トラユク氏は、結婚式ですっかり浮かれているのか、そんなことを口にした。
「それは、いいことですね」
 俺は、努めて冷静にそう返した。
 ああ、国重のやつ、そんなことをいったのか! 
 しかし、内心は燃える様な怒りがうずまいていた。
 叔父と甥が付き合うのがふつうじゃないから、ダメだというなら、それで、ナマコと結婚するのはいいというなら。なにがふつうなのか。ふつうってなんだ。
 俺と結婚するのがふつうじゃなくて、ナマコ野郎と結婚するのがふつうなら、いったいなにがふつうだっていうんだ!
 俺は真剣に国重のことが好きで、愛していた。愛している。今も。
 あの、告白をしたのも、国重も俺のことを好きで、両思いだと感じたからだ。実際、国重は俺を好きだと返事をした。なのに!
「甥と叔父が付き合うだなんで、ふつうじゃない。俺はお前を不幸にしたくない」
 と、断ったのだ。国重は、俺がその言葉にどんなに傷ついたか知らないだろう。
 そして、今現在、進行形でその傷をえぐられているだなんて、きっと思いもしていない。
 国重は、このナマコとしあわせになるからだ。ふつうじゃないことをたくさん乗り越えて、この、トラユク氏と結婚する。
 俺のときは、ふつうじゃないと断った癖して。


・・


 結婚式の、親族席に座って、俺は新郎新婦隣同士に座っているトラユク氏と国重を見る。
 二人は、申し分ないほど、幸せそうだった。トラユク氏は、緊張でうわずった声をまたどこからかだして、小さな式場を笑顔で満たした。宇宙人との結婚だったが、誰もが二人を祝福していた。俺のかあさんなんか、「国重は、突拍子もないことを昔からよくするの。それにしても、トラユクさんはとってもいい方じゃない? ねえ、ひろちゃん」とワインを飲みながらトラユク氏側の親族に言っていた。
 俺はだいたい上の空で、トラユク氏のスピーチを聞いていた。
 トラユク氏は、恥ずかしそうに、国重とは社会人向けの園芸サークルで出会い、一目惚れしてしまったのだと言った。
 彼は、植物を愛し、とても優しい性格で、国重のことをこころから愛している。そういうことが式場全体に伝わった。
「宇宙人でも、ぼくのことをきらいになったりしないかい」
 と、人間に化けていたトラユク氏が正体を現したとき、国重は
「そんなことはない。お前が宇宙人でもへいきだ」
 と答えたのだと、スピーチで聞く。俺は泣きたい気分だった。ああ、なんで。あのときの自分の言葉がよみがえる。
「甥でもこいびとになってほしい」
  そう乞うた自分に、長谷部は一言「無理だ」と言ったから。
 甥と宇宙人のなにが違うんだ。答えろ国重!
 そう思っても、式は粛々と進んでいく。
 国重は、トラユク氏とエンゲージリングを交わし、相変わらずどこに口があるのかわからない彼にキスをした。
 俺はそれを黙って見ていることしかできない。当たり前だ。白馬に乗って、花嫁をさらうなんで芸当、俺なんかにできる訳がない。国重が幸福ならなおさら。


・・


 二次会を断って、一人暮らしの空っぽのワンルームに戻った俺は、ごろんとベッドに転がってとりとめもないことを考えた。
 国重は、もうトラユク氏のもので、誰のものにもならない。トラユク氏と幸せになって、家庭を築き、子供をもうけるかもしれない。
 そのとき、俺は不謹慎にも、トラユク氏と国重はセックスをしただろうか、と考えた。
 あの、どこになにがあるかわからない、毛だらけのナマコの触手に国重は抱かれたろうか。
 気味が悪いと感じた。けれど、想像の中の国重は幸せそうな顔をしていて、やるせなくなった。
 悪いのは勝手に人のものに横恋慕して、しあわせなふたりを祝えない俺だというのは分かっていた。トラユク氏はいかにも優しそうで、心から国重を愛している旦那だった。
 けれど、想像するだに気持ちが悪かった。国重が、あんなばけもののものになるのが嫌だった。
 俺は急に吐き気がこみ上げてきて、トイレに駆け込みげえげえと今日の料理をみんな吐いた。


・・


 それから、俺はトラユク氏と顔を合わせるのが嫌で、国重に会わなかったが、幸せに暮らしていたと思う。
 俺の生活も特に変わらなかった。別に、酒浸りになったりだとか、ほかに恋人を作ったりだとかはなかった。なぜなら、俺が好きなのは今でも国重ひとりだからだ。
 未練がましい俺だけおいて、時間は過ぎていく。
 たびたび、夢に国重とトラユク氏を見て、泣いた。


・・


 一年もしないうち、ある日突然深夜に電話がかかってきた。国重からだった。
「トラユクが、もう一緒にいられないと言って、出て行った」
 それだけ言うと、国重はさめざめと泣いた。俺は返す言葉が見つからなかった。トラユク氏に限って、そういうことをするようには見えなかったからだ。
 長谷部は言った。
「トラユクは、異種結婚について悩んでいた。俺は、世間がなんだと言って励ましたが、だめだった」
 トラユク氏は、国重と結婚したことで、社内いじめに遭っていたらしかった。国重は国重で、勤め先の周りから距離を置かれたが、なんせ国重はトラユク氏を心底愛していて、ずっと一緒にいたいと思っていたので平気だったと言う。
「あいつ、最近ずっと元気がなかったんだ。俺がなんといっても、弱々しく笑うだけで、はっきりとはなにも相談してくれなかった」
 きっと、世間の風当たりに耐えられるほど、国重のように、トラユク氏は強くなかったのだ。だから、悩んだ末そうしたのだろう。
「ぼくといると、きみが不幸になるとトラユクは言ったんだ。そんなわけないだろう! ああ、そんなに、そんなに異種結婚はおかしいのか。そんなに! ふつうじゃないのか!」
 国重は、電話越しに俺に当たり散らした。トラユクを喪失した悲しみは、とても深いものに思われた。
「ひとは......、世間は、冷たい」
 俺はやっとのことでその言葉だけをしぼりだした。冷たかったのは、俺もだろうともう一人の自分が言う。主語を大きくしてごまかしても、俺が二人の破局を願ったのは事実だからだ。
「ふつうじゃなかったんだ、あんたとあいつの結婚は。ふつうじゃないことに、世間は厳しい。だから、トラユクはお前をおもいやってそう言ったんだろ」
 俺は国重を諭した。その台詞は、国重が俺の告白を断ったときと似ていた。
「......。不幸でも、よかったのになあ......」
 国重は、か細い声で言った。俺もそうだったよ、と俺は心の中で言う。
 俺も、お前と一緒にいられるんだったら、不幸になったってよかったのに。

 

(完)

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