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白昼夢

(月吠え 朔白 R18?)

 最近ヘンな夢ばかり見ている。ヘンじゃない夢を見たことがあるのかと問われればおれはきっと首を傾げるのだろうけれど、それは詩の天才たるおれが世の中の馬鹿どもの基準ではとうてい測れないようなすごすぎることを考えているからで、それを好き勝手ヘンだのなんだと言われても困るだけなのだ。まともかヘンかなんておれがきめるのだ。誰でもない。でもミヨシくんは決めたがるなあ。あいつは自分の思う通りに何でも決めてしまうから。だからおれに妹なんかいないんだってば、と何回言ったか思い出せない。話をきかないんだ。ああ天才は孤独なり。つまり言うところこのヘンな夢はおれにとってのヘンな夢であって、いつものヘンな夢とはまた違ったヘンな夢でああもうよく分からなくなってきたからそんなことをぐだぐだ言っているのも止めてしまいたいと思っていたらミヨシくんがおれをぐらぐらゆさぶり起こすからなまりみたいに重たいまぶたを開けてやった。
「兄さん、兄さん」
「やあミヨシくん。おれは何を考えていたのかな」
「考えるも何も、寝ていたじゃないですか」
「ありゃそうか。じゃあまた寝るよ」
 というわけでおれはまた寝た。ミヨシくんがやいのやいのうるさかろうがとにかく寝た。困った時は寝ちまえばいいのさあ。ミヨシくんなんか知らない。もう詩なんてどうでもいいや。うそうそそれをなくしちまったら俺はただの精神衰弱のろくでなしになってしまうわ。いやねもう。全く。今でも十分ろくでなしじゃない。じゃかあしい。そうしてまたずぶずぶとおれは夢のなかに沈んで行って、そして目にする。
 はじめはそう、ああんとかいやあんとかそういう女の喘ぎ声だった。なあんだまたおれの抑圧されし性的欲求が生み出した芸のない妄想だなと思ったものだけれど、それがだんだんはっきりと輪郭が現れ、色が付き、像を結ぶとそうとも言えなくなった。はああんと声を上げているのは見目美しき愚劣な乙女ではあったのだけれど、それを犯しているのは紛れもなく白さんであったのだ。おれではない。おれはなにやらふわふわしたものになってそれをぼんやり見ていた。ははん、なんと屈折したものだろう。おれったら、とうとうそんな遊びに目覚めちまったのかしら。白さんが好き勝手に公開プレイにいそしむのはそんなに稀なことではないから、おれもおぼえてしまったのだろう。着物をはだけた女と、上着を脱いだだけの白さん。とろけた表情で、花が散るよに美しく、乱れて喘ぐ様子をなんの感情もなくいつもの貼り付けられた外っつらでみつめる白さん。白さん、白さん、もっとちょうだあい。女はそんな風に言う。もっとなんて言ったって、蜜をこぼしてよがるそこにはなんも入っちゃいないのに。白さんはいつもの通り女を何とも思っていない風に見て、それで。
 唐突に視界がぐにゃぐにゃと歪んで、ふわふわのおれはぐるぐるとまわって、まわって、白さんも女もどこにもいなくなって、ああ犀がいる、ミヨシくんもいる、と思ったら消えてまたなにやら声が聞こえてきた。は、は、はという犬のような息切れのような音がする。あれま今度は獣姦でもしちまうのかい。そっと目を開ければ、開けてびっくり玉手箱。その瞬間に、おれのなかいろいろと大事だったろうものたちが裸足で逃げ出して、はるか遠くに消えてしまった。じーざす。白さん、なんでそんなことになっているんですか。なんで。
 混乱でくるくるまわるふわふわしたおれの目の前には、いつもシャツの襟にきっちりまかれた赤いネクタイがほどけ、シャツの前を開けて、布団に座っている白さんがあった。これも抑圧されしおれの性的衝動のなせるわざだったとしたらとんだ変態だ。おかしい。彼は酔っぱらったみたいに夢と現が分からないようなぼうっとした表情をしていて、もうそれからしておかしいのだけれど、だらしなく口を開けて、口の端から唾液をこぼしていた。それは形のいいあごを伝って垂れている。おれはなんとなくそれがもったいないようなきがして、すっとそれに手を伸ばした。するとふわふわは途端に輪郭を取り戻し、おれという個体を作り出した。おれは座っている白さんの上に乗り上げる形で、このへんてこな夢のなかに権現したのである。おれは慌ててそこからのけようとしたのだけれど、なにか得体の知れないちからに阻まれ、動けなかった。単にこの夢をみているおれにそんな気がなかったからかもしれない。そのへんは定かではない。ともかく動けないおれはすぐに白さんの肢体に魅入られてしまったのでそういう難しいことはどうでもよくなってしまった。悲しいかな、でも夢だから仕方がないのだ。こんな歪んだ夢を見ているのがわるいのだ。
 おれの目の前にいる仮想白さんは、ふうふうと苦しそうにはだけた胸を上下させ、まるでさっきの女みたいに熱をたたえた目でおれを見ていた。おれはそんな白さんの目なんか一度だって見たことがないから、それは全てバカみたいな妄想だった。すらりと長く筋肉質で、それで幾多もの詩編を生み出し多くのものを虜にしたその手は今にも布団に沈みこみそうにがくがくと震えていて、またそれも馬鹿らしかった。あなたは本当に白さんなんですか。違うでしょう。こんな、従順で、俺に触れられるのを女みたいに期待して待っているなんておかしいですよ。おれはあなたに蹂躙されて、そうやって人間性が作られてきたのに、そんな顔したってどうしていいかわかりゃしません。そう言ったら白さんはたちまち消えて残ったのはあの白さんの腕の中でよがっていた女の体だった。なんだ、やっぱり白さんじゃない。そんなことを思ってひどく安心していたらミヨシくんがまたおれをぐらぐらひどくゆするので、純鉄みたいに重い意識を無理やり浮上させてやった。きっと無視し続けたらおれはやがて首の骨が折れてしんでしまうだろうから。
「兄さん、兄さん」
「やあミヨシくん。おれは何を考えていたのかな」
「考えるも何も、寝ていたじゃありませんか」
「ありゃそうか。じゃあ、また寝ようかな」
「またですか」
 そうさ、今度はほんものの白さんの夢をみるのだ。あんなヘンな夢じゃなくてさ。


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