単独事故にご注意
(ザップ×クラウス 1stシーズンあたり)
ザップの脳みそはその頭ではなく下半身にある、といったのは誰だったか。恐らくチェインであろうが、ザップはそれくらい行動とその原動力が性の部分に依存している気のある人間だった。朝、女のところで起きて、出勤して、また別の女のところに帰って、寝て、いや、寝るだけではなくいろいろして、それで起きて、出勤してということをつづけるくらいにはまさに下半身で物事を考えるという表現にふさわしいわけだ。それがレオナルドらに「クズ」なんて呼ばれる所以でもある。そのザップの乱れに乱れた私生活を見たレオナルドは祈った。どうかこの人に天罰が下りますように、と。ザップにもてあそばれた女の人たちを代表して祈った。
だから、この一件は天罰だったのだろう。
その日、ザップは赤毛のきれいなスタイルのいい女性・ナンシーのもとを後にしてライブラの事務所へと向かった。このナンシーというのがまたザップに負けず劣らず積極的で、仕事があるというのに何ラウンドも体位を変えて朝までほとんど徹夜でセックスをするなんていうことになっていた。したがって、この日のザップは非常に眠かった。どれくらい眠いかというと、うっかり信号無視をしかけたり、信号が青になっているにも関わらず進まなくて後続車両にクラクションを鳴らされたりしたくらいだった。というわけでザップは心底眠かった。でも昨日は最高だったし、文句は言えない。ザップはライブラに残り少ない意識に従って向かった。
眠くて眠くてしかたがなくて、とうとうザップは幻覚を見始めた。ライブラの事務所に続く扉を開けると、そこには件の赤毛美女が立ってこちらに向かって微笑んでいたのだった。
「んだよナンシー、こんなところまで来て。ここはか弱い女の子が来るような場所じゃねーぜ」
ザップはへらへらと笑って、目の前のナンシーに向かって言った。ナンシーはくすくすと笑って、「だって、あなたに会いたかったんだもの。もう一戦、交えたかったわ」なんて言う。
なんて俺って愛されてるんだろう。ザップは夢心地だった。実際夢だったし、このライブラに一般人がやすやすとは入れないなんていうことはザップの頭からは完全に抜け落ちていた。なぜなら、ザップ・レンフロはその大部分において下半身でものを考える人間だからだ。ナンシーは、昨日の夜と同じようにヒップを強調した色気のあるファッションをしていて、ザップを誘った。
「ねえ、オフィスでするって、どんな感じかしら」
この瞬間、ザップの思考回路は完全に下半身に託された。最早ザップには美女しか見えていなかった。ああ、ナンシー、お前ってやつは! ザップはむしゃぶりつかん勢いで、ナンシーの豊満な尻を掴んだ。
彼女は安産型の体型で、いい尻をしていた。柔らかくって、適度な弾力があって、指によくなじんだ。昨夜も堪能した尻がそこにあったような気がした。しかし、夢から覚め始めた頭が考え始める。どこかおかしい。彼女はこんなに大きな尻をしていただろうか。いい尻だが、どこか違う気がする。なんだろう。これは、これは......。
「ザップくん、いきなりなにかね......? 他人の臀部を触って」
戸惑うようなテノールが聞こえて、そこで一気に目が覚めた。夢が晴れて、本当の情景が目に入り込んできた。
「だ、だ、旦那ああああ!!?」
ザップは飛びのくようにその場を離れた。そこには、書類を抱えて困った顔をしたクラウスが立っていた。
「え、俺、何して」
「出勤してきたと思ったら、急にナンシーなんて女性の名前を呼びだすからなにかと思えば、急に......その」
「は!?」
「触って」
「はああ!?」
「揉みしだいて」
「ひいっ!!」
ザップはあまりのことにカウチにふらふらと倒れ込んだ。自分が男の尻をもんでよろこんでいたという現実に打ちのめされて、フリーズした。確かにクラウスは赤毛だし、触ったらいい尻をしていたし、本当にいい尻だったし、できるならもう一回触ってみたいくらいだったけれど、それでも相手は正真正銘男のクラウスだった。ザップは下半身でものごとを考える。男にはたたない。したがってナシ。それがザップの論理的真理だった。それが、今はどうだろう。
「だ、旦那あ......今の忘れて下さい」
「う、うむ。しかし、何故このようなことを」
「寝ぼけてたんス!!!! なんでもないんでほんと勘弁してください!」
ザップは泣きそうになりながらカウチで縮こまった。ザップの息子は少し元気になっていたので、そうするしかなかったのだ。まさかクラウスの尻をもんでこんなことになる日が来るとは思いもしなかった。でも、本当にいい尻だった。そんなことを考えたらまた無精の息子が
元気に「いい尻だった!」と言ってきた。ザップは泣いた。いっそ殺してほしかった。なんで旦那は触った瞬間にいつもみたいにぶちのめしてくれなかったんだよ、とも思った。
「うむ、寝ぼけていたなら仕方がないな......。今後はこのようなことが無いようにしたまえ。少し驚いてしまった」
ここに誰もいなくてよかったとザップは心底神様に感謝した。よかった、旦那がちょろくて。本当に良かった。アホの息子が「また触っても怒られずに済みそうだな」なんて言ってくるのでザップはこの日初めて下半身の思考回路と頭脳で喧嘩した。
おわり