地獄
(王者の遊戯 関羽×劉備。兄者がモブ相手に売春している表現があります。R18)
あの頃の俺たちはほんとうにお金がなくて、その日の食事も危ういというありさまだった。唯一結構あった俺の持参金は武具をそろえるのにすっかりつかってしまって、財布はすっからかん。兄者の作る草鞋やむしろでわずかな資金を得て、町から町へと放浪する毎日が続いた。肉は俺がどうにか野生動物を狩って来ることが出来たけれど、調理に必要な塩や、野菜はそうもいかない。加えて関羽の兄貴が薬膳に必要な薬草を買いたがるものだから、資金はかつかつだった。
そんな中、兄者が自分の体を売り出したのはいつぐらいだっただろうか。
具体的な日付を俺はよく覚えていないのだけれど、いつごろからか、兄者は宿を抜け出すようになった。少し仕事をしてきますね、と言って夜遅くに寝床を抜け出す兄者がどんな「仕事」をするのかに気付けたならよかったのかもしれない。俺は寝ぼけていたから、生憎そこまで頭が回らなかった。草鞋でも編むのかな、くらいの気持ちで兄者を送り出してしまった。関羽の兄貴は相変わらずの無表情で、武器の手入れをしながら特に何も言わずに兄者の背中を見送った。
次の朝、衣服を乱した状態で部屋に現れた兄者に向かって、俺は目をひんむいて「どうしたんだよ!」と叫んだ。
「張飛、ほら、お金ですよ。これでしばらくは生活に困りません」
兄者は説明になっていない説明をして、じゃらりと結構な額になる貨幣を出して見せた。それはまっとうな仕事をしているのならば絶対に手に入らない程の大金で、俺は一目で兄者がなにをやらかしたのかピンときた。
「兄者、体を売ったのか!」
俺はかっとなって、兄者にとびかかった。しかし後ろから現れた兄貴に羽交い絞めにされて、兄者のぼんやりとした何を考えているのか分からない顔に一発こぶしを入れてやることはできなかった。
「離せよ兄貴! 兄者は王室の血を引く、高貴な人間なんだぜ。そんな兄者が、そんなふしだらなこと、していいわけないだろ!」
「おや、張飛。嬉しくはありませんか?」
「嬉しくなんて、あるものか! 兄者はバカだ。そんなお金で生きながらえたって、惨めなだけだぜ、俺は!」
俺はそんな馬鹿な事は止めてほしいと必死で願ったし、訴えた。けれど兄者は、簡単な肉体労働と変わりはしませんとあっけらかんとした物言いで、俺の願いを聞き入れようとしなかった。
「天下泰平のため、愛しい弟たちのため。私ができることならなんでもしますよ。それが体を売ることであったとしても」
兄者はほんとうに平気そうな顔をしていた。真実、兄者にとって体を売ることなんて天下の為なら些事なんだろうと思われた。兄者は聡明な人間だ。いっとう重要なことは天下の泰平で、そのためにはなんでも捨てられる覚悟があるのだ。それが自分の貞操であったとしても。ただ、兄者はそれをしたら俺たち周りの人間がどう思うかを勘定に入れてなかった。そういうことだった。
「だから、惨めなんて言わないでください。気にしてくれないほうが、私は嬉しいですよ」
兄者はふんわりと笑って、俺の肩をぽんと叩いた。兄者がそういうなら、もう俺はどうしていいか分からなくなって、ぼろぼろ泣いた。関羽の兄貴は俺を羽交い絞めにしたまま、何も言わなかった。兄貴も何か言えよ、と俺が嗚咽交じりに言うと、兄貴は俺の体から手を放し、へたり込む俺を何の感情も写っていない目で見下して、努めて冷静な口調でこう言った。
「私は兄者が良いと言うならば、それを肯定するのみだ」
二対一ではどうにも勝ち目がなかった。兄貴まで、そんなことを言うのか。愛する義兄が知らない男に蹂躙されて帰ってきたというのに、なんて冷たい反応だろう。兄貴は悔しくないのか。俺はこんなに悔しいというのに! 俺はそうかよ、と一言だけ言って、どうしようもない無力感に苛まれて丸まった。
・・
その時から、初めて来る町に立ち寄ると、兄者はまず売春宿を探した。それは兄者にとっておいしい料理屋を探すのと同じくらいなんとも気軽なものらしく、よさそうな宿が見つかると、嬉しそうに「稼ぎ処が見つかりましたよ」と報告してきた。俺はそれを聞くのがどうにもつらかった。これから兄者は知らない男に抱かれて、金をもらって帰ってくるのだと思うと、悲しくて仕方がなかった。
兄者が売春宿で仕事をしている間は、俺はなににも手がつかなかった。だからといって何をしないわけにもいかず、宿泊先の宿を出てはぶらぶらとあたりをうろついた。何か悪さをしている悪党を見つければ、片っ端からのして回った。それくらいしか憂さ晴らしが見つからなかったからだ。
関羽の兄貴はというと、特に変わったことをするでもなく、いつものように武具の手入れをしたり、瞑想をしたり、薬膳の入った鍋をかき混ぜたりと普通のことをしていた。俺はそういう普通すぎる兄貴のそばにいるのも嫌だった。兄者が今普通でない状況にいるのに、そうやって平然としていられる意味がわからなかったからだ。兄者のことが好きなくせして、なんだってそんなに平気そうなのか。なぜ、普通の顔をして送り出せるのか。
・・
しかし、これは俺の思い違いだったのだ。兄貴は、全然、ちっとも、普通なんかではなかった。それを知ったのは、何回か町を転々としたときのことだった。
俺はその日も外に出て、夜の町を眺めていた。そろそろ兄者が帰ってくるころだろうか。そう思われた。帰って来たばかりの、いかにも誰かに抱かれてきました、という兄者を俺は見たくなかった。けれど帰らぬわけにはいかない。しばらく夜空に光る月と星を見ていたけれど、俺は重い腰を上げて宿に戻った。
異変を感じたのは、部屋の前に来た時だった。
「あ、兄者?」
客室の前に、兄者がぺったりとへたり込んでいた。俺はすぐさま駆け寄って、兄者の肩を揺さぶった。
「兄者、兄者! どうしたんだよ。なんか調子が悪いのか? なんかされたのか!」
「う、くっ......。その声は、益徳ですか・......ああ、少し、予定外のことがありまして。腰が抜けてしまって」
「だから言ったろ、止めちまえって! いつかこんなことになるって、俺、分かってたんだ!」
「いえ、いいんですよ。お代はちゃんと頂きましたし」
「そういう問題じゃねえんだよ!」
兄者は熱に浮かされたような、ぼんやりとした顔をしていた。クスリでも盛られたのか、それとも足腰立たなくなるまで抱きつぶされたのかはわからなかったが、なにか良くないことが起きているのはよくわかった。
「なんだ、どうした。益徳」
俺が散々騒いだので部屋の中にも聞こえていたのか、ガラ、と部屋の扉を開けて、怪訝そうな表情をした兄貴が出てきた。俺は、ただ一言兄者が、と訴えた。へたり込む兄者と、泣きそうな顔の俺。その光景を見た関羽の兄貴は、すっと表情を消すと、無言で兄者を抱き上げて部屋の中に入った。
「益徳、お前は下に行って、湯でも作ってもらって来い。私が兄者の面倒を見よう」
俺ものろのろとそれに続こうとしたが、兄貴に言われてそれはかなわなかった。確かに、その方がいいだろうと思われた。兄者は心底疲れ切っているようすだったし、俺もこんな兄者は見ていたくなかったからだ。俺は分かった、とだけ言うと、兄者たちと別れた。今思えば、それが悪かったんだろうなと思える。しかし、そのときはそうするしか考えが至らなかったのだ。
・・
ようやく寝床に辿りつくと私は倒れるようにしてそこに身を沈めた。柔らかな寝床の感触に、すべてを投げ出してこのまま意識を手放してしまえばどんなに楽だろうかと思った。けれどそれでは確実に腹を壊してしまうだろう。
今日相手をしたのは、少ししつこい部類の男で、何度も何度も私の中に精を吐き出しては、それを出さないようにと梁型で栓をしてしまうような人間だった。そんなことをしても私は男であるのだから、孕みなどしないのに、愁傷なことだと思った。
それだけなら良かったのだけれど、男は帰るまで精液を中に居れっぱなしにするように、と私に言いつけた。それで追加料金をたくさん払ってもらえるのだから、私が文句を言えるような立場ではなかった。これで張飛に酒でも買ってあげられますね、くらいの気持ちでそれを受けた。しかし、これが意外と苦痛であった。歩くたびにごぽりと体内で残滓がうごめく。それが気持ちが悪くて、なかなかうまく足が踏み出せない。しかも梁型は外されてしまっているから、精液を出さない様に後孔に力をいれていなければならなかった。そうして、よろよろとおぼつかない足取りで売春宿を後にする私を男は満足そうな顔をして見ていた。そういう性癖らしかった。悪趣味ではあるが、私に文句をいえる筋合いはなかった。
そうしてなんとか宿泊先の宿にたどり着けたはいいけれど、そこで限界が来た。部屋の扉まであと、あと数尺か、そういうところで、違和感がいっそうひどくなり、吐き気を覚える。下腹部に手を当てて、気分の悪さをなだめながら進む。扉の取っ手に手をかけたときだった。
不意にごぼりと、嫌な感触とともに緩んだ後孔から生ぬるい液体がこぼれた。激しい嫌悪感が襲い、肉体的にも精神的にも限界が来ていたところだったので、声にならない声を上げてがくりと膝を折り座り込んでしまった。
張飛がやってきたのはそのすぐ後のことだ。助けが来てくれて本当によかったと思う。みっともないところを見せてしまったのは義兄として少し情けなかったけれど、そのときはさすがにほっとしてしまった。かんかんになって怒る張飛をどうなだめるかが今後の課題だった。きっと、もうするなと言われてしまうでしょうね、そう思われた。けれど私はこれをやめるつもりはなかった。これが一番いいやり方であるのは明白であったし、なぜか私はその手の手合いから受けがいいようだったので、給金を弾んでもらえる。そうすれば義弟たちにいい暮らしをさせてやれるし、困っている村の人々に金子を恵んでやることもできる。こんなうまい話はない。
「関羽、少し一人にしてくださいますか。もう大丈夫ですから」
寝床に横たわったまま、私は伏せたまま首を起こして、努めて元気そうに、安心させるように関羽に告げた。関羽は背後にいて、沈黙を保っている。きっと心配しているのだろう。張飛のように表情に出すことはあまりないけれど、この義弟も心配性には変わりがない。
「大丈夫とは、どの口がいいますか」
「この口ですよ、関羽」
「ぶしつけですが、一人ではうまく出来ないでしょう。私がやります」
ようやく上半身が起こせ、関羽の表情を見ることが出来た。その顔は、ぞっとするほど冷たい顔をしていた。ああ、怒っているのだな、と一目でわかった。この義弟は、表面上は私の行為を肯定するそぶりを見せながら、実のところこのことについてはまったく反対の立場であるということはよくわかっていることだった。関羽は、実のところ私がどこの馬とも知れぬ男に抱かれてくるのは嫌なのだ。それは、彼が私のことを愛しているからであるし、それでありながら私の行為に否と言えないのも、私のことを愛しているからだった。私も、この可愛くていじらしい義弟のことを愛しているから、その努力を肯定してやるべきだ。だから私は彼の愛に気付かないふりをしている。義弟以上の関係を望みながら、どこまでも義弟として滅私奉公してくれる、可哀想な生き物。それが関羽という男だった。
「そうですか。なら、お願いしましょうか」
私はその申し出を断ることはできなかった。私も彼のことを確かに愛している。それが兄弟愛のそれなのか、それ以上のものなのかはよくわからない。だから、後処理という大義名分を与える必要があった。それ以上を望んでいながら、いじらしくもどこまでも義弟という線引きを超えてこない彼に、私が出来ることといったらこういうことくらいだ。
彼が私を見下ろすその目はどこまでも深い緑色で、欲を孕んで光っていた。
・・
兄者をうつ伏せの体勢にして、私は中の精液を掻き出すためにせわしなく指を動かしていた。私の指が内壁をする度に、兄者は悲鳴のような声を上げてもがいた。
「ふ、あ!」
「じっとしていてください。動くと、傷がつきますから」
兄者がどれだけ身悶えようとも、私は執拗に作業を続けた。こんな、どの子の種馬のものともしれない精液が兄者の中を犯していると思うと、反吐が出るほど気持ちが悪かった。溜まった精液が掻き出されるたびに、ぐちゅぐちゅといやらしい音がして、部屋に響いた。
後ろをかき回されるのがいやなのか、兄者はしきりに首をふったが、私は手を止めない。腸内の粘膜にこびりついた白濁をすべて取り除いてやらなければ気が済まなかった。
「はあ、っ......」
兄者の声が、だんだん艶のある声に変わっていくのを、私は快感を覚えながら聞いていた。私が丁寧に腸壁を擦るたび、一度冷めていた熱が灯っていく。男に蹂躙されてからまだ時間が経っていない体だ。犯されていた時の様に快感に従順に反応するのは無理もないことだった。そもそも、もう何度もいろんな男に後ろが気持ちいいのだとすっかり教え込まれてしまった体だ。快感を拾うことなどたやすいのだろう。私は深い嫉妬心を覚えながら、指をひたすらに動かした。
「気持ちがいいんですか、兄者」
肉欲に敗北した理性がはらはらとはがれて、すっかり快楽に堕ちてしまった兄者を見下ろし、私はそう問いかけながら空いている手を前へと伸ばした。形が変わり、反り返っているそれを触ると、趙氏の高い悲鳴が半開きの口からもれた。
「あっ、関羽、触らなくたって、いいんですよ」
「でも、苦しそうですし。もうぐずぐずです」
「別に、こんな、くっ......んっ!」
触らなくていい、と強がっても、与えられる強烈な快感に身悶えしている。艶めかしい、と私は思う。後ろでは依然として数本の指が出入りしているし、前は吐精を促すようにしごかれているのだから、当然だろう。
「出せばきっと、すっきりしますから」
「っあ、やめ、ん、ああ!」
文句は黙殺して、ひときわ激しく刷り上げると、兄者はあられもない声をだしてよがった。それに合わせて、ずり下がった下ばきが絡まった足がびくびくと震える。もうすでに絶頂は近い。
「我慢しなくていいんですよ」
「あ、あ、あ、ひっ、で、出る」
「出してください。ほら、兄者。いつもやっていることでしょう。その辺のろくでもない男に、こうやってされてよがっているんでしょう」
自分で言っていて、意地の悪い台詞だと思った。私は、兄者がここに咥えこんだ男たちを殺してやりたいと思うくらいに憎んでいる。けれど、私が義弟である以上、その権利を持ち合わせていないということもよく分かっている。私は兄者を愛している。愛しているから、その行動を肯定するしかできない。
「う、っく......、ああっ!」
びしゃ、と手に生暖かいものがかかるのを感じて、私は目を細める。兄者はぐったりとして、寝床に寝そべった。
「これくらいでいいでしょう。本当は洗った方がいいんでしょうが......」
「は、もう、湯あみは自分でできますから」
「そうですか。それでは、私は席を外します。益徳が湯を持ってくるころでしょう」
自分でできる、と言う兄者はもう私を必要とはしていないようだった。となると、私が出来ることなどなにもない。私と兄者は義兄弟であり、それ以上ではない。それ以上を望んではならない。
後処理という義弟としての大義を失った私は、もう何もすることはできず、手水鉢で軽く手を洗うとその場を後にした。
部屋を出ると、益徳が桶をもって突っ立っていた。どうやら聞かれていたようで、入るに入れなかったらしい。益徳は真っ赤な顔で私を睨みつけると、そそくさと中に入って、そしてすぐに出てきた。後は兄者が自分でどうにかすることだろう。
・・
部屋の前で、俺と兄貴は兄者の処理が終わるまで待っていた。兄貴はさっきまで兄者をどうこうしていたとは思えないほどの涼しげな仏頂面で、背筋を伸ばして立っている。
「兄貴はさ、兄者にやめてほしいって言わないよな」
俺は、ぼそりと口にした。兄者を犯したんだろ、とはどうしても言えなかった。湯をもってきて、部屋から漏れる声を聴いている間、平然としているくせして、やっぱり兄貴は兄者にこういうことをしてほしくないんだと考えた。そうでなきゃ、あんな悲しい声をして、兄者を責め立ててなんかいない。
「私は、兄者が兄者である限り、そのすべての行動を肯定する義務がある」
「それが、体を売ることであってもかよ」
「そうだ」
「兄者のこと、好きなくせに」
俺はふてくされた子供みたいな顔をしていた。兄貴と兄者を二人きりにしたのは間違いだった。あんな、作業みたいなのが、二人の初めての性行為だとは思いたくなかった。兄貴は、兄者のことが好きなのは俺にもよく分かっていた。その好き、が単なる兄弟愛に収まりきらない程の業が深いものだということも。
兄貴は実のところ、まったく平気なんかじゃなかったのだ。きっと、兄者を抱いた男すべてに嫉妬していて、殺してやりたいと思っている。もともと独占欲のつよい男だ。そうでないとおかしい。
俺は、兄者と兄貴がいい関係になったってかまわないと思っている。寧ろ、そうしてくれればうれしい。でも、こんな間違ったやりかたでつながるのはよくない。そんなの、俺がいやだった。
「好きだから、肯定するのだ。私は、兄者の行動を是とする以外に表現する方法をしらない」
「......兄貴はバカだよな。伝えるってことを選ばねえんだ。自分を殺して、陰になって、それでいいのかよ」
「私の気持ちなんて、そんなものでいい」
そう言う兄貴の声色は真剣そのもので、俺はいっそう悲しくなってしまったのだった。
おわり