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​説法

​​(空独 2019/09/15時点の情報のみ ゆるして)


 復興が進んで最近開通した東海道新幹線のホームは、なにもかもが新品の輝きを持って、かつての陽に入れ替わり立ち替わり、電車が往来していた。
 俺はナゴヤ行きの新幹線に駆け込む。今日は取引先の医師の葬式で、俺が代表として彼の実家のあるというナゴヤに行くことになっていた。担当営業だから、とはげ頭を光らせて課長はいったが、体の良い押しつけ役をみつけたという目をしていた。
 死因をきけば、過労だったというから笑えない。日本はどこもかしこも医師不足でどの病院も労働基準法なんか存在しないかのような労働を強いられていたから、そうなるのもよくわかった。労災は出るのだろうか、と俺は取引相手が死んだことよりもそちらの方が気になった。
 俺も死ぬならこんな風にして死ぬのだろうから、労災くらいは出て欲しい。一二三や寂雷先生の迷惑になるのはいやだ、とシートに座ると無意識に携帯の検索ボックスに「生前整理」と打ち込んでいた。
「生前整理なんかする年かよ」
 すこしいがらっぽい声でぼそりと言われ、そこで、はじめて隣に人が座っているということに気がついて俺はぎょっとした。
「あ、すみません、いや、スミマセン本当に……」
 頭を下げれば、燃えるような真っ赤な髪に、青さび色のジャンパーを着た派手ななりの青年は、ヒヒ、息づかいで笑って、「謝んなよ。ただ職業柄気になっただけだっつーの。テメエ、驚くほど腰の低いやつだな」と言った。
 乱暴そうな印象を受けたが、彼は自分を僧侶だと名乗った。名刺をだされ、お坊さんも名刺をもっていることに驚くと、今時は僧侶も営業をするのだと八重歯が目立つ歯を見せた。
「波羅夷、空却……。ええと、波羅夷さん。良かったら、俺のも」
「空却でいい。そういう、カタッ苦しいの苦手なんだよな。僧侶ったってみんながみんな精進料理食うわけじゃないし、俺は焼き肉ならハラミが好きだ」 
 礼儀として俺もアルミの名刺ケースから名刺を取り出して、彼に渡す。それを受け取った彼は、かんのんざかどっぽ、となぞるように名前を読み上げる。
「観音坂、ねえ。仏さんの名前もらって、縁起がいいじゃねえか」
「すみません。俺にはもったいない限りで」
「“仏即我、我即仏”。そもそも人間と仏は同じ存在だから、恐れ多いっつーのは間違いとは言わねえが、拙僧はへりくだらなくてもいいと思うぜ」
「そんなものですか」
「そんなもんだ。仏教っていうのは人に寄り添うモンだから。拙僧も、仏の教えを説いて人に寄り添いてえんだよな。そのためになったもんだし」
 そういう彼は、ジャンパーの下には作務衣を着ていて、本当に僧侶なんだなあ、と、俺はまじまじと彼を見た。僧らしい僧というものがどういうものか今ひとつ分からない俺でも、少なくとも、波羅夷空却という青年はいかにもな僧ではなかった。
「で、お前はなんでまた生前整理なんか調べてたんだ?」
「いや、ああ。俺、これから知り合いの葬式に行くんです。それで、俺が死んだらきっと周りに迷惑がかかるだろうから、生きてるうちにやっておけることはやっておきたいと思って。俺、シンジュクに住んでるんですが、どうせあそこで生きてあそこで死ぬって、なんとなく分かるんです」
「ふうん。まあ、最近は生前葬もあるし、やりたくなったら拙僧に電話でもしてくれや。特別に安くしてやるよ」
 ヒャハハ、と独特の笑いをあげて、空却さんは黒塗りで半開きの扇子のようなものを取り出した。おそらく仏具なのだろう。それを広げると、経本を置いた。手を合わせ、なにやらぶつぶつとつぶやく。そうしている姿は、確かに僧侶といえるかもしれなかった。
 やがて彼は経を唱え終わると、「テメエのためにあげといた」と言った。
「実家に――拙僧はナゴヤ出身なんだ――桜の木があって。拙僧の父ちゃんが伐っちまったんだが。まあ、桜ってのは、勝手に人間に植えられて、勝手に伐られる。でも、毎年咲いてら。あんたもそんなもんだろ。シンジュクに生まれて、そこで骨を埋めると思ってる」
 彼はシルバーリングのついた人差し指をずいと突き出すと、当たってるだろ、と得意気に言った。
「ありがたいお説法だからよく聞いとけよ。諸行無常、なにもかもがそのまま変わらずあることなんかできねえ。桜はその場で咲き続けるけど、人間は足があるだろうが。だから、そのままで居ることを受け入れろ、そんで、そのままでいることに悩み苦しむ自分を見つけたら、そいつも受け入れて、動くべき時には動け」
 彼はそれから、葬式に行くんなら、と数珠を俺に渡した。
「君は、とても立派な志があるんですね」
「ああ、拙僧は人を導く僧侶って言ったろ。それに、人間って言うのはありがたいっぽい言葉に弱い。先導するには、ウケのいいこともいわなきゃだろ」
「それ言ったら台無しですよ」
「でもちょっと救われただろ」
 それは正しかった。俺はああ、まあと返して、数珠を見た。房と輪をつなぐ大きな石が、赤く光っていた。もし、本当に生前に葬儀をしてもらうなら、この男に頼みたい、と俺はなんとなく思った。
 
  
  
 
 
 あとがき
 びいえる向いてないつらい
 ちなみに数珠の親玉は「まいかい」という七宝の石のひとつです。
 

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