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​ハンターに棺桶はいらない

​(TT5 無常納 謝必安×イソップ)

 おもちゃみたいなロケット・チェアに縛られたマスクのサバイバーが、がたがたと震えているのを、ハンター白黒無常の白い衣をまとった方ーー名を謝必安(シェ・ビーアン)と言ったーーは、傘で地面をトントンと叩きながら見張っていた。
 助けが来てしまっては、ゲームに勝てない。まだ、暗号機の感電が見えない以上、その場を離れるのは今のところ得策ではなかった。
 傘のなかで、范無咎(ファン・ウジン)が代われと言うのが聞こえたような気がしたが、謝必安は代わるつもりはなかった。このちいさなサバイバーに、聞きたいことがあったからだった。
「名は?」
 ひ、とマスクの男はーー男なのだろうか?ーービーアンが声をかけると、錆びたブリキの兵隊のようにぎこちない動きで首だけ動かして、ビーアンの足元を見た。顔を見る気はないようだった。
「い、イソップ・カールと言います。名前です」
「そうですか。ではイソップ」
「はい、はいなんでしょう……。サバイバーに、なぜ話すのですか。もう僕が追放されてしまうからですか」
「暇だからです。それと、あなたに聞きたいことがあるのです」
 ビーアンが、紫の目で椅子にくくりつけられたイソップを覗きこむと、いよいよもう死んでしまいそうなほどに彼は青ざめて、前髪で必死に視界を隠そうとした。
「……怖がらないでください。イソップ。お願い事があるだけなのです。顔をみて」
「そんな、そんなあんまりなことを仰らないでください……。僕は人が怖いのです。ハンターの顔など見れません」
「お願いですイソップ。怖くありません。ハンターも、サバイバーと同じです。荘園の主に踊らされる哀れな人形にすぎません」
 ビーアンはとうとう白の服が地面にすれるのも構わず、座ったイソップの目線に顔を合わせるようにした。ほどいては逃げてしまうだろうから、仕方なくそうするしかなかった。
「顔を見て」
「いやです。殺してください……死んだほうがまだましです……」
「お願いなのです。顔を見せてください」
 泣きそうな声でいういたいけな青年の顔を、ビーアンは大きな手でつかむと、無理矢理目を合わせた。
「覚えられそうですか」
「ど、ういうことでしょうか」
 イソップは、つっかえつっかえに、ビーアンの奇妙な行動について質問した。どこかで感電の音が聞こえるのに、ビーアンがそちらに向かわないのも、一向にロケット・チェアが飛ばないのも不思議だった。
「あなたは人形に化粧をそっくりにほどこせるのだと聞きました」
「ええ、はい。僕は賤しい納棺師です」
「私はこの、傘のなかにいる兄弟に会いたいのです。兄弟ではないですが、そのようなものです。もし、人形だとしても、顔が見れたらと……」
 ウジンの顔を、ビーアンはほとんど思いだせない。彼がもし、自分を納棺してくれたら、ウジンが自分を見てくれるかもしれないと、そう思ったのだ。
「しません」
 ところがビーアンの提案に、きっぱりと、先程までの怯えが嘘のようにイソップは答えた。
「僕は死者に対してーーまたは、それに向かう人に対して、敬意を持っています。友人にであれば、もしかしたらお願いを聞いてあげられたかもしれませんが、あなたはハンターです。もし、万が一に僕があなたを納棺するときが来るとしたら、それは『僕があなたに死を認めさせた』ときなのです。すみません、ハンターさん。親切はできません。あなたが死んだら、納棺して差し上げますよ」
 生意気を言う、とウジンが怒った。代わっていいと言っていないのに、するすると勝手に傘が開く。自分がサバイバーだったらよかったのに、とビーアンはそう残念に思った。
 もしサバイバーだったら、友人になったのになあとビーアンは、きれいげな青年の顔を撫でて、「ハンターとサバイバーが、親しくなれたらその時はお願いします」と言った。

 

 

 

 

 

 

 


あとがき
この三人はブラックジャックで仲良くなってくれたらいいとおもいます

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