営業と詐欺のあいだ
(零独 ディビジョンバトル期間)
「そんな悪魔を見るみたいな目でみるなよ」
ぷは、と煙を吐いて、オオサカディビジョンの代表ーーどついたれ本舗の天谷奴零はにやりと笑った。
俺は、先生と同じくらい背が高く、そしてそれより何倍もの威圧感のある男を前にして足がすくむ。
ディビジョン発表の書類が家に届いたとき、職業欄に「詐欺師」とでかでかとした明朝体で書かれた人間がいることに眉をひそめたのは記憶に新しい。中央区はなんだって、犯罪者を野放しにするどころか表舞台に堂々とたたせるのかと疑問に思い、また軽蔑すらした。
「詐欺師が珍しいかい?」
「あ、いや、すみません。俺……もう帰りますね」
「煙草を吸いに来たんじゃねえのか。一服してきなよお兄ちゃん。なあに、とって食ったりしないさ」
天谷奴零は、サングラスの奥の二つの目を細めて、また手の中の箱から一本煙草を取り出し、くわえた。マルボロか、それっぽいな、と思いながら、俺は逃げることもできず、胸ポケットの細っこいケントの1ミリをお守りのように持って喫煙所に入った。
「中央区は、喫煙所がほとんどありませんね」
黙っていればいいものの、沈黙がさほど得意とは言えない俺は、営業のさがで世間話を口にした。
天谷奴零は、そうさな、と相づちを打って、煙をふかす。俺はコンビニで貰ったプラスチックのライターで火をつけて、味のしない煙草をくわえた。
俺は別にヘビースモーカーというわけではないけれど、会社の付き合いで吸っているうちにーーその昔、喫煙所はコミュニケーション・スポットだったーーなんとなくたまに口にしたくなるようになった。彼はそういうわけじゃなさそうだな、と横目で見る。
黒いファーコートを肩にかけて、えんじの開襟シャツを選ぶのなんかどうにもカタギっぽくない。ヤクザといわれても信じてしまうな、と知り合いの顔を浮かべる。
「今は肩身が狭いから。どこでも禁煙で、これじゃあ口が寂しくてたまらんね」
「俺は、たまにしか吸いませんからわかりませんが……」
「そんなヤニのないやつ吸うからじゃないのかねえ、独歩くん」
「……! 名前」
「そりゃ、知ってるでしょうよ。おじさんまだまだ現役よ? 対戦相手の顔と名前くらい、すぐ覚えるさ」
「そ、そうですよね。失礼しました」
独歩くん、だなんて、子供に言うみたいにーー事実、彼にとって俺はまだまだガキなんだろうーー言われて動揺した。天谷奴零は、くっくっ、と喉で笑って、続ける。
「それに。営業職だなんて、悪魔みたいな職業やってるのがいたら、すぐ目につくさ」
「それは、どういう」
「『すぐれた営業は、詐欺師より優れた詐欺師である』有名な言葉だぜ、独歩くん」
「俺は、詐欺なんか」
「嘘はいけねえよ」
動揺する俺を尻目に、矢継ぎ早に、天谷奴零は言う。
「会社の利益のために、取引相手に商品を売ってる。相手は、喜んで買うし、訴えもしない。詐欺と思われずに、自分に有利になるようにものを売って利益を得るのは詐欺より怖いがね」
「そんな、俺は……」
「なあ独歩くん。ブラックなんだって? 会社」
くっ、と腰を折って天谷奴零の顔がミリ単位までちかづいた。後ずさろうとしても、うしろはガラスの壁で、どうにも身動きがとれない。
「提案なんだが、俺の助手になってくれないか?」
ふう、とくさいヤニの煙が顔に吹き掛けられる。まだひとくちもすわれないケントの一ミリの、哀れな灰が地面に落ちた。
おわり
あとがき
すぐれた営業は、詐欺と見分けがつかない