カップケーキをありがとう
理独 8歳×29歳。ねつ造めっちゃした。一応原作軸と言い張る
アメリカ バージニア州
グレッグはポケットに手を突っ込んで、ゴミだめに転がった少年を見下ろした。「おい。レオ。そんなとこで寝てんじゃねえぞ」
「......、わかっている。それに寝てなどいない」
「だったら、さっさと出すもん出せっての。俺も暇じゃねえんだ。わかるだろレオ。アンダースタン?」
レオは、黙ってマリンブルーの目でグレッグをにらんだ。まだ8歳のチェリーのくせに、馬鹿生意気で腹がたつ。グレッグは舌打ちをして、小柄なハーフの少年のからだをけりつけた。
「おれはわかってるって言ったが、言うことを聞くとは言っていない。グレッグ、聞こう。無抵抗な市民をいじめて楽しいか?」
「たのしい? ああ、たのしいとも。おまえをサンドバッグにしたら、ストレス発散にもなるしお小遣いまでもらえる。最高じゃないか」
「おれはおまえの財布じゃない」
「生意気だな。アイムソーリーって日本語でなんていうんだ? 日本人は謝るのが得意だろうが。クソガキ」
「悪いがおれは意味のない謝罪はしない。もう行ってくれないか。まだ今日の分のカップケーキを売ってない」
カップケーキ! なにかをきにしていると思えばそんなものか。「そんな遠い黒い肌の隣人なんかより、俺にボランティアしてくれよ。10ドルで許してやるから」
「10ドル? 10ドルあれば犬用フードが買える。隣のバクスターに毎日やるさ」
「ああ? 俺が犬以下だっていうのか?」
不遜な物言いにブチンと堪忍袋の緒が切れたグレッグはレオの首根っこをつかみあげようとしたが、するりと抜け出され、代わりにぐしゃりとゴミ袋のなかに顔を突っ込んだ。
「ソーリー、グレッグ!」
レオはチャリンと1セント硬貨を投げて、ブロンドブラウンの頭にかぶったリンゴの皮をさっと払う。グレッグはクソッタレ、と悪態をついて歯ぎしりをした。
・・
ボーイスカウトに遅刻をした理鶯は、ほかのこどもたちより遅れてカップケーキを売りに向かった。いつも買ってくれるスミス夫人の家に寄って、値切ってくるジャクソンは無視。何個か売って寄付金を集め、セントラルストリートを通ると見慣れない青年がたっていた。この町で、東洋人を見るのは珍しい。
見たところビジネスマンといった風体で、街灯に寄る辺なさげにもたれかかっているすがたは今にも折れそうな朽ち木にも似ていた。
「こんにちは。カップケーキはいりませんか」
「......。あ......、日本語上手だね」
「親が日本人だから」
「そうか。名前は?」
「毒島・メイソン・理鶯。理科の理に、ウグイス」
「理鶯くん。俺は独歩、独りに歩くって書いて独歩」
久々に、両親以外で日本語を使った、と理鶯は思った。普段使うのは英語だし、皆理鶯のことをレオと呼ぶ。リオ、より呼びやすいからだ。りおう、とすべての母音をきちんと発音した赤茶の髪をした青年は、セーラー服の理鶯を見て「ボーイスカウト」とこぼした。「入ってるんだ。だからカップケーキ」
「1ドルです」
「わかった。一つもらう。でも俺はきっと食べきれないから、君が半分食べてくれ」
理鶯は迷ったが、寄付金になるには違いなかったから男から一ドル札をもらって、カップケーキを半分渡した。青いクリームののった、チョコレートケーキ。アメリカの象徴みたいだな、と独歩は眺める。
「ありがとう。俺にカップケーキをくれて」
独歩は、薄く笑ってそんなことを言った。この男は疲れていて、相当甘いものが食べたかったに違いないと理鶯は思って、男の隣でカップケーキに口をつけた。
「けがしてるけど、どうしたの」
「どうってことはない。意地の悪いやつがいて、そいつがおれが小さいからっていじめて喜んでるんだ」
「きみがちいさい? 大丈夫だよ、大きくなったらそんな心配なくなる」
まるで見てきたかのように独歩は言った。理鶯が「本当?」と聞けば、独歩は道ばたで駐禁の切符を切られているトヨタのカローラを指さして、「バックトゥザフューチャー見たことある?」と理鶯に聞きかえした。
「空飛ぶ車って結構邪魔くさいし、でかくて困るよ」
・・
二人は公園のベンチに座って、しばらく話した。理鶯は日本語で話せるのがうれしかったので、そのときばかりはカップケーキのことを忘れた。誠実な彼には珍しいことだった。
「間違ってないか確認しにきたんだ」
「ふん」
「将来に漠然とした不安があって。俺は間違ったことをひょっとしたらやってきたんじゃないかって。きみは、誰かが間違っていたら止められるかい」
「わからない」
「日本の話をしようか」
日本では、そういうことが難しい。大多数の意見と違うことをすると、よってたかって否定されるんだ。団結力が高いだとかきれい事いったってそうさ。独歩は、だから、自決がやまなかった、と言った。
「第二次世界大戦?」
「そう。もう昔のことだけれど」
だから、君は誰かが間違っていたら止めてあげてね。独歩はまた紙幣を理鶯に握らせて、カップケーキを一口だけかじって残りを理鶯にやった。
「甘い? 幸せ?」
「あまいのは好きだ。たしかに、しあわせの味がする」
独歩は不健康そうな顔をゆるませて、理鶯を見ていた。心底うれしそうに食べさせるものだから、理鶯も夢中でカップケーキを食べた。それで、ついには全部カップケーキを紙幣に替えて、理鶯の腹に入れてしまった。
「俺にもカップケーキをくれてありがとう」
「独歩が買ったものだから、独歩のものだろう」
でもうれしいよ、と独歩は言った。それから、パン! と発砲音がして、彼は倒れた。倒れた独歩は、「物語はカップケーキみたいにかんたんなやつがいい」とだけ言った。
・・
日本 ネットニュース
バージニア州 邦人1名犠牲
アメリカのバージニア州で起きたテロ事件に、邦人男性が犠牲になったことが明らかになった。身元は不明、調査中であるが、現場にいた少年によると『観音坂独歩』という名前であると警察は明かしている。
事件があったとき、観音坂さん(仮)は公園のベンチで少年とカップケーキを食べていたという。
・・
独歩は、ブラウザを閉じてガラケーをポケットに入れた。
「ほんとに使うのかよ」
左馬刻が、ボンネットの上に積もったほこりをはらいながらあきれたように言う。独歩は心変わりするつもりはなかったので、立て付けの悪いドアを開け閉めしながら「すいません」と言った。
「バックトゥザフューチャー見たことあります?」
「あの変なオヤジが出てくるやつ? 合歓と昔。テレビでやってただろ。ああいうの。毎週金曜」
「なんで車なんだろうって思ったけど。本当に車で作っちゃうなんて。科学者はすごいな」
「馬鹿なだけだろ。でかいし、じゃまくさい」
確かに、空飛ぶ車は邪魔くさかろう、とカローラを見る。そもそもなんでカローラなのか。ほかのものではいけなかったのか。よくわからない。
「これほんとに動くんでしょうか」
「知らねえよ。軍部の遺産なんだし、俺の管轄じゃねえ」
ぱちぱち、とダイアルを20年前にセットする。「それでも用意してくれてありがとう」独歩は言って、乗り込む。カップケーキを食べに行くのだ。
「理鶯が怒るぞ」
「なだめておいてくれよ」
「こええんだよあいつ」
それでも左馬刻は本気で止めなかった。止める役割が自分でないとわかっていたからだ。止める権利があるのは、あのとき9歳だった男だけだと彼も知っていた。そしてその男は、数秒後にここにやってきて、発車寸前のカローラに問答無用で飛び乗るのだ。
・・
アメリカ ネットニュース
テロ事件阻止 邦人男性活躍
バージニア州で、テロ事件が未然に阻止されたことで話題になっている。貢献したのは、日本自衛隊の毒島・メイソン・理鶯さん(28)。彼が異変を感じたのは......(中略)......彼はこう言う。「終わりは、カップケーキくらいかんたんな物語がいい。甘くて幸福の味がする」きょとんとする取材陣に、彼のパートナーだという観音坂独歩さん(29)は何かをこらえるように笑っていた。
おわり
あとがき
ほのぼのしょたおに、あるいは物理でハッピーエンドに持って行く毒島・メイソン・理鶯の話。