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​雁首揃えど事もなし

(じろどぽ+零独 ブクロドラパ後くらい)

 今日は直帰でいいと急に連絡があり、独歩はカブキ町の真ん中で呆然と立ちすくんだ。平日の夕方に放り出された独歩は、とりあえず見知った顔が営業しているスナックの扉を開けた。
「あの、潤さん?」
「あら、独歩ちゃん」
「は? って、ええっ。独歩!?」
「二郎くん!?」
 なにやら店主とだれかがもめているようであったので、中野二人に独歩が恐る恐る声をかけると、振り返ったのはイケブクロディビジョンの山田二郎だった。普段と格好はどうもかけ離れていたけれども。
「いや、二郎くん。シンジュクでなにを、というか。その格好……」 
「い! いいか。俺がここでアルバイトをしているっていうのは、誰にも言うなよ」
 顔を真っ赤にした二郎はずかずかと詰め寄り、ぎろりと少し上にある頭がこちらをにらんで必死に脅しているようであったが、その格好のせいで少しも、ほんのちょっぴりも恐ろしくは感じられない。
「あら、独歩ちゃん。ジロちゃんと知り合い? そうよね、まあ。直接対決してないっていっても、DRB(ディビジョン・ラップバトル)の代表選手だものねえ」
 化粧の厚い、がたいが良すぎるドレスの女がカウンターでけらけらと笑って、たばこをふかす。阿僧祇潤。このスナック・烏合の衆の店主だ。
 独歩は、化粧をして黒いボディコンドレスを着た年下の友人、二郎から極力目をそらしつつ、上滑りするような声で「いや、未成年がスナックで働くのってどうなんですか潤さん」と言った。
「仕方ないのよ。そういう約束だもの」
「こんなことさせられるって思ってオッケーしたわけじゃねーよ」
「でも、情報はあげたんだから。アタシの言うことはなあんでも聞くっていうことだったでしょ。男に二言はないわよね」
「まあ、そうだけど……。でも女装ってのは聞いてねえ!」
 ぎゃんぎゃんと騒ぐ二郎をあしらいながら、潤は心底楽しくてたまらないとニヤニヤカーマインの唇を三日月型にして鼻歌を歌っている。
「大丈夫よ。労基法に違反したりしないし。それにここは別に風俗じゃなくて、飲食店だからふつうのアルバイトとおなじよ。だからそんな顔して警察に連絡しようとしないでちょうだい。独歩ちゃん」
 独歩が切羽詰まった顔で黒の折りたたみ式携帯を開けようとしていると、潤がそれを制した。どうも二人は気の置けない間柄らしく、軽快にやりとりをしている様子を見るとべつだん二郎が脅されているわけではないように思えた。
「ああ、そうなんですか。いやでも、二郎くんがなんでここで?」
「え? だってアタシ、ジロちゃんの彼女だもの。ね?」
「はあ?」
「んなわけねえだろうが! 兄ちゃん……っていうか萬屋の仕事で付き合いがあんだよ。世話になってて、今回は、そのお返しで。俺だってこんな格好したいわけじゃねえけど、借りがあるから」
 ボディコンドレスの短い裾から出た鍛えられた生足をすわりの悪そうにうごかして、尻すぼみになりながら二郎は独歩に向かって言った。
 知り合いに見られたくなんかなかっただろうな、と独歩も気まずくなりながら、「まあ、似合ってるし、いいんじゃないか」とせめてもの慰めを口にした。
「俺がやるよか、マシだろ」
「褒められてもうれしくねえ!」
「いやあ独歩ちゃんもねえ。仕事が忙しくなかったら、お手伝いしてもらいたかったわ。仕事辞めたらうちに来なさいね。お給金弾むわよ」
「俺が似合うわけないだろ潤さん……」
 独歩はげんなりとして隈の濃い疲れたまなこを潤に向けた。お化粧したらかわいくなるわよ、素材が良いものという言葉は聞き流すことにする。二十九歳の女装なんか(しかもボディコンドレス!)見られるようなもんではない。
「十七時から少し入って貰うだけだし。見逃してちょうだいね。もちろん、変なお客様の相手なんかさせないわ。もう今日は独歩ちゃん貸し切りにしちゃおうかしらね。かわいいアタシのジロちゃんだもの」
「だあれがテメーのもんになったよ。知ってて言うんじゃねーぞ潤……まあ、座れよ独歩。三郎には内緒だぞ」
 独歩はボディコン姿の二郎に連れられて、カウンターに座る。
「何飲む?」
「オレンジジュース。子供に酒作らせられないだろ」
 二郎はカウンターに立って、まあそうだよな、といいながら百パーセントオレンジジュースの紙パックを取り出した。
「平日の夕方だっていうのに、仕事終わったんだな。すげーじゃん」
「珍しく直帰だったんだ。仕事は終わってはない。でも働き方ナントカで業務態勢が変わって、帰らなくちゃならん」
「ふうん。よくわかんねーけど、いろいろあるんだな。兄ちゃんもカクテーシンコクの前はうんうんうなってるぜ」
「ああ、自営業だもんなあ」
 はいどうぞ、と二郎がオレンジジュースのロックを出してきて、独歩はそれをぐいとあおった。潤はそれをカワイコチャンがじゃれてるわ、だのなんだの言って、写真にとってニコニコとしている。
「見せモンじゃねえぞ」
「いやねえ。ちょっとくらいいいじゃない」
「まあ、似合ってるしな」
「独歩まで潤の味方するなんてひでえ」
 八等分に切られたオレンジと、パラソルが乗ったジュースを飲みながら独歩は潤に同調すると、二郎は不満そうに口をとがらせた。まあ、女装姿を褒められてうれしいなんていうのはまれだろう。
「潤と独歩は知り合いなのか? ここってスナックだぞ。潤がこんなんだから、そういう男しかこねえし」
「まあここカブキ町だし。ジャケット着てない一二三がのびのび飲める場所っていったら、そんなにないからな。ほら、あいつ女性恐怖症だろ。男ばっかりのほうがいいんだよ」
「やあね。あたしだって女の子よ」
「だあれが女子だ、鏡見ろ鏡」
「はは、あいつにとっちゃ微妙なところらしいけど」
 そうやって話していると、カランカラン、と店の扉が開いた。あら、クローズって札かけてたのに、と潤が立ち上がろうとすると、背の高い男がぬっと扉をくぐって顔を出した。
「おい潤ィ。俺が来るから閉めてんのかと思ったら、客、いるじゃねえか」
 葉巻を口にくわえて、黒のハットを持ち上げた大男は、いかにもカタギではない。
「なあっ! お前!」
 潤の知り合いかと思われたが、いち早く反応したのは二郎だった。飛び上がってカウンターを乗り越えると、男のワインレッドをした胸ぐらをひっつかんでものすごい形相でにらみつけた。
「おやあ。カワイイ子が入ったかと思えば、二郎じゃねえか。ダメだぜ、パパに内緒にしてこんなところで仕事したりなんかしたらよォ」
「だれがパパだクソ野郎。マイク出せよ、前回の決着つけてやる」
「いやはや、バトルって言ったってね。知り合いの店でドンパチなんかやれねえよ。そうだろ、潤?」
「ああ? 潤、こいつと知り合いなのかよ!」
 ばっ、と二対の目が潤に向かう。当の潤は全く堪えていない様子で、うっとりとした顔でくねくねと体を動かす。
「嫌だわ。ワイルドな父と、その息子に迫られるアタシ……。独歩ちゃん、アタシってば罪よね」
「詰みって感じに見えますけどね……」
 ズズとストローでオレンジジュースを啜る独歩は、困ったことになってきた、とこめかみをおさえる。どうも二郎の父親らしいという男は、どこかで見たような風貌をしていて、二郎や三郎と似ているような似ていないような印象を独歩に与えた。   
 そうして見ていると、黒いファーの上着を脱いだ男はかみついている二郎をかわして独歩の横にどっかりと座る。
「潤ィ、バーボン。ロックでな」
「はいはい」
「それで、このオレンジジュースなんてかわいいモン飲んでる、ケツの青そうなジャリガキは?」
 そして彼はサングラス越しの目を細めて、品定めをするように独歩を見た。  
「が、ガキって……。あ、ああ。申し遅れました、俺はこういうものでして!」
 二十九にもなってガキ扱いされ、口の端を引きつらせた独歩だったが、営業の癖でつい懐の名刺ケースから会社の名刺を出して差し出した。かなしきかな、バカにされたところで、明らかに立場が上そうな人間には逆らえないのだ。
「フウン。観音坂独歩ねえ」
 しばらく男は名刺を指先に挟んで眺めていたが、それを懐にしまうと、「俺あ、天谷奴零ってんだ。二郎のオヤジさ」と言った。
「おおおおお父さんですか! いや、あの二郎くんにはいつもお世話になっておりまして!」
「ちげえぞ独歩。こいつが勝手に言ってるだけだ」
「そ、そうなのか?」
「なんだよ二郎。寂しいじゃねえか。潤の店なんかで働いてるしよォ。パパは悲しいぜ、そんな生足を安売りして……」
「見んなバーカ!」
 ぎゃんぎゃんと騒ぐ二郎と、それを楽しそうにも見える様子で相手をする天谷奴を見ると、親子かどうかはさておき知り合いではあるらしかった。
「潤さん、なんなんですかアレ」
「人にはいろいろあるのよ。あまり詮索しないでちょうだい」
「はあ」
 どうやら〝親子である〟という点には触れない方がいいらしいと承知した独歩は、「それで、あの。天谷奴さんはお仕事はなにをなさっているんですか?」と聞いた。
「なんだと思う?」
 にんまりと猫の様に口を開けて、天谷奴はたばこをふかした。じゃらりとゴールドのアクセサリーが揺れる。本業ヤクザの左馬刻とはまた違った雰囲気があるものの、その筋のものの様な雰囲気はどうしてもぬぐえない。これで会社員などと言われても、到底信じられそうにもなかった。
「や、ヤクザ、とか……?」
 一瞬、シン、と店内が静まりかえって、それから天谷奴の大笑いが響いた。
「アハハハ! いいね、知られたからにゃあ生かしちゃおけねえな。風俗にでもうっぱらっちまおうかなあ」
「え、そんな。す、すいません! 命だけは!」
「バカこのクソ野郎。独歩! こいつは詐欺師だぜ詐欺師!」
「ヘエ、調べたか。二郎」
「あんたたちいい加減にしなさいね。殴り合いでもしたらドレス着せるわよ」
 かみつく二郎と笑う零の間を割って、潤がカウンターにバーボンのグラスをおいた。独歩は、とんでもないところに放り込まれたらしい、と気づいて、しかしながら二郎をこんなところに置き去りにできるわけもなく帰りたがる両足を押さえ込んでジュースを啜った。
「で、オオサカくんだりから、何しに来たのよ」
「ああ、いや。ちょいと野暮用があってな。それに、今度の仕事がどうにもでかい。俺もそろそろ年だから、手伝いが欲しくて。お前ならいい相棒でも紹介してくれるかと思ったんだが……」
 ちょうどいいのがいたな、と天谷奴は独歩の名刺をかざして独歩を指した。
「お、俺ですか!?」
 驚いた独歩は飛び上がりそうになって、仕事用のショルダーバッグをぎゅっと抱いた。
「お前さん、営業でラッパーなんだろ? 口先八丁、二枚舌。詐欺に向いてなさそうな見た目だが、まあそれはいい。正直者そうだから、嘘ついたってバレやしねえ。いいね、ああ、いい」
「よかねえよ!」
「あ? お前にゃ関係ないだろ。二郎」
「ダチに手出されたら怒って当然だろうが」
「ボディコンドレスで言われてもなあ」
 ちくしょう、着替えてくる! と二郎は真っ赤になって裏に引っ込んだ。潤は残念そうにしていたが、独歩としてもその格好でいられるのは気まずいので胸をなで下ろす。
「お誘いはありがたいんですけど、その、詐欺はちょっと……」
 まごまごしながら独歩が天谷奴の様子をうかがうと、天谷奴は「詐欺っていっても、ダマすのは悪人だけだ」と指を立てた。
「詐欺師じゃなくても、人を騙そうとするやつはごまんといる。そういうハンパものからきたねえ金を巻き上げて、持ち主に返してやるのが俺の仕事だ」
「へ、へえ」
「だから、いいだろ? ブラックな会社なんか辞めて、俺と組もうぜ」
 ぐ、と天谷奴に腕を背中に回されて、独歩は体を硬くした。なぜ勤め先がブラックと分かるのかと問えば、人相で分かると即答される。
「イヤよ、独歩ちゃんは仕事辞めたらアタシんとこで働くの」
「そんなこと言わないでくれよ潤、俺の頼みだ」
 独歩を置いて話しはじめた潤と天谷奴に、独歩は困ってしまい、「でも、」と口に出した。
「犯罪は犯罪ですから」
「まあ、どっかで破られるもんさ、ルールなんて。詐欺は確かに犯罪だがね。善と悪もは裏腹だし、決めるのは勝った方だ。それはもうH歴になった今ならわかるだろ?」
「で、でも。俺は信用商売なので……。一度嘘をつけば、一生信頼を失うって言いますよね。だから、やっぱり、無理です」
 天谷奴は、かたくなな独歩を前に眉をくい、と動かして、それから「そうかそうか!」と大声を上げて笑った。
「ま、二郎が気になってるっていうから、どんなやつか用事の帰りに見に来ただけだしな。〝かっこいいオトナ〟っていうのをさ。相棒探してるっていうのは嘘だ嘘」
「あんた、まあ。そんなことだろうと思ったけど、あんまり若い子をからかわないのよ。ジロちゃんの邪魔するんだったらなおさら」
「へーへー、こええなあ。息子のことだってのに」
 カウンターに金をいくらか置いて立ち上がった天谷奴は、ファーの上着を羽織り直して「あ」と動きを止めた。
「こいつを母親にしちまうってのはどうだ?」
 見てないうちになにほざいてんだこの野郎! と裏からサッカーボールが飛び出してきて、ごいん、と天谷奴の頭に当たった。

 

 おわり     

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