top of page

​フランケンに祝福を

(乱独 誕生日の話)

 ありがとう、うれしいよ、僕チョコレート大好きなんだ。
 そうやって言って受け取ったプレゼントを事務所のすみに押しやって、飴村乱数はため息をついて仕事用のチェアに座った。
 誕生日も、バレンタインデーも、チョコレートだって本当は好きではない。でも嘘をつくのなんかもう慣れっこだ。なんせ、乱数はこの世に生を受けたときからずっと「自分は人間である」という大きな嘘をつき続けているから。
 誕生日なんか本当はなくって、あるのは製造日とロット番号くらいのもので。バレンタインデーに決めたのは、そのほうが”飴村乱数らしい”というそれだけの話だ。そんな元々ないものを祝われたってむなしいだけで、人間でないことを再認識されるみたいで嫌だった。
 だって、自分の家の洗濯機に製造日おめでとう、なんて声をかけている人間なんか見たことががない。乱数は耐久消費財だ。モノであって、ヒトではない。おめでとうと言われるたびに、自分は人間ではないのだから祝わなくていいと言ってしまいたくなる。けれど、中央区のスパイの乱数にそんなことができる権利はない。言ったらどうなるか、そこに待っているのは廃棄の未来だ。だから、誰にも言えない秘密を抱えて乱数は今日も笑って嘘をつき続けるしかないのだ。
 嘘に嘘を重ねる贋作の人生なんて一つも楽しくなんかない。同じチームに嘘つきの文豪がいるけれども、彼はどういう思いで嘘をついているのだろう。彼は彼でつかみどころのない存在だから、考えはようとして知れないのだが。
 SNSの自分のアカウントを見ながら、乱数は自分の誕生日のポストについているお祝いのコメントにひとつひとついいねをつけていく。もちろん、ひとつもいいねなどと想ってはいない。SNSは乱数の趣味の一つだが、それはアカウントというものの空虚さが自分に似ていると思っているからだ。乱数はいわば実体のある「飴村乱数」のアカウントの一つで、不要になれば消すことができるものだ、という想いがあった。
 自分は飴村乱数であって、飴村乱数そのものではない。全く同じ代わりの品がいくらでもある、量販店にならぶ吊しのスーツみたいだった。
 スーツ、で思い出すのは、シンジュク・ディビジョンのくたびれた会社員のことだ。彼が着ていたのは明らかによれた感じの安っぽいスーツだったな、と乱数は不愉快な顔をした。人間のくせに、自分が世界で一番不幸ですといった顔をしていて、その唯一無二の命をおろそかにするように奴隷みたいに働いてやつれていたのが気に食わなかった。せっかく人間に生まれたんだから、大事に生きれば良いのに、その一回きりの、一点物の高級ないのちをぞんざいに扱っている傲慢さが乱数の癪に障る。
「だから人間は嫌いなんだ」
 作業用のタブレット端末に自分ではなくあの悲壮感にあふれた顔が写っているように見えて乱数は舌打ちをした。もし、人間を滅ぼせるとなったら、ぜったいにあいつは最後にしてやるんだ。そのないがしろにしてきた命の尊さを理解させてから殺してやるんだと強く想う。
 ヴーとマナーモードにしていたスマートフォンが鳴る。見ればSMSに通知が入っていて、観音坂独歩と相手の名前が表示されていた。
 タイミングが悪すぎるじゃないか、と乱数は顔をしかめる。タップして開けば、独歩から「誕生日と伺いました。本日シブヤの病院に仕事で参りますので、後ほどつまらないものですがお祝い品を持参いたします。事務所にはいつ頃居られますでしょうか」とビジネスメールかと思うほどの堅苦しいメッセージが表示されていた。
「俺は取引先じゃないんだけどな」
 低い声で、乱数は言って鼻を鳴らす。断ろうか、と想ったが、結局そうしなかった。どうにも弱いものをいじめてやりたい気分だったのだ。
 
・・・

 乱数がそれから少し仕事をしていると、昼頃に観音坂独歩は訪れた。乱数はつとめて【飴村乱数】っぽく振る舞い、笑いかける。
「やっほ~! おに~さん、わざわざありがとね。僕に誕生日プレゼントなんて、うれしいなあ」
「いえ、バトルや先日のコンテナヤードの件ではずいぶんお世話になりましたし。先生との旧知の方ですから。ご挨拶くらいはと……」
「も~、寂雷のジジイの話はなしなし! それより、何持ってきてくれたか気になるな~!」
「ああ、すみません。あの、そんなに良い物ではないのですが」
 四角四面の挨拶をして、独歩は九十度のお辞儀をすると、包みを取り出した。受けとって開けると、中には一揃いの鉛筆が入っていて、意外に思って乱数は目を見張る。
「鉛筆」
「一二三……同居人から、飴村さんはここのメーカーの鉛筆を好んで使うとSNSに投稿があったと教えてもらったので」
「チョコレートじゃないんだね。みんなチョコくれるから、おに~さんもかと思っちゃった」
「え、あ!? 申し訳ありません、食べ物のほうが良かったでしょうか。ああ、そうか。今日はバレンタインデーか……俺は気が利かないな……だめだ……俺はいつもこうだ、失敗ばかり……」
 ぶつぶつと下を向いてネガティブな言葉をつぶやきはじめる独歩を見て、乱数は「みんながくれるから、じゅうぶんだと想ってたくらいだよ。ありがと~!」とウインクした。
「あ、ああ。そうですか。よかったです」
「鉛筆かあ。仕事でつかうものくれるなんて、会社員らしいね」
「恐縮です」
「そうそう。誕生日ってさあ、おに~さん、好き?」
 そこまできて、さあいじめてやろう、と乱数は問う。独歩は少々狼狽したあと、事務所の客用ソファにこぢんまりと座ったまま、「俺の誕生日なんか、どうでもいい日ですから」と言った。
「僕はね、嫌い!」
 そもそも価値がない、と言う独歩の顔に顔を近づけて、乱数はそう言ってのけた。独歩はかちんと石のように固まって、その隈のついた伏し目がちな瞳で乱数を見つめた。
「誕生日おめでとう、って無責任な言葉だと思わない? 僕の人生がどうかなんてわかんないのに、生きててうれしいかなんてみんな分かってないのに、祝ってくるんだよ。それってすっごくおかしいことじゃん。……僕がなんなのかも知らないのにね」
 戸惑う独歩にそう告げると、乱数はぱっと顔を離してニッコリと笑顔を見せた。
「な~んてね! 冗談だよ。祝われるのすっごくうれしい! もちろん、この鉛筆もね」
 独歩はしばらく黙っていた。乱数は、内心で嘲りながら、ピンク色の頭を揺らしてうつむく彼を待った。そうして、乱数が来客用に出した紅茶がぬるくなったころ、独歩は口を開いた。
「飴村さん、前に仰ってましたよね。おしゃれは誰かのためじゃなくて、自分のためにやるものだって。満足していればいいんだって」
 言葉を選ぶようにゆっくりと独歩はしゃべる。ラジオでそういえばそんなことも話したな、と乱数はきいていた。
「人生も――人生も、自分が満足していれば、誰に何を言われたってかまわないと思うんです。だから、もし、飴村さんが――どういう事情があるとしたって、なにものであったって、いいんじゃないですか。生きていることがめでたいことだって、思えるように生きれば……」
 尻すぼみになりながら、まっすぐ言う独歩に対して、やっぱりこいつ嫌いだ、と乱数は思った。
 泣きそうになりながら。
 

 

 


  
おわり

 

 

 

 

 あとがき
 独歩のこと嫌いな乱数が好きって話。あとラジオネタ。   

©2019 by NEEDLE CHOO CHOO.com。Wix.com で作成されました。

bottom of page