鍋に飛び込む鴨が言うには
(寂独 R18)
「それじゃ、おつかれさまっした!」
神宮寺寂雷の家で行われる麻天狼ミーティングが終わり、伊弉冉一二三は明るい声を出して玄関で手を振った。
「おいこら一二三、夜も遅いんだから、あまり大声をだすな」
彼の幼馴染の観音坂独歩は近所迷惑だろと一二三を注意しながら黒い革靴を履いて、後に続く。
「二人とも、今日はお疲れ様でした。またラップが上手になりましたね。次のディビジョンラップバトルも気を引き締めていきましょう」
「りょ!」
「はい!」
見送る寂雷がゆったりと告げると、彼らは子供のように素直に返事をした。もう二人とも立派な社会人だというのに、かわいらしいと寂雷は感じてしまい微笑む。
「……ああ、先生。そういえば」
帰りしなに、独歩が思い出したように振り返って、寂雷に言った。「一二三はタクシーで先に帰らせるので、お時間いただいてよろしいでしょうか? 少し、ご相談がありまして……」
「うん、いいよ。私はいつでも君の話を聞く約束ですからね。一二三くんには内緒の話なのかな」
「はい、とてもじゃないが一二三には聞かせられないもので……。タクシーにあいつを乗せたらすぐに戻りますので、少しお待ちください」
独歩は神妙な表情で、寂雷に言う。一二三にも言えないことというのはなんだろうか、と頬に手を当てる仕草をして寂雷は考えた。
独歩が出て行ってから寂雷はコーヒーを淹れてすこしそわついた気持ちで彼を待った。らしくないが、彼のこととなると寂雷も普通の人間のようにあれこれと気をやってしまう。好意のある相手とプライベートで二人になるというのだから、泰然自若を自負する寂雷でさえもいくばくか浮ついてしまうのは仕方が無いことだろう。
「ああ、すみません。お待たせしました」
しばしして、一二三を送った独歩が寂雷の家に戻ってくると寂雷はなんでもないような顔をして「いやいや、問題ありませんよ」としれっと言った。
独歩はダイニングテーブルにきっちりと姿勢を正して座ると、コーヒーを見ながら、いいにくそうに逡巡してきょろきょろと視線をあちこちにやっていた。寂雷が気を抜いていいと言うと、独歩はすこしほっとしたような顔をして「ありがとうございます」と礼を言って頭を下げる。
「それで、話というのはなんなんだい?」
「ああ、それなんですが、その……あの……」
そこで寂雷が話を切り出すと、独歩はまた迷うような仕草をして少しだまる。そんなに言いにくいことなのだろうか、と寂雷が不思議に思っていると、独歩は意を決したように口を開いた。
「先生、俺にしてくださいませんか」
「……ええと、それはどういうことだい?」
「どういうことって、先生が一番おわかりじゃありませんか。俺知ってるんですからね、先生が一二三を好きだって……」
じっとりとした視線を送る独歩は、本気でそう思っているようだった。寂雷は驚いて、目を見開く。どうしてそういうことを思ったのかは知らないが、それはまったくの誤りである。
「独歩くん、一応聞いておくけれど。それは……私が一二三君を恋愛的な意味で好きということかい?」
「そうでしょう。先生はプライベートで他人と関わることは少ない方だとお聞きしました。それなのに、一二三をよく釣りに誘うでしょう。それに、一二三を見る目がいやらしいんです。――駄目ですからね。絶対に」
とんだ勘違いをしているらしい独歩は、ぶつぶつとまくし立てるように寂雷を責め立てる。濡れ衣を着せられた寂雷は困惑しながらも、興味深いと生来の悪癖がそっと鎌首をもたげて蛇のように目を細めた。独歩は至って真剣に忠告しているが、寂雷は一二三をそのような目で見たことは一度としてない。むしろその対象というのは、目の前で俺にしませんかなどととんだ馬鹿げたことを言う独歩の方だった。
ああ、これをどうして訂正などできるだろうか。鴨葱状態の独歩を見ながら、寂雷は考えを巡らせる。今の状況は寂雷にとってはいらない誤解をされているやっかいなものであると同時に、良いチャンスでもあった。なにせ寂雷は独歩のことが目に入れても痛くないほどにかわいい。そんな子が、自分を差し出してきているのである。
周りから神のようと称されがちな寂雷であったが、彼もただの人である。おろかな一人の男なのであった。
「とんでもないことを言うね」
「一二三じゃなくてすみません……。でもあいつを男性恐怖症にさせるわけにはいかないんです先生。先生の性欲は俺で発散しましょう、ねっ!」
そう言って、独歩は立ち上がりネクタイを緩め始めてしまう。さすがの寂雷もこれには動揺して、待ってくれと制止する。
だが、身近な、しかも信頼している人間が自分を性的な目で見ているなど恐ろしいに決まっているし、それで一二三が男性まで怖くなって、今度こそどこにもいけなくなったらと思うとなりふりなど構っていられない独歩はしゃにむになって声を張り上げた。
「俺なんでもしますから、先生!」
「落ち着きなさい独歩くん」
「俺じゃ興奮しませんか。オナホにもなりませんか」
切実に言う独歩だったが、自分の言っていることの異常さに全く気づいていない。寂雷はこの可哀想な子羊を正しい方向に導くべきであった。わたしは君たちのことを信愛の意味で好きなんだよと言えばよかった。あたりまえのことだ。
だのに、言わなかった。代わりに「じゃあ、君が私の相手をしてくれるってことかい。私とセックスをするってことですよ」と愚かにも口にした。
ここで独歩が怖じけづけばいいと寂雷は思った。一方で、もしかしたら、という思いもあった。
「その代わり、一二三には手を出さないでくださいね」
独歩はひとつもひるむことなどなかった。そうだった、と寂雷は気づく。この青年は、幼馴染のためならなんでも為してしまうような、献身的な子なのだった。
「わかっているよ」
寂雷はそう返す。
「君が満足させてくれればね」
果たして自分はどんな顔をしていたろうか。寂雷には知れぬことであった。
・・・
「ほら。先生、気持ちいいですか、あ、うっ、んっ」
寂雷の下半身にまたがって、独歩は懸命に腰を振っていた。最小限に乱された衣服のまま、局所だけ繋がっているのは彼がそう望んだからだ。
「あ、う、せんせ、せんせ……。俺、がんばって準備したんですよ。だから、んっ、中もすっごく柔らかくて気持ちいいでしょう」
独歩は必死になって腰を上下に動かし、飲み込んだ寂雷のものを自分の胎内できゅうきゅうと締め付けた。彼が『準備した』というだけあって直腸内はあつくとろけて、しもふりのレアステーキを口にしたときのようなやわらかさで寂雷の怒張を包んでいる。
ふうふうと息を苦しげに吐きながら、それでもただただ寂雷に気持ちよくなってほしいという心のままに独歩は「射精しそうですか。気持ちいいですか」と問う。
幼馴染を守るという目的であっても、そんなにもけなげに奉仕されると寂雷も勘違いしそうになってしまう。この子は本当に頭がいいんだか悪いんだかわからないな、と寂雷は思いながら、「気持ちいいよ」と吐息まじりに答える。
「は、うっ、ほ……ほんとう、ほんとですかっ。気持ちいいですか。精子、出してくれて大丈夫ですからねっ先生。だから、だからあっ、出すのは俺のなかだけにしてくださいね。一二三はだめですからねっ」
涙声で痙攣しながら、快楽に押しつぶされそうに頬を紅潮させて独歩は請う。言葉だけ聞くと、一二三を守ると言うよりは自分がそうされたいがために言っているようにも聞こえてまたやっかいだった。
「俺が、先生専用のオナホになるので……。俺なんかじゃだめかもしれないですけど、頑張りますから。どうされても我慢しますから。だから、ひふみはだめですからね先生。だめですからね、ひっ、あ! あ、先生っ、先生っちょ、うっ」
一二三を守ると言いながら、自分のことは全く顧みない独歩に寂雷はいい加減に腹が立って、独歩の出っ張った腰骨をがしりとつかむと、されるがまま動かないでいた腰をつよく打ち付けた。
「あ、あ、せんせ、はげし、激しいですっ。奥ごんごんするのだめ、だめっ……! ひいっ、う、ゃっ……。あうっ」
「……はあっ。独歩くん。きみね、自分のことはいいのかい」
「はい、はい。いいんです。俺は先生の……奴隷ですから……っ。あ! せんせ、つよい、つよいですっ」
「私のオナホになるんだろう。そんなのじゃ、務まらないですよ」
「ああ、すみません。すみません! 俺、俺頑張ります。ほら、んっ! あ、はあっ。う、ふ……んっ、あっ!」
務まらない、とうそぶき腹立たしさに任せて寂雷が突き上げると、満足してもらえないと思った独歩はされるがままだった腰をまたピストンに合わせて動かし始めた。
どうしたものか、と口をへの字にして寂雷が考えていると、独歩はなにを勘違いしたのか慌てて寂雷の胸に飛び込んできて顔を上げた。
「先生、口寂しいんですか? ……するなら俺にですからね、したくないかもしれないけれど、一二三はだめです」
そう言ってキスをねだる独歩に、寂雷はくらくらとめまいがした。本当にこの子はどうしようもない。自己犠牲もほどほどにと言い含めておいたというのに、こんなだから悪い男に引っかかってしまうんだと呆れながら、独歩の引き結んだ唇にかぶりついた。
緊張して堅くなった唇を舌先でノックすると、独歩は従順に口を開いて寂雷の舌を口内に招き入れる。
「ん、ふ……っ、んんっ」
ちゅくちゅくと水音を立てながら、舌と舌を絡めて濃厚なキスを交わす。驚いたのかひっこみそうになる独歩の舌を追いかけて吸い上げれば、骨の浮いた背中がびくびくと震えた。キスが気持ちいいのか、独歩の胎もきゅうきゅうと絡みついて寂雷に甘える。
「キス、好きかい」
「……はあっ。せ、先生は」
「どうかな」
「んむっ」
絶えず甘い喘ぎが漏れる、恋人同士がするようなあつい交歓を寂雷はもう一度独歩に求めた。口蓋をなぶり、歯列に舌を這わせれば独歩はくたくたになって寂雷の胸にもたれかかかる。
「はあっ。はあ……はあ……。せんせい、どうですか。もうお口はご満足いただけましたか」
「……君ね、友人思いなのはいいけれどそんなふうに自分をむげに扱ってはいけないよ。利用されてしまう」
「俺はいいんです」
「他の人間にもそういうことをしたことが?」
「な、あッ、~~~~~~~ッ!!!!!!」
がつん、と先ほどの続きといわんばかりに腰をもう一度打ち付けると、うわぞりの肉棒で前立腺をえぐられた独歩は足をぴんと伸ばして達した。
いい加減分からせるべきだ、と寂雷はそう考える。こんな馬鹿なまねをしたらどうなってしまうのか、自分のことが好きな男の前でそういうことを言ってしまうことが、いかに恐ろしいのか。
「ねえ独歩くん」
「あ、は、はいっ。すみませっ、すみません。先生がご満足いただけるまで頑張るので、だから、後生だからひふみは……ああっ!」
「君は人の話を聞かないね」
独歩の浮いた尻を寂雷が下に引き戻すと、ばちゅんと淫らな水音を立てて熱い楔が独歩の奥まで入り込む。そのまま寂雷は独歩を抱き込む様に押さえつけ激しくピストンを繰り返した。
「ふっ! あ、んッ! せ、せんせ! ま…っ、はぁっ!」
「待た、ないよ。ほら……。私は忠告したじゃないか」
「や、あっ。せ、せんせ、っ! んっ、あっ、あ〜ッ!」
「利用されるって。ほら、君を好きな男に、ね」
「? 先生? え、……? あ、あ゛っ! ひ、ンンっ、あ、あ、ひぐっ! ん、んっ~~~~~~ッ!!!!」
寂雷の長大な陰茎は、容赦なく独歩の雄膣を押し開き、結腸をこんこんとノックしてえぐる。強烈な快感に身をくねらせるも、寂雷の白衣に囚われた独歩は指の一本たりとも自由にならず痙攣するだけだ。
「んぅ〜〜〜ッ! あ、あぅっ、あ、あ、あっ」
「ほら、独歩くん。出しますよ、いいかい。出すよ」
「はい、はいっ。出して、出してくださいっ! あ、あ……っ! はあっ、~~~~~~!!!!」
がつがつとした容赦ないピストンの果てに、寂雷は独歩の胎内に吐精した。びゅうびゅうと濃い精子がはらの中に飛び散って逝くのを独歩は感じて、またオーガズムに達した。
「……はあ、先生。無駄にしちゃいましたね」
寂雷のものをぞろりと抜き、精液をぽたぽたと尻から垂らしながら独歩はへらりと笑った。そして、うっとりと下腹をさすって見せる。
「無駄じゃないですよ」
寂雷は、そんな独歩を抱きすくめて上から見やった。長い寂雷の髪が独歩に蛇のように絡みつく。
「君ね、私が好きなのは自分だって、少しも思わなかったのかい?」
切れ長の薄紫が、独歩を射貫く。見つめられた独歩は狼狽して、石のように固まった。
「え、先生。それは」
「わたしのこと、怖くなったかい?」
寂雷は薄く笑って、独歩の顎を手で上にくいとあげる。
「身近な、信頼している人間が自分を性的な目で見ているなど恐ろしいに決まっていると。君はいったでしょう」
怖くなってくれましたか、と寂雷は繰り返し問う。独歩の返事はない。
おわり
あとがき
2020/03/08 エアブー新刊
ちゃんとしたBLっぽいエロ小説かきたかった