黄薔薇は神殿に咲かない
(墓納)
「あんた、僕の手紙を読んでくれ」
アンドリュー・クレスが、イソップに対して言った。この荘園で他人とは手紙でしかコミュニケーションを取らない配達員のビクター・グランツが寄越した手紙を、ひらひらとふって見せる。
イソップは他にひとは居ないものかと周りを見渡すが、休憩室にいたのはアンドリューと自分のみで、彼の相手を押し付けられそうな人間はなかった。
「 ……僕ですか」
「あんたしかいないだろ。僕は字を読むのが苦手なんだ。クソどものせいで学校なんか行けなかったからね」
「そうですか。僕は、……僕も、さほど得意とは言えませんが」
「いいだろ。金の数えかたくらいしか分からない僕よかましさ」
アンドリューは卑屈に笑って、イソップに手紙を渡した。イソップはマスクの位置を直しながら、どこかにレターナイフがないかと探した。
「なにしてるんだ?」
だしぬけに声をかけられて、びくりとイソップは怯えたように震えた。動作を中断されるのは苦手だ。つっかえながら「レターナイフが」と言うと、アンドリューは肩をすくめてイソップから手紙を奪うと、べりべりと音をたてて封を開けた。
「破けばいいだろ」
「……あ、ああ。はい。君が、気にしないのならいいんです」
「あんたはずいぶん行儀がいい。僕はこの目と髪のせいで、普通の人間が当たり前に受けられるようなものぜんぶを奪われちまった」
「……そうですか。僕は、僕も、ジェイがいなかったら……たぶん、字なんて読めるようになりませんでした」
「ジェイ?」
アンドリューが問うと、イソップは養父だと彼に教えた。イソップは納棺師という仕事をするに当たって、ジェイという男に初等教育と納棺師としての仕事の手解きを受けていた。
「そうなんだな。あんたには、『味方』がいたってことか」
ジェイという男との思い出を語るイソップの目はやさしい。アンドリューは、自分と一様に孤独と思っていた相手が思い出なんてものを持っているのが憎らしくなって、下にある頭を見下ろして悪態をついた。
「似てると思ったのにな、僕とあんたはさ」
「なにも、そんな、僕ごときに期待なんてしないでください……。僕は、ただのしがない納棺師です」
「僕と気があったら、あんたが埋めて僕が掘るって、ビジネスができただろうにね」
乾いた笑いを浮かべながら、アンドリューはイソップをからかう。イソップが仕事に誇りをもっていることを知っているから、アンドリューはそれがたちの悪い冗談にしかならないと分かって神経を逆撫でするような振る舞いをした。イソップの眉がつりあがる。
「手紙、読んでほしくないんですか。僕は君の、その仕事についてはなにも口出しをする権利はないけれど、君の頼みごとを断ることならできますよ」
「ごめん、怒らないでよ。僕だって、あんたみたいな綺麗なひとが僕に釣り合うなんて思ってないさ」
「何を」
「君は神殿で眠れるよ。僕は外だけど」
目を閉じたアンドリューは、故郷にある善良な人間が眠れるという神殿の地中のことを思った。イソップはそこで眠れるだろう、とアンドリューは考える。事実はどうあれ、少なくともアンドリューにはイソップが善い人に思えた。
もし彼がこのゲームで死んだら、自分があそこに埋めてやろうとアンドリューは計画した。自分以外に掘られぬよう、守ってやってもいいな、とひとりごちる。
イソップは、アンドリューの言う神殿がなにかはよくわからなかったが、なにやら自分が美化されているようだと思って、困った声を出す。
「困ります。クレスさんも、僕もそう変わらない。そもそも、人が人であるかぎり、命は平等です。死体になれば、みな一様に土の下だ」
「それも君の養父が?」
「ええ。死にゆく人に貴賤はないですよ。平等に、導くだけです。君も、僕も、そしてジェイも」
「……できれば僕もあんたの兄弟だったらよかったな」
そしたら僕もそう思えたろうね、とアンドリューは自嘲してイソップから手紙をとった。
「これは自分で読むよ」
アンドリューは部屋から去った。イソップは、彼とはもうあまり話したくないなと思った。
耳の奥でジェイのうめき声が聞こえた気がした。
おわり
あとがき
イソップが神殿で眠れるわけがねえだろうがよということアンドリューはわかんないだろなというやつ