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​今日はいい日

(ホー炎)

 
 大衆というのは自分勝手で、あきれるくらいにゴシップってやつが大好きだ。
 ホークスは自分の恋愛スキャンダルがあることないこと書かれているのを見ながら、方をすくめて下世話な週刊誌を資源回収ボックスに入れた。公園でふきざらしになっていたそれを拾ったのはたまたまヒーロー活動で一緒に居たエンデヴァーで、ホークスはそんなバカみたいな冗談と妄想の垂れ流しを実直な彼に見せたくなくて奪うようにとって捨てた。
「ハハ、守ってる市民にこきおろされちゃ、たまんないすね」
 ゴミ捨て場からとんぼ返りしてきたホークスは、侮辱をまるで気にしていないというふうな様子をつとめて保ちながらそう言った。案外嫌味な言い方になってしまったな、とホークスがばつのわるい思いをしていると、エンデヴァーは泰然自若に「だが、守るべき市民だ」とそれだけ返した。
 子供の頃憧れたあの英雄と並び立つために、彼のようになるためだけに、生きてきたホークスだったから、エンデヴァーだけには醜聞を見せるようなことはしたくなかった。親の前で縮こまるこどもってこんな感じなのだろうか、と薄い記憶をたどっていると、通りがかった電気屋のテレビがお昼のくだらない報道バラエティを流しているのすら気になって落ち着かなくなる。一見飄々とした態度だと言われるホークスがエンデヴァーの前で余裕だったことなど実際は一度も無い。
 はやく通り過ぎてしまいたくて足早になるホークスは、バラエティのタレントが「フレイムヒーロー・エンデヴァー」と口にしたことで足を止めた。
『息子さんが、雄英高校にいらっしゃるということですがね、まあなんと。不仲らしいんですわ。エンデヴァーが個性婚をしたことは有名な話ですがね、奥さんとも上手くいってないとか。ヒーローっていったって、家庭を守れてないんじゃそりゃ支持率もネエ』
 エンデヴァーがナンバーワンになってから、そういった家庭に関するぶしつけなつっこみが増えたのはホークスも知っていた。この下品なタレントが、エンデヴァーさんの何を分かっているのか、とらしくなく舌打ちをする。
「いやですね。お互い」
 通り過ぎて見えなくなっても先ほどのゴシップが気になって、どうにも無言でいたくなくて軽口を叩いたつもりなのにやけに深刻げになってしまい先ほどからずっと気まずいホークスが不器用に笑うと、エンデヴァーは眉をひとつだけ動かして、「俺の場合は」と切り出した。
「事実になにを言っても変わらんからな」
 そういう噂に関してそうやってはっきりと口にするのははじめてのことだったから、ホークスは面食らう。うすうす本当なんだろうな、とは思っていたが、そうやってエンデヴァー自身が言われるとホークスもどう言って良いかわからないで、へら、と笑うだけ笑った。
「言っただろう。過去は変わらん。出来ることなど、ヒーロー活動を見て貰うだけだ」
 ああこの人、俺を励ましているのだろうなあ、とホークスはエンデヴァーの優しさがしみて、反面自分のために言わせてしまったのが情けなくて、くしゃくしゃになってしまいそうな顔面をついゴーグルで隠した。
「そうですねえ」
「失望するか?」
「しやしませんよ。俺はねえ、あんたをずっと見てたから……。あんたが誰にどう言われたって、たとえそれが事実だとしたって、俺はあんたに救われたんですよ。たとえ駄目な部分があったとして、それで嫌になるならヒーローになってない」
 個性婚の話だって、家庭不和だって、ここに来るまでに何回も聞いていた。それで嫌になるようなホークスではなかったし、エンデヴァーが光輝くヒーローであることは変わりが無かった。
「あんたはナンバーツーのヒーローを作ったんだから。そんな顔しないでくださいよ」
 手で触れるかわりに、赤の羽根で小突くと、エンデヴァーは「生意気だな」とぶっきらぼうにこぼして、それからすこし逡巡すると、わしわしとホークスのくせっけをかきまわした。
「お前が見てくれている間は、気落ちすらできんな」
 ああうれしい。ホークスは飛び上がりたいくらいになって、実際少し浮いて、口元をコートで隠した。だらしない顔をみせたくなかったのだ。
 今日も街は平和だ。多分今日は殺人事件なんかひとつも起こらない気がした。
 
 
 
 

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