色恋話と春の空
(空独)
「今日はいつもよりかっこいいな」
境内の鳩に餌をやりながら空却は十四に言った。
「いや、自分はいつもかっこいいすけど……」
「そういうことじゃねえんだよそういうことじゃよ。このクソナルシストが」
「あ~~~~!! ひどいっす空却さん、餌こっちに投げないで、あっ、来ないで! あ~~~~~!!」
頬をかき、きょとんとして答える十四に思いっきり空却は鳩の餌を投げつけた。途端、ばさばさと音をたてて鳩の群れが十四に群がり、彼は大声を上げて泣きべそをかいて逃げ回った。
「ケケケ、拙僧に逆らうからそういうことになる」
「だって自分がかっこいいのはほんとっすもん」
「鳩にもみくちゃにされても?」
「むしろこう、鳩の羽根が《堕天使》みを増してないすか?」
臆病者なわりにだいぶナルシストの気がある十四は、キメ顔をして頭に乗った鳩の羽根を見せてきたが、空却にはただ頭に鳥の羽と粟稗をのせたいつもの四十物十四にしか見えなかった。これが今のヴィジュアル系バンドのトップを走るボーカルなのだろうか、とこういうときによく思う。
「だから、拙僧はテメエにいったんじゃなくてよ。そう言われたとするだろ、っていう仮定の話をしてるんだよ」
「あ~~~~。独歩さんの話っすか」
「だあれもそんなこと言ってねえだろうがよお!」
「だ~~~~ってえ、空却さんたらそういう話するときぜええったい独歩さんがらみですもおおおん! わかりやすいんすよ! アピールしたいけど第一印象が最悪で……とかそういうの聞かれても無理っす、だって自分友達いないし、彼女なんかできたことないっすもん! そういうのは獄さんに言ってくださいよお!!」
豚のぬいぐるみ、アマンダを抱きしめて桜の花びらを掃除するための竹箒を振り回す十四に空却もかっとなって、「獄に言ったらそれこそからかわれるだろうがよ!」とかみついた。
「まあ、それで。どうしたんすか今度は」
とはいえこんな横暴な男でも師匠であるからして、真面目なところのある十四は仕方なしに、たとえいつも雑務を押しつけられたり、しばかれたり、トウキョウに連れて行かれたあげくに警察沙汰に巻きこまれたとしても、大事な仲間であるので、地面を履きながら用件を聞いた。
「いやよ、観音坂独歩がよ」
「やっぱそうなんじゃないすか~~~~~~……」
「うるっっっせえな、そうだよ。わりいかよ」
空却はとうとうぶすくれてしまって、竹箒に顎を乗せて口をとがらせた。
「独歩さんがなんすか。自分は空却さんより独歩さんの味方なんで場合によっては一二三さんに電話しますけど」
「裏切り宣言すんじゃねえ。……いやな、このあいだトウキョウに行ったんだよ」
「なんか居ないと思ったらあんた逃げ出してトウキョウ行ってたんすか!?」
「いいだろうがよ。獄だってしょっちゅう行ってるし」
「あれは仕事! 空却さんのはサボり!」
アマンダでぼふぼふぼふと空却を叩く十四に、少しも悪いと思っていないような顔で空却は話を続けた。もはや二人とも掃除なんかしておらず、これが灼空に見つかればふたりとも簀巻きの刑は逃れられないだろうと思われた。
「それで、まあ会ったんだよ」
「ふ~~~ん、自分置いて独歩さんに会いに……」
十四の目はもはやいろぼけしたサルを見るようなものになっていたが、空却は構わず続ける。
「で、言われたんだよ」
「なんて」
「いつもよりかっこいいなって。でもよ、拙僧なにも変えたとこなんかねえんだぜ? 服もいつもどおりコレにスカジャン羽織ってよ、髪切ったってわけじゃねえし。でもいつもよりかっこいいって、なにがかっこよかったんだ?」
真剣そのものに、恋する乙女かなにかのような馬鹿げた問いに、禅問答にとりくむ僧のような顔でいう空却。十四は冷めた目を向けて言った。
「どうでもいいから掃除してください」