バースデー・フールズ
(幻独)
荷物が送られてきて、封を開けるとメッセージカードとともに食料品が入っていた。
『お誕生日おめでとうございます。生活の足しにでもしてください』
通販サイトのほしいものリストにてきとうに放り込んでいた冷凍うどんがカートンで入っていて、送り主は幻太郎の家の冷蔵庫が業務用だと思っているに違いなかった。そうでなければよほどうどんが好きだと考えたのか。
大量のうどんは、とりあえず入るだけ冷凍庫にしまって、あとはいつでも腹を空かせた犬のようにその辺をうろついているであろうおなじチームのギャンブラーにでもやってしまおうとそのへんに放っておいた。すこしくらい解凍してあっても、彼なら腹を壊すこともないだろう。野草を食べるような胃をしているわけだし。
さて、送り主がだれか、と考えてみても大手通販サイトの企業名が印字されるばかりの伝票に幻太郎は首をかしげる。ほしいものリストなんか公開したのはアマチュア時代のことであるし、それをほうりっぱなしにしていた自分も悪いのだが、今更使って誕生日に生活物資を送ってくるようなファンというのもいかがなものか。
すっかり困ってしまった幻太郎は、とりあえずパソコンを立ち上げて、ほしいものリストを非公開に戻すくらいのことしかできなかった。
・・・
「それで、うどんが余っているんですよ」
幻太郎が言うと、相手は理解しがたいという顔をして「はあ」と相づちを打った。
「いやですね、小生の友人にカガワのうどん職人がおりまして。それがここ最近の不況で店じまいをするからうどんの在庫を引き取って欲しいと、そう言われたものですから。困ったことに食べきれませんし、どうかと思いまして」
「そうなんですか、先生は広い交友関係をお持ちなんですね」
「ま、嘘ですけどね」
滔々と弁舌爽やかに嘘を言ってのける幻太郎にも、彼はたいした反応を示すことはなく、また「はあ」と要領の得ない返事をするばかりだった。
幻太郎の行きつけの喫茶店に呼び出された相手――観音坂独歩は、モダンで静かな雰囲気に肩身が狭そうな態度をして、まるでそこになにか面白いものが浮いているかのようにホットのアメリカンコーヒーを覗き込んでいた。
休日に呼び出されるなりうどんが余っていると言われた独歩は、この人すげえくだらん内容で呼び出しやがったな、と思いつつも、相手が相手であるので(かつて幼馴染の一二三が多大な迷惑をかけている)失礼なことも言えずに黒のジャケットの裾を乱れてもいないのに直して、「先生は……その、うどんを貰ってくれと?」と聞き返した。
「失礼ながら三十路二人ではワンカートンなんてどうにも食べきれそうにありませんし、食べ盛りといえばイケブクロの三兄弟なんかがいいのではないでしょうか。ああ、俺二郎くんの連絡先を知っているので、声をかけましょうか」
「小生が貰って欲しいと言っているのはあなたなんですが!?」
「ひい、なんで急に怒るんですか!」
喫茶店の雰囲気をぶちこわすようにクーラーボックスをテーブルの上にドン、とおいた幻太郎は、キレ気味にそれを独歩に押しつける。独歩はぶつぶつとなにごとか言いながら、のたのたと受け取って、膝にのせた。
「でもたいしたお礼なんかできませんけどね。先生が喜びそうなものなんて、ご用意できそうもありませんし」
「いえいえ、小生は意外と簡単ですよ。それをあなたがゆでて、『美味しかったです♡』なんて写真を撮って送ってきてくれたらそれで最高ですからね」
「またそんな嘘を」
「…………さて、よろしくお願いしますね」
独歩に返事をせずに幻太郎は、薄ら笑いを浮かべながら立ち上がり、そそくさと喫茶店を出て行った。後に残されたのはクーラーボックスと、困惑した独歩だけだった。
・・・
「幻太郎、スマホの待ち受けうどんなの? また変なのホームにしてるねえ」
乱数が、幻太郎のスマートフォンを覗いて渋い顔をして言った。幻太郎は機嫌よく、「これは観音坂さんにいただいたんですよ、いいでしょう」とにやけ顔で言ったが、乱数は微妙な顔をして、「またそうやった変な嘘つくよね、幻太郎って」と肩をすくめてうどんを啜った。