紫の灰
理独 一二三一人称
「ラベンダーって生で食ったらまずいんだよ」
「いやそうでしょ」
なにいってんの独歩。俺は心底あきれかえって、作りかけのかき玉汁をおたまでぐるぐるとかき混ぜながら、続けた。独歩がたまにおかしくなるのはいつものことで、つまりは相手にするだけ無駄だと俺は知っていた。
でも俺は独歩の唯一無二の大親友兼幼なじみなので、ちゃんと聞いてやる義務がある。俺だってそれくらいの物わかりの良さはあるのだ。軽いように見られるけれど。俺は、コンロの火を止めて、ソファに埋もれている独歩に聞いた。「それで、なんで食ったん」
「この間、本の隙間から押し花が出てきて」
「うん」
「毒島さんのこと思い出してたら」
食ってた、と、ぼんやりテレビをみながら言う独歩の視線は確かにテレビに向いていたけれど、心ここにあらずという雰囲気だった。
「押し花食うなよ。それ、あの人と作ったやつじゃなかったけ。大事にもっとくとこだろ~」
「いや、だって。なくしたら困るだろ」
もう、あれしかないのに、と言う独歩からは悲壮感が見て取れて、どうしてこいつはいつも最悪のケースばかり考えるんだろう、と俺はまた呆れた。まあ、独歩のそういう後ろ向きなところに救われた身としては、なにも言い返せない。彼は、いつだって最悪を想定して生きている。だからストーカー事件のとき、下にマットを用意するなんてことができたんだ。俺は命を独歩に救われている。つまりその、悲観的な性格に。
「あんさあ、う~ん......。俺はさあ、あんま、そのことに口挟むのやめた方がいいんかな、とか、まあ、思うけど」
そこまで言って、口ごもった。これがほんとうに励ましになるのか、分からなかったから。俺と独歩は確かに二十年以上ともだちだけども、結局は他人なわけで、今なにを考えてるとか、なんで押し花食っちゃったとか、全部が全部わかるわけじゃない。
でも、俺がなにかいってやらなくっちゃあ、誰も独歩に言ってやれないのは確かで――というのも俺は独歩のたった一人の大大大親友だから――俺は、あーとか、うーとか唸ったあと、「ラベンダーは挿し木だから」と励ましになるのかよく分からないことを口にした。
「挿し木だから。人間と違って。だから、うん。独歩が育てても、あの人が育てても、おなじラベンダーだって。DNAだっけ、あれがおなじなんだし」
俺は、ベランダで咲いているラベンダーの鉢植えを見た。むらさきが、朝の光に照らされてみずみずしく輝いている。あの人に株分けしてもらってから、もう何年かたつけれど、相変わらず毎年きれいに咲くもんだ。
「それでも、俺は毒島さんの育てたラベンダーが良かった」
絞り出すような声だった。そんな風に言われたら、俺もそれ以上ペラペラの励ましなんかなんも言えなくなって、独歩の首に掛かっている一枚のドッグタグを見た。傷だらけのそれは、社員証と一緒にいつも独歩の首にある。
ああもう、なんで軍人なんか好きになっちゃったんだか。平凡と平穏を愛するただのサラリーマンのくせに、身に余るもんなんか抱えちゃってさあ。俺は、どうあがいてもフツウに生きてフツウに死ねない相棒のことをかわいそうに思って、「それだったら食っても美味かったかもね」と言って、チェストの上の写真立てを伏せた。