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Don't back never

(理独 りゅうれいさんからいただいたプロットから)


『日本国の皆さん、これが日本海自の復活であり、他国との国交回復の第一歩となるでしょう!』

 わーっ、と声が上がった。日本国旗が、そこらじゅうで振られている。吹奏楽団が、高らかにファンファーレや軍艦行進曲を鳴らす。
 今日は、日本国軍が復活・再編されてから記念すべき初めての海軍出征の日。災害で被害を受けた他国に支援物資を送るという内容のモノで、H歴に入ってから一切の国交を絶ってきたこの国が、世界の一部としてまた活動を再開するという重要な日でもあった。
 そんな日でも、観音坂独歩は目に隈をくっきりと浮かべ、暗い顔で配られた日本国旗をだらんと手から下げていた。
「海軍曹長、毒島・メイソン・理鶯!」
 艦の前で整列する白い隊服を着た、ひときわ背の高い男が、海上幕僚監部に呼ばれ、前に出る。歓声がひときわおおきくなった。
 ヨコハマ代表、マッド・トリガー・クルーの一員として、男性の人権回復や軍の復活に尽力した彼は、一等軍曹から曹長に昇進した。それがどれだけすごいことなのか、ただの会社員の独歩には分からなかった。ただ、知らない彼がそこにいるのみだ。
 理鶯は今日の遠征部隊の代表として、胸のバッジをきらめかせ、堂々たるスピーチを行った。皆が、笑って、口笛を吹いて、旗を振っていた。
「ねえ、すごいね。Crazy.Mだよ! お兄さん!」
「ああ、そうだね。彼はすごいひとなんだ」
 となりの少年が、独歩のワイシャツの裾を引っ張って、言った。独歩は純粋な目で旗を握りしめる少年に愛想わらいをする。「日本を変えたんだから」
 プログラムが終わると、隊員たちはそれぞれ家族や恋人などと、わかれを惜しんだ。独歩のもとにまっすぐやってくる理鶯を見て、少年は驚いたように独歩に質問した。
「おにいさん、知り合いなの?」
「......そうだよ」
「すごい!」
 恋人なんだ、とは口が裂けても言えなかった。子供相手だからじゃない。誰に聞かれてもそう答えるつもりでいた。そもそも、独歩はこの日が来たら、この恋をすっぱりあきらめるつもりだったのだ。
 独歩は、国に望まれて、海に呼ばれて生きる彼を自分のような矮小な人間が縛りたくない、と思っていた。それを、理鶯に告げたことはないけれど、二人の関係にリミットがあったことくらいは察していただろう。
「理鶯さん、スピーチかっこよかったです」
「ありがとう。ラップより緊張した」
「そうですか」
 揺れるなみもをみながら、二人はしばらく雑談をして海沿いにあるいた。「曹長になったんですね。どれくらいすごいんですか?」
「さあ。小官は、比較対象をよく知らないものでな」
「はは、それもそうですね。ああ、理鶯さん、もうすぐ時間ですよ」
 独歩は、愛用しているビジネス時計を見て、招集の時間が迫っていることを理鶯に教えた。国軍復活の大英雄が遅刻なんて、その理由が自分だなんて、本当に笑えない冗談だ。
「理鶯さん、お元気で」
 そう言って、独歩は理鶯から一歩離れた。その一歩は、きっと人類にとって月面での一歩とおなじくらいに、独歩にとっては重大な一歩だった。
「ああ、貴殿も」
 なんと、別れのさみしいことか。背中を向ける理鶯の、広いキャンバスが世界に広がって、世界が白に包まれた。それが涙で視界がにじんでいるからだ、と独歩は気づいて、必死に我慢した。いい大人が、泣くだなんて。そんなことはできない。ああ、でも、ここでさよならしたら、一生出会えない気がしてならないのだ。「行かないで」
 ください、までは続かなかった。独歩が慌てて口を覆ったからだ。
 そもそもこんなことを言うつもりはなかった。フツウに笑ってサヨナラをする予定だったのだ。大丈夫、聞かれていない、波の音が、汽笛が、カモメの鳴き声が消してくれたはず。そう思うのに、理鶯の足はぴたりと止められた。
「今、」
 振り向かずに、理鶯は独歩に問う。「なんですか、理鶯さん」
「今――、なにか言っただろうか」
「俺が? なにも。きっと、波の音ですよ」
「いや、お前の声に聞こえた」
「それは、きっと、街の喧騒ですよ」
「お前が、」
 そこで、くるりと理鶯は振り向いた。そのまぶたは閉じられていて、表情からはなにもうかがえない。「お前が――」
 数歩、独歩は後ろに下がった。まだ間に合う、ごまかして、気のせいにしてしまえば、この人を見送ることができる。そう、俺は強いから。泣いたりなんてしないから。
 しかし、理鶯は逃がしてくれない。数歩ぶんあいていた距離が、二歩、一歩、と縮まっていく。「独歩」
「もう一度、聞かせて欲しい。きちんと、聞こえる声で」
 バリトンが、地面に落ちて跳ねた。目を合わせられてしまえば、独歩に逆らえる力はもう残っていなかった。そもそも、独歩は強い男なんかじゃない。こんな、ひとときの別れに永劫を感じて涙を流しそうになるほど、弱いのだ。
「ああ、ああ! あなたはずるい。ひどい人だ。俺は、きちんと見送るつもりだったのに! 俺は、あんたの為に意地をはったのに、なんで分かってくれないんだ! 軍に戻るあんたに、本来の居場所に戻っていくあんたに、未練がましく待って、いかないでなんて、そんなかっこわるいこと言えるわけないじゃないですか。こんな......当たり前に、行かないで欲しいに決まっているのに......。言わせるだなんて、ほんとうに、ひどい」
 独歩はぼろぼろと涙を流して、まくし立てるように、泣きじゃくった。それから、すみません、すみませんとくりかえし、コンクリの地面に膝をついて、理鶯の足に額をすりつけた。「こんなこと言いたくなかった。引き留めたくなかったのに......。すみません、すみません......俺が、俺が......」
 うつむいて懺悔を繰り返す独歩を、理鶯はしゃがみこんで、白い軍服が濡れるのもいとわず、おもむろに抱きしめた。「小官も、おなじ思いだった」
「――小官は、海も軍も愛している。でも、それとおなじくらい、貴殿のことも愛している。軍人だというのに、それを放棄して共にいたいなどと思うくらいに」
 ゆっくりと、言い聞かせるように告げる理鶯が、どんな顔をしていたか、独歩には分からない。これは夢のなかではないのか、自分と彼に永遠があるだなんて、そんなことがあってもいいのだろうか? 泣き濡れた顔を上げると、理鶯は優しく笑っていた。マリンブルーの瞳は、細められ、独歩を見つめていた。
「そんな、自分がなにを言っているのか、分かっているんですか」
「ああ。今、やっと。本当の意味で貴殿とつうじた気がする」
 理鶯はそう言って、階級章を外して地面に落とした。それはぴかぴか光ってどこかに転がっていってしまう。
 そして、彼は続いて、首に提げたチェーンをとると、まるでそれをするのが正しいかのように、ためらいなく海へと投げ込んだ。「あっ」
 独歩が手を伸ばしたのもつかの間、ぼちゃん、と二連のタグは海の中に沈んでいった。
「なにしてるんですか」
「陸で生きるのに、いらないものを捨てたまでだ」
 理鶯はけろっとして、そう言う。独歩は、ゆらゆらとゆれ、ゆっくりと沈んでいくドッグタグを見えなくなるまで見送った。「いらないって......」
「独歩」
 好きだ、と理鶯は真剣な顔で告げた。「小官は――、もう軍人ではないのだから、こう言うのは正しくないのかもしれないが――、貴殿を、愛している。もし、この生で一つしか選べないのならば、小官は、海でも、軍でもなく、貴殿を選びたい。それほど、愛している」
 海をバックにした理鶯に、独歩は、ずるい、と思った。
 汽笛が聞こえる。招集の合図だった。独歩は、足下に転がったバッジを、軍艦のある方へ向けて全力で振りかぶって投げる。それは見えなくなって、消えた。
「これで海軍曹長は、向かったということでいいですね」
「怒っているのか?」
「そりゃあ、理鶯さんはずっと俺と一緒にいてくれないと思っていたので。急に言われて腹が立たないほうがおかしいですよ」
 じとり、と独歩は理鶯をにらんだ。それは、路地裏の猫が、弱々しく人間の街を見上げるのに似ていた。「本当にいいんですか」
「ああ、いい。貴殿と一緒がいい」
「じゃあ、逃げないと」
「そうだな」 
二人は、手を取って、全速力で駆け出した。潮に飲まれないように。レーダーに捕らえられないように。

 


(おわり)

 

あとがき

happy!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!!! 英語はしらん

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