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デザイア

(理独とひふみ/理鶯不在)


 同居人の様子が何だかおかしい。伊弉冉一二三は部屋の座椅子に座って微動だにしない観音坂独歩を見て首を捻った。
 普段なら、一二三が独歩の部屋に入ればちらとこちらを見て何かしら声をかけてくるはずだけれど、一二三が入ってきても一瞥すらくれない。なんと珍しいことだろうか。
 流石に気付いていないというわけではないだろうから、一二三に構っていられないほど余裕がないとということだろう。
 いつになく真剣な顔をした独歩の手には、彼の私用のスマートフォンがあった。メールか、メッセージアプリか、そう思ったが、暫く見ていても電源をつける様子はない。
 不思議なこともあるもんだ、そう思った一二三は独歩に声をかけることにした。
「独歩独歩どーーっぽ、なんでさっきからずっとスマホみてんの?」
「別にどうでもいいだろ」
「いやだっておかしいっしょ。ホームボタンも押さないで、見てるだけなんて。画面真っ暗だし」
「お前には関係ない」
 ふい、と目線を逸らした独歩からは、どこか浮き足立っているような、そんな落ち着きの無さが窺えた。
 普段ひとりきりのときはしずかな独歩が、一二三にも簡単に分かってしまう程に落ち着きが無いなんて。あまりないことである。
「あ、もしかして、女の子からのメール待ちっすか~~~? 好きな子できたなんて隅におけな~い!」
「一二三、それ以上詮索すると俺の幻の左がお前の顎に命中するぞ」
「え、まさか図星なんですか独歩ち、ゴファッ!!」
 宣言通り一二三の顎に独歩の左拳がめり込んだ。続けて真後ろに倒れ込み痛みに涙を滲ませる一二三の腹に独歩の足がふり下ろされる。
 顎とボディに走る鈍い痛みに、理不尽だと一二三が嘆く。
「理不尽じゃなくて自業自得だろ。それに、俺が待ってるのはメールじゃなくて電話だ!」
「えっえっ、じゃあ、やっぱ好きな子からの電話......!」
「黙れ」
「いや今のは独歩が自分で、あいた!」
 独歩は自滅を誤魔化す為に一二三の頭をはたいた。地味に痛い。
「一二三。ついでに言わせて貰うが、女じゃないから安心しろ。お前が怖がるような相手じゃない」
「え? だれだれ? 俺っちの知ってるヤツ?」
 誰だろうか、と一二三は考える。本人が言うとおり、友人が一二三しかいない独歩が電話番号を交換するくらいの相手とは。
「え、あ~~。あの、ぶ、毒島さんだよ」
「ああ、あのMTCの」
 毒島・メイソン・理鶯。中央区で知り合った、ヨコハマディヴィジョン代表マッドトリガークルーのメンバーだ。独歩が美味しそうに飲んでいた彼特製のラベンダードリンクを飲んで、一二三が失神したのは記憶に新しい。あのあと独歩は彼にそのレシピを教えてもらう約束をしていたが、どうも仲良くやっているらしい。
「毒島さんはがメールやメッセージ苦手で。だから電話番号を交換したんだ」
「ふーん」
 未だ鳴る様子のない携帯電話に目を落としてどこかうわついたようすで呟く独歩。
「あれ。でもどっぽ、なんしにそこまで真剣に待つん? 別にそんなしなくてもいいじゃん」
「ワンコールで出ないと......。待たせるような人間だと思われたら嫌だろ」
 独歩はそう言い切ってまた手の中のスマートフォンを見つめる作業に入った。いや別に、ワンコールで出る必要はないだろ、と一二三は変わったこともあるものだとそれを見ていた。


あとがき それが好きってことだとまだ知らない独歩

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