詞の雨、歌の墓標、世界のほんとうのこと
(理独/ツイッターのタグでフォロワーさんの絵につけさせてもらったものです。過去捏造あります)
「第三次世界大戦のとき、俺一回戦地にいったことあるんですよ」
独歩はぼんやりと言う。「非戦闘員が動員されるほど、緊迫したところだったのか? シリアあたりか」
「いや、俺大学時代写真部だったので。所謂ジャーナリストとして。なんもわからんのに、とりあえず写真撮ってこいって、ベトナムにつれてかれました」
「ベトナムか。あそこはまだ、あまり進行が深くなかった」
「でも、人はたくさん死んでました。俺、あんまりいいカメラマンじゃなかったんで、すぐ帰されたんですけど」
独歩は続ける。
「Việt Nam vạn tuế(ベトナム万歳)だとか、▁Tuez-le▁!(殺せ!)だとか。もうあそこめちゃめちゃで。人種も男も女も関係なくて、ばたばた死んでくし」
「小官は海軍だったから、内地のことはあまりよくしらないが。そうか、ベトナムも」
海軍も、ひどかったでしょう? 独歩は、口のはしをひきつらせて、笑う。そうだと言ってほしそうな顔だった。
どう考えても、寝物語にするはなしではなかった。けれど、言の葉政権が実験を握ったこの日本の町並みを前にしたふたりが「今」する話にはちょうどよかった。
「母国に帰ってみたら、何も起きていないと思うほどに平和で、驚くほどには」
「俺は――――こんなバカな国、守る価値あるのかな、って思いましたよ」
ハハ、と独歩がから笑いをする。嘲笑に近かった。
「それでも、小官はーーーー」
「ききたくないです」
理鶯の言葉を遮って、独歩はかれにくちづけた。どろ、と独歩のネオンブルーが溶けて、にじんだように見えた。
「あなたが守りたい国はこんなにクソッタレなのに、死体の上に浮いてるゴミみたいな平和ボケした島で、そんなものになんの価値もありやしないのに」
「それでも小官は、軍を復活させたい。ラップは音楽で、武器じゃない。芸術が、人を傷つける道具になるのは、見たくない」
寝床から起き上がると、理鶯は独歩に、自分がいつも持っている、アサルトライフルーーひとごろしの道具を見せた。
「これが人殺しの道具であるべきだ。音楽が武力を持つのは、むなしい」
「それは、そうですね」
そうして、独歩はいつものうたを口ずさんだ。
ーーこれじゃ、世界中が死人の山さ。世界が破滅するなんて、嘘だろ。
あとがき:芸術が武器の世界ってさみしいなっておもったんです