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俺たちに明日はない

帝独/ワンドロワンライお題「CRISIS」/クライシス現象はサイエンス雑誌で昔読んだだけのゴミレベルの知識です)

 上着も着ずに、会社から直接来たという彼が寒がっていたので、俺はしかたなしにモッズコートを貸してやった。
「ありがとう、有栖川くん。これはクリーニングに出してから返すよ」
「パクるなよ?」
「当たり前だろ」
 ちゃんと返すよ、と独歩サンは、はあと指先に白い息を吐き出し、それからコートのポケットに手を突っ込んだ。
「返すのはたぶん俺じゃないけど」
「はァ?」
「一二三に言っておくから、必ず返ってくるよ」
 いやお前が返せよ、という突っ込みは入れられなかった。「クライシス」と独歩サンが続けたからだ。
「わかる? 」
「いやわかんねー」
「だろうね」
 分からなくてもいいことだしね、と独歩サンは俺を子供扱いする。それが面白くなくて、ふん、と拗ねると、ごめんごめんと謝られた。
「最近はもう、培養肉が主流だろ。安くて、おいしいし」
「あ~、スーパーで並んでるのは殆どそうだって、幻太郎が言ってたわ」
「びっくりすること言っていい?」
 へら、と独歩サンがヘタクソに笑う。「俺も、培養肉」
「へえ!?」
「子供が出来ない家庭に、まあ子供を授けようってことで、実験的にね」
 自分のことを普通、とのたまうくせして、全然普通じゃないじゃんか、と俺はいつも思わされる。培養肉。こいつが?
 目を白黒させる俺を置いて、また独歩サンは口を開く。
「ヒト由来の初代培養細胞を長期間使ってると、老化して死ぬんだよね。100パーセント。生まれたときから決まったことで、俺の寿命はあともう数時間なんだ。細胞が崩壊するまでの数時間なにする? って思ったとき、君に会うしかないと思った」
「......そんな重要なこと早く言えよ、理解が追い付かねーつっの!」
「でも、言ったところで君は興味ないだろ。俺が死ぬか、生きるかなんてさ」
「俺に一人で生きてけって言うのかよ」
「俺がいなくなったところで、君は変わらないよ。ギャンブルして、命張って、そうやってスリルのなか生きていくだろ」
 恋人のくせして、独歩サンは一線を引いている。俺の気持ちなんか考えもせずに、勝手にいなくなろうとしている。それが無性に腹が立った。
「ばっかじゃねえの。俺のこと勝手に決めんじゃねえよこのクソバカリーマンがよ。あと数時間で死ぬ? 幻太郎の真似かよ。ヘタクソな嘘だな 」
「本当のことだからね。......ねえ、有栖川くん」
 最後はバカになって死にたいな。街灯に照らされた独歩サンが、意味ありげな視線を寄越す。大馬鹿ものすぎて声もでない。何が言いたいのか、分かったからだ。
「死ぬのが怖いんだ」
 ねえ、有栖川くん。ぶっ飛ばしてくれよ。独歩サンは笑っていた。

あとがき
またホテルに(以下略。

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