夏日とビー玉
(じろど 友達のふたり。特筆すべきことないです)
やけに暑い日だった。五月の太陽は今がもう夏であるというかのように照りつけていて、Tシャツが汗でべたついていた。もうスタジャンは着るのやめた方がいいかもしれない、と二郎はそんなことを考えてラムネをぐいと飲み干した。
「あつい」
イケブクロの西口公園で待ち合わせた年上の友人が、汗を流してそううめいた。独歩と会うのは本当に久しぶりのことだ。あの事件――コンテナヤードでの一件を機会に、二郎と独歩は、二郎が半ば押し切るようにして連絡先を交換して話をするようになった。独歩は仕事が忙しいと聞き及んでいたが、それでも二郎が送ったメッセージには返信をしてくれたし、すすめたライトノベルを買って読んでくれることさえしてくれた。
おそらく、独歩はイイヤツで、イイヤツだから大変なこともあるのだろうなと、たまにこぼす愚痴を見ながら二郎は思った。萬屋ヤマダは自営業だからわからないが、会社員には会社員なりの苦労があって、そういうものが独歩を作り上げているのだと二郎は彼なりに感じていた。
西口公園はいろいろなひとびとで賑わっており、鳩がそこかしこをうろついていた。二郎と独歩はそこの、木の陰になったベンチにすわってラムネを飲んでいた。
「外回りで慣れてるけど、今日はやけにあついな」
「ニュースで言ってたぜ。今年初の猛暑日だって」
「まだ五月なんだけどな」
独歩は、シャツの胸元を開けて風を通した。二郎はつとめてそれを見ないように、公園のモニュメントに目をやり、それから、見ていませんよというような顔をしてからっぽのラムネを飲むふりをすると、また独歩の方に顔を向けた。
からん、からんとビー玉のぶつかる音と、ばちんと二人の目が合う音(それは気のせいなのだけど)がするのは同時だった。
「......私服がさ」
なんとなく気まずくて、二郎はわざと大きい声で言った。「珍しくて」
「はは。俺が選んだんじゃないんだ。若い子と一緒に行くなら服ちゃんとしろって一二三が。似合わないだろ」
乾いた笑いを浮かべて、独歩は自嘲する。自分のことを卑下するのは彼の悪い癖だ、と二郎もなんとなく分かっていた。あんなに堂々とラップバトルをするくせに。
独歩はVネックのボーダーカットソーに、ネイビーの半袖シャツ、下は黒のテーパードズボンを履いていて、普段のスーツ姿とは一転して涼しげな格好をしていた。くたびれたサラリーマンのイメージがどうしても強かったが、それでもまだ彼は29歳で若いほうなのだし、似合っていると二郎は思った。
「そんなことねえよ」
しかし、そういうことを口に出して言うのは女っぽい感じがして嫌だったので、普段のように会話がうまくできない。独歩はぶっきらぼうになった二郎に向かって「ありがとう」と言った。
「あ~、あのさ、独歩」
今日はどうしようか、独歩を連れていきたいところはいくらでもあった。イケブクロは自分の庭のようなものだから、二郎はよく知っている。ゲーセンか、水族館か。どうにか話をしようとして、困ってラムネの瓶を見ていた。
「ビー玉の取ってって昔兄ちゃんに言ったことがあって」
「ビー玉? ああ、とりたくなるよな。分かるよ」
「でも、子供の力じゃフタ開かなかったんだよ。で、割ってくれたんだけど。それで......、割らないととれねえのって、子供には無理だって思ったんだよな」
「へえ」
二郎は、自分がまだちいさな頃を思い出してそう言った。割らないととれないラムネのビー玉。そのあとそれをどうしたのかは覚えていなかったけれど、割ったことはよく覚えていた。
独歩はそれを聞いて、ラムネの口に指をいれたが、かりかりとビー玉をひっかくだけでとれそうもなかった。割るか、フタをひねってあけるかなんだろう。そう思われた。 「まあ、壊してみないととれないものもあるっていうのはよくある話だけど」
そう言って、がん、と不意に独歩は瓶をベンチにぶつけてきれいに割った。
「おい!」
バリンといって割れた瓶のかけらが地面に散らばって、きらめいた。独歩は平然とした顔で上部分が割れた瓶からビー玉をとりだして、はい、と二郎に渡した。
「結構やってみれば簡単だぞ。俺も割ったことあるし」
「独歩、おまえ結構そういうとこあるよな」
二郎はまだ冷たいビー玉を握って、はああと大きいため息をついた。気が弱そうに見えて、大胆なのだ、この男は。
「掃除してから、どっかいこうか」
独歩が立ち上がって言う。二郎は照れないように、深くキャップをかぶり直して、「俺ゲーセンいきたい」と言った。
ズボンのポケットに突っ込んだ手の中のビー玉は、手の熱さを吸ってすでにぬくもっていた。
おわり
ラムネのビー玉とるのに瓶わったらいけません。リサイクルしましょう。