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敵にすらなれなかった

(さぶ→ど)

 山田三郎は賢い子供だった。数学オリンピックで優勝したし、手を出したFXでマンション一軒買えて(しかも税金が10倍掛かってもだ)まだ余るような馬鹿みたいな金を稼げたし、ハッキングでほしい情報はなんでも手に入れることができた。
 だからDRBが始まる前に全てのディビジョンの代表、合計9名の情報を三郎は集めることができた。バトルに勝つには相手を知らなければならない。戦いは情報戦である。
 観音坂独歩のプロフィールを見た三郎は、はじめ、彼のことをなんて可哀想なおとななんだろうと思った。経歴もどうも他と比べてパッとしないし、そもそもブラックで有名な企業(ネットのランキングにいつも名前が載っている)に営業で勤めている時点で、人生終わってるなと感じた。
 けれど優勝したのは彼らのチームで、三郎のチームではなかった。悔しい、と三郎は歯噛みした。でも、観音坂独歩のリリックが幼なじみのそれとDNAの鎖のように複雑に絡み合って、リーダーの神宮寺寂雷の斥候としてシブヤやヨコハマに切り込む姿は美しかった。それが三郎の、生きた観音坂独歩を見た初めての瞬間だった。三郎はなにも言えなかった。
 三郎はこれ以上ないくらい賢かったが、子供だった。彼が見ていたのは、情報のうわっつらで、その向こうの人物ではなかったのだ。生きた人間と、無機質なデータは違う。
 中央区から帰った三郎は、こさえたデータファイルを即座に破棄した。それから、布団で観音坂独歩のことを考えた。
 凡庸な人間が、あそこまで登り詰めることができる理由が分からなかった。そして、話がしたい、と思った。
 けれど、観音坂独歩は山田三郎を知らない。自分はこんなに知っているのに、相手は自分を認知しているかも怪しい。話ができるはずもなかった。
 なんだか、あまりにも一方的で、それがどうにも腹が立った。
「なんで僕のこと知らないんだよ」
 三郎は声に出してふてくされた。こんなに誰かに対してわがままな感情を抱くのは初めてのことだった。 

 

さぶちゃんのこどもっぽいとこすき

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