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​弟は魔法使い

(二郎と三郎。カップリングではない)

「昔さあ、お前、レモンで電池作ってただろ」
 孤児院にいたとき、と二郎は唐揚げにレモンをかけながら、事もなげに言った。2年前、鳳仙のもとにいたときのことを話すことは普段あまりしない三兄弟だったが、何も考えていないのか、それとも次兄はそこまで【あのこと】を気にしていないのかどちらかは三郎は知らないが、二郎は気まずそうなそぶり一つ見せないで絞り終えたレモンを小皿の上にのせた。
「ああ、あれだろ。夏休みの自由研究」
「そうそう。俺、今学校で、かじ......カジなんとかっていうやつの小説やってんだけど。国語で」
「梶井基次郎だよ馬鹿。まだ漢字よめないのかよ、小学生からやりなおせ二郎」
「ああ? 漢字読めねえくらいで死ぬかよ」
「社会的には死ぬんだよバカ二郎」
 一郎がいれば食卓でケンカをするなとげんこつを落とされそうなものだったが、あいにくその場には二郎と三郎しかいなかった。二人はやいのやいのと言い合った後、夕飯の唐揚げが冷めることに気がついてどちらともなくやめ、おたがい席に座り直す。好物は誰だっておいしい状態で食べたい。それは二人も同じだった。
「で、それでさ。なんだっけ。ペラペラの板二枚刺してさ、コードつないだだけなのに、オルゴールうごいて。俺ほんとにびっくりしたんだよ」
「電気っていうのはな二郎、イオンの動きに過ぎないんだよ。だから亜鉛と銅の二枚の板きれでも、イオンの移動が起きて電流になる」
「ふうん。よくわかんね」
「聞いちゃ居ないよこいつ......。まあ、それで、なんだってそんなこと言い出したんだよ」
 三郎がレタスサラダを自分の取り皿に盛り、和風ドレッシングをかけながら問いかけると、二郎はごまドレッシングを手にしながら、「そう、カジイなんとかってやつのな」
「梶井基次郎」
「うん。檸檬ってやつで、店にレモンおいてくんだよ主人公が。でさ、レモンが爆発しないかなって思うんだよ」
「それくらい知ってる。お前が読んでて僕が読んでないのなんて漫画かラノベくらいだし」
「うっせえ。こないだアビス貸したろ。それで、そういや電気が通るんなら、爆弾にもなるんじゃねえかなってさあ」
「ならないよ。よしんば起爆剤になったとしても檸檬電池はせいぜい1ボルトだし、一個じゃ発光ダイオードすら光らないのに」
「なるかもしんねえだろ。化学って魔法みたいなもんだし」
 サラダのトマトをフォークで刺して、二郎はぱくりと口にする。この高校生の次兄は、バカなのか純粋なのか、三郎には判断がつかないところがある。どこの世界に魔法みたいなんて言うやつが居るんだ。と三郎はあきれた気持ちでじとりとした視線を二郎に送った。
 だいたい、レモン電池なんて小学生にも作れるし、そんなことをいったらぽんぽんとボールを膝ではねさせるリフティングを何十回もできるような集中力とコントロール能力のほうが三郎にとっては魔法みたいなものだった。
「昔はよ。俺の弟は魔法使いだと思ってたんだよなあ。友達にも言いふらしてた。まあ、今は生意気なクソガキだけど」
「最後のは余計だろ低脳。というかレモン電池つくれたぐらいで魔法使いだったらいまごろ僕はノーベル賞でもとってる」
「とれるだろ。俺らが大人になって、世界が平和になったら」
 二郎は平然と言うが、三郎はどうにも照れくさい。なにげなく言っているのだろうが、その一言一言が、三郎にとっては褒められているようでどうにも居心地がわるかった。うれしいというわけではない。褒められてうれしいのは長兄である一郎からであって、二郎ではない。
「世界が平和になったら、ね」
 うれしいような、そうでないような、複雑な内心を隠すように、三郎は唐揚げにフォークを強くぶっさした。

 

END

 

 

 

 

 

 


あとがき
 かしこい三郎のことを尊敬しているところのある二郎と、逆もしかりな三郎。
 ふたりは得意なことが違って、違っているからこそいいコンビだとおもっています。
 お題 21 clin d'oeil(レモン・はねる・視線)の三つを使用してじろ+さぶ より

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