シルバーリング
(シロシェイ たぶんFGO時空)
ねえ、キャスター。シロウコトミネは、読んでいた本を閉じて、デスクに向かって何やら書き付けているシェイクスピアを呼んだ。「はい。マスター、なんでしょう」
彼は素直に呼び声に応え、彼の座っているソファに腰をかける。執筆の中断をするなど、シェイクスピアにとっては99パーセントありえないことだ。そして、これはその1パーセントの例外。
「貴方の伝記を読んでいたんです」
「はあ、そんなつまらない男の生涯なんか、お読みにならないでください。それよりも、我が著作の方がもっともっと面白い!」
「私は私の読みたい物を読みますよ、キャスター」
「そうですか。物好きでいらっしゃる」
シェイクスピアはオーバーなしぐさで肩をすくめる。心底理解できない、というそぶりだった。シロウは、伝記のタイトルをなぞりながら言った。「キャスター。左手の手袋を取ってご覧なさい」
「手袋を? いいでしょう。マスターが仰るのなら、逆らうことはしますまい」
黒茶の手袋をするりと取って、シェイクスピアはシロウに手を見せた。其れは壮年男性のしなびた手であって、そしてそこらにペンだこができている物書きの手であった。
シロウは、そこの薬指に銀の指輪があるのを見た。「やはり、書いてあったとおり」
「いかがしましたか。吾輩の手など、おもしろいものではありますまいに」
「たしかに、面白くありませんね。キャスター」
シロウは、そこに輝く指輪を赤の目でじとりと見た。夕日が差して、ぴかりと光るそれは、かつてのウィリアム・シェイクスピアという男がだれか(シロウはもうその名前を忘れていた)を愛したという証にならなかった。
「こんなものを隠して、私のサーヴァントになるだなんて」
シロウは言って、差し出されたシェイクスピアの手首を強く握ると、ぐいと引っ張って口の中に彼の薬指を入れた。
「マスター、なにを」
痛っ、とシェイクスピアが声を上げる。シロウがゆびを強く噛んだのだ。それから、その口でそぐようにリングを外した。
「苦い」
銀は舐める物じゃありませんね、とシロウはしれっと言った。シェイクスピアは、歯形のくっきりとついた手を見ながら、マスターはいつもおかしなことをなさりますな、とつぶやいた。
おわり