top of page

堕落 

(新宿ネタ。アーチャー×シェイクスピア、アサシン×シェイクスピアの性行為あり。シェイクスピア悪墜ちイフルート。フジマルくんが少々かわいそうです)

 そこにあいつがいるなんて、思いもしなかった。絡みつく無数の鎖、体をうがつ魔力の釘。
「いやあ、お久しぶりです!」
 それでもにこやかにわらって、いつも通りにシェイクスピアは振る舞う。痛いつらいといいつつも、それを何もきにしていないかのようだった。
 それを真に受けるくらい、俺はばかじゃない。ばかじゃないけれど、いますぐ助けてあげられるほどに余裕もなかった。今すぐ、みんなの元にもどらなければならない。
 それをシェイクスピアはよく分かっているようだった。それで、俺に『そう』させるように促した。
 後回しにしてよいと、あのシェイクスピアがいったのだ。俺の知っているシェイクスピアというサーヴァントは、非戦闘員を自称して(実際あまり戦闘向きではない)、執筆以外の労働を厭う性格をしている。痛いことは嫌いだし、苦しいことだって大嫌いだ。
 そのシェイクスピアをして、『自分は拷問に耐えておくから、助けるのは後回しにしてくれ』と言わしめたのだ。絶対に俺が助けに来ると信じているからーーもしくは、助からなくてもいいから、特異点を修正してほしいと思っているのか。
 俺はそれをシェイクスピアらしくない、と思ったけれど、それに甘えるしかなかった。
 だって、それ以外に何ができるだろう? 唯一の仲間の巌窟王は、俺を助けるので精一杯だ。俺も、俺自身を守ることしかできない。
 俺は黙ってそこを後にした。死ぬことはない、という言葉を信じた。助けてやるからな、なんて不確定なことはいえなかった。ただ、耐えてくれと願った。
 そうせざるをえなかった、ともいう。

・・


「愁傷なことだネ、劇作家くん」
 ヒーローが去ったあとの現場には、たいてい悪役が姿を表すものだ。
 シェイクスピアは、少年をにこやかに見送ったときとはまるで違うげっそりとした表情で、新宿のアーチャーを名乗る初老のサーヴァントを見る。
「吾輩、彼ーー彼の生み出す物語のことは信頼しておりますもので。なんせ、この世に大団円をもたらす天才的主人公ですから」
「ふん、おもしろくない」
 新宿のアーチャーは、不機嫌そうに鼻を鳴らすと、鎖をゆるめシェイクスピアを地面に下ろした。そして、地面にすわりこむ格好になったシェイクスピアの膝に刺さった太い釘を長い足でぐりぐりと押し込んだ。
「う、ぐっ......! アアッ!」
「大変、それは面白くない。無敵の主人公なんていうものはいらないのだよ。それを信じて、『ここは俺に任せて先にゆけ』とでもいわんばかりのキミの態度にも腹が立つ」
「ぐ、あ、あ、あ」
「素直に痛くて苦しくて、今すぐ助けてほしいとみっともなくいえばいいのに、それをしない! キミは執筆さえ拒否し、釣り餌としての役割も果たせない、ゴミなのかネ?」
「そう思っていただければ結構! 吾輩、少々反転したところで、三流サーヴァントということには変わりないですので。クソッタレ」
 シェイクスピアの煽りが気に入らなかったのか、新宿のアーチャーは、手に持った剣杖でその顎をくいと上げ、バシンと容赦なくぶった。ガチャガチャと鎖ともつれて地面に倒れ込むシェイクスピアだったが、よろよろと起き上がると、ハハッと笑って口の中の血をぺっとはき出した。
「はあ、吾輩を隷属させようという心意気、大いに結構でございますが、そんなことをされたところで手抜きの落書きしか出せませんな。面白くない、面白くない。こんなの、稚児のする癇癪と同義。短絡的、かつ貧困。こんな見世物、笑えもしません」
「暴力や拷問で屈しないというのは、ずいぶんと心が強いようす。しかし、それが効果がないとすると、次はどのフェイズに移行するか。物語に詳しいキミならわかるのではないのかネ?」
 それがなにを意味しているか、シェイクスピアは瞬時に察した。直接的な暴力に屈しないものに与えられるのは、はずかしめだ。端的に言うと、性的暴力。
「キミ、男同士でセックスした経験は?」 
「そりゃあ、現役のころは多少は興じましたとも。男役も、女役もね。でも、そういう意味ではないのでしょうな」
「では、ここからは闇の保健体育の授業としよう。アサシン、いるのだろう」
 アーチャーがコンコン、と杖で地面をたたくと、どこからか瞬時に長髪の青年が現れる。
「はいはい、っと。よばれてとびでて、俺様参上! 新宿のアサシンです!」
「このものを陵辱して、心を折ってやって差し上げよう」
「はあ、俺、おじさんとどうこうとか、ぜんぜん興味ないんだけど。まあ、でも命令とあっちゃあ仕方ないなあ。俺様ってすっごく健気なわけ。命令とあっちゃあ、一生懸命やらざるを得ないねえ。ね、劇作家のおじさん」
 アサシンが、にまりと笑う。アーチャーは、その場を彼に任せて、その場を後にした。彼はシェイクスピアにはあまり興味がないようであった。


・・


 それじゃ、はじめよっか。そういったアサシンは、懐から赤い液体が入った注射器を何本か取り出すと、ずらりと並べてシェイクスピアに見せた。
「さーてこれはなんでしょう。正解は、チンピラの間ではやってる、セックスドラッグです! これ一本でも、淑女も淫乱になるってウワサ。これを、今日はおじさんに使うから、よおく見とくといいよお」
 アサシンはけらけらと笑って、おもちゃをいじるように注射器をさわった。
「暴力の次は陵辱。アーチャー殿は、作家になったとしたらひどいものでしょう。『ロミオとジュリエット』すら書けないでしょうな」
 対して劇作家は、悲観的な目をしてアサシンの手にあるそれを嘲った。そうして自分の作品に対してペシミスティックになることが、彼にとってはある種のオルタ化であると思われた。
「まあでも、文学賞に載らないとしても、大衆は面白がるだろ。みんなすきじゃん? こういうの」
 アサシンは投げかけられた言葉にも動じず、にこにことした表情で、拘束されたシェイクスピアの上着の袖をまくって、注射器の針を刺した。あっ、という短い悲鳴が上がったが、それだけだった。こんなもので、ほんとに効くのか? とアサシンが思うくらいだった。
「効きとか、どう?」
「いえ、全然......。暴行で受けた傷が痛むのか、それともこの薬のせいなのか、わかりませんね。なにぶん、執筆に必要な両腕以外は、ひどいめに合いましたもので。足なんかこれ、骨折れてるのでは? 痛くてたまりません」
 劇作家は気丈だった。属性が反転したからか、一般的なシェイクスピアというサーヴァントとは少し違うようだった。もしくは、あのフジマルリツカという少年(ヒーロー)に操を立てているのか。
「そーゆーさあ、演技いらないんだよね。効いてるなら素直に、言ってほしいなあ。なんて。そうしないと、俺、勢い余って乱暴にしちゃうかも」
「ハハ、乱暴結構! 陵辱って言ったのはあなたでしょう。せいぜい滑稽に犯す役を演じてくださいませ」
「むっかつくなあ。ハイハイ、俺様ってば、かわいそ」
 アサシンは、ため息をついて、シェイクスピアの腕にもう一本クスリを打った。一本ではだめかな、と思ったからだ。
「どう? お気持ちは、なんて」
「は、はは、はあ。ああ、これは、あく、しゅ......みな、あ、あああああ」
 だんだん焦点を失っていく目で、シェイクスピアは最後の皮肉を言った。涼しい顔が、すっかり真っ赤になって、息も荒い。
「おーじさん。だいじょぶですかーっと。キてる? クスリ。二本じゃないとだめだとか、やっぱおじさんもサーヴァントなんだねえ」
「はあ、う、あつい、あつい......。誰か、ああ、からだが、おかしッ」
「そりゃそーっしょ。仕方ないって。誰だってそーなるもんだから。はいはい。すっかり理性もぶっとんだところで、俺と楽しいこと、しようねえ」
 アサシンは、にっこりと笑って、うつろなめのシェイクスピアと目を合わせた。


・・


 地味な仕事は嫌いじゃない。アサシンクラスとして召還されたなら、なおさら。まあそれが、おっさんの前立腺さがしや、尻穴の拡張だとしても。
 アサシンはシェイクスピアの服を最小限脱がすと、体面座位の姿勢で尻穴に指をつっこんで動かしていた。
「ん~、なかなか、広がんないね。困ったな」
「う、あ~~~~、っふ、う、んッ! ふあっ」
「はいはい気持ちいいね、前立腺擦ってるもんねえ。陵辱なのに、前戯もちゃんとやってあげる俺ってば優しいでしょ! 言うこと聞きたくなった?」
 よしよしと、背中を擦ってやると、それだけでびくびくふるえた。すっかりクスリが効いて全身が性感帯になっているふうだった。さっきまでの矜持はどっかにすっ飛んでいってしまったようで、シェイクスピアは皮肉のひとつもいえず、ただあえぐだけだった。
「うーん、おとなしいね。いい夢でも、見てる? たとえば、フジマルくんが助けに来てくれる夢とか! まあ来ないけどさあ。あの子、ここに来るまでにはーーーーもしくはここで、死ぬからね。それはもう決定事項。とにかく、こうなった時点で助からないんだよおじさんは。おじさんがさ、どう思ったって、ここじゃひとつも、思った通りにはならないよ。アーチャーの旦那が、そうしろっていうんだから」
「は、へ、ひっ......」
「言葉になんないか。あちゃあ、これ大丈夫かな~。こんなぐずぐずでマクベスとかリア王とか書けんのこのおっさん。だいじょぶ?」
「あ~、う、ぐっ、うあ」
「だめだこりゃ。クスリ二本はやっぱやりすぎ? やめたほうがよかった? それにしてもまあ、えっろい顔するもんだ。尻ってそんなきもちいいのかなあ」
 ぐちぐちとなかをかき混ぜながら、生理的な涙とよだれでぐちゃぐちゃになったシェイクスピアの顔を見る。そこに理性の光はもうない。これぶっ壊れてたらアーチャーの旦那に怒られるかな、と思いつつまあクスリが切れたら大丈夫だろ、と楽観的だ。
「おじさん、そろそろ、まあ俺も男なんで。勃起しないと思ってたけどおじさん意外とえろいからなんか勃っちゃたし、具合もよさげだし。セックスしよっか」
 アサシンは、目を細めてにっこりわらう。その目は、嗜虐の色をしていた。
 そして彼は、自分の下履きをずらすと、そそりたった陰茎をシェイクスピアの尻穴に当てた。そこは、ちゅうちゅうと吸い付くように鈴口にキスをして、今にも挿入してください! とさけんでいるように感じた。
「あは、なにこれ、実はおじさんド淫乱? 生前散々調教されちゃった系? いや俺知らないけど」
「あっ、あ?」
「『あ』、意外いえないワケ? つまんねえな。しゃべるとうっさいけど、これはこれでマグロすぎてやだなあ。一本にしときゃよかった。まあいいや、挿入しますよっと」
「あ、あ~~~~~~ッ! ひ、は!?」
 尻穴を大きく広げ、アサシンの陰茎がシェイクスピアの直腸内へとずぷずぷと音をたてて入っていく。シェイクスピアは声にならない悲鳴をあげて、背中をまるめた。帽子がパサリと脱げ、アサシンのむきだしの肩にやわらかなあごひげが擦れた。かちゃかちゃと鎖につながれた両手が、地面をひっかく。
「うわあ、あったか......。きもち......。もうこんなの女の膣と変わんないじゃん。どんだけなのあんた。尻についてるの、排泄口じゃなくて性器じゃんか。って絞めるなって、うあ、入れたのさっきなのにもうもってかれそ......」
 きゅうきゅうと、中に侵入したアサシンの男根を歓待するように、シェイクスピアの直腸は粘膜全体でそれを締め付けた。負けずにアサシンが腰をうごかすと、シェイクスピアは断続的なあえぎ声をあげてよがった。
「はあ、は、おじさんさあ、ずるいよね。しゃべってるの俺ばっかで、おじさん気持ちよくなってるだけだし。あーあ、クスリ使うんじゃなかった! これどれくらい効果つづくわけ? 短いらしいけど、早く切れてくんないと仕事になんないって。これじゃあ全然陵辱じゃないじゃん! 肉便器だよ、便器。つか俺がやみつきになってどーすんのって話だし」
「あ、あ、ふあ、あ......。ああっ、あ~~~~~~~」
「はあっ、もうだめじゃん馬鹿じゃん。書けねーじゃん。カワイーけどこれどうすっかな! 俺専用の肉便器とかになったりする? いやそれもうなんかアーチャーの旦那にシバかれんだろ。壊しちゃ捕まえた意味ないし!」
 パン、パン、と肉同士がぶつかる音が、バレルタワーの一室にひびく。
「あ~、出る。出すよ、おじさん! 中にさあ、俺の精液出しちゃうよ!」
「あ......、せ、いえき? えっ、な、ああ!? これなにっ、なか入って、いつのまにっ!? ひ、ああ!?」
「あ、よかった! お帰りおじさあん。ぶっとんで戻ってこないかとおもっ、た! 心配、しちゃった。まあ、出すから、正気のまま、受け止めてよねッ」
「え、んあっ!? なか、出て、なにっが、あ、出てる、ひいッ!」
 ぱっと目覚めたシェイクスピアを見て満面の笑みを浮かべると、アサシンはびゅるびゅると、シェイクスピアのなかに精を放った。突然のことに驚いてもがくシェイクスピアだったが、かちゃかちゃと鎖が動くだけで、アサシンに抱え込まれた体勢ではちっとも動くことはできず、直腸内に釘の用にぶっささったアサシンの陰茎がどくどくと脈打つのを感じることしかできなかった。
「はー、ああ、気持ちよかった......。おじさん最後メチャクチャ良かったよ。おびえた顔とか健気で。やっぱ正気の方がいいね。陵辱ぽくて。失敗しちゃったなあ」
 へへ、とアサシンが照れるように笑うと、シェイクスピアはさげすむような視線をよこした。
「滑稽ですなあ。は、はあ、わがはいを、陵辱して、従わせるのではッ、なかったのですか? 大根役者」
「いやあごめんって。おじさん具合よすぎてさあ。ついセックスに夢中になっちゃったっていうか」
「畜生以下ですな......んんッ! は、はやく抜きなさい!」
 入ったままだと感じてしまうのか、シェイクスピアはをばたつかせて、いやがった。アサシンは、「いやだから、おじさんの思うとおりにはしないって」と返事をして、その体を強くぎゅっと抱える。
 そこで、カツン、という無機質な音がバレルタワーに響いた。
「アサシン。何故普通にセックスをしているのかネ?」
 冷たい声が、アサシンの背後からナイフのように放たれる。うげ、とアサシンは顔をゆがめた。
「私は、陵辱して隷属させよと命じたはずだが」
「い、いやあ、あはは。クスリ使ったら、失敗しちゃって。でも壊さなかっただけ褒めてほしいなーなんて」
「おやあ、アーチャー殿。いらっしゃいましたか。吾輩、こんなものではぜんッ、ぜん! 執筆しようなんて気にはなりませんなあ、あ!?」
「おじさんうっさい。またピストンされたい?」
 皮肉を放つ余裕を残したシェイクスピアを、いらだち紛れにアサシンが突く。アーチャーは、それを冷たい目で見ていた。
「アサシン、もう良い。私がどうにかしよう」
「あ、了解~。いやあ面目ない。俺じゃ全然みたいで。殺しはいいけどこういうのは向いてないのかも」
「良い。もっと効率的で、効果的なやりかたを思いついたからネ」
「さっすが! よかったねえおじさん。楽に墜としてもらえるよお」
「下衆どもが。吾輩のような三流サーヴァントを身内に入れるだけなのに、てこずりすぎではありませんか? 悪役はもっとスマートでないと」
「そう。私はスマートだ! アサシンと違って、キミにうっかりおぼれることもない。つまり、これからが地獄なのだよ、劇作家殿」
 表情をかえることもなく、アーチャーは言った。それでも、シェイクスピアは挑発的な姿勢を崩さなかった。言葉だけが、彼の矜持を守るすべだったからだ。
「はは。お手並み、拝見といたしましょう。世紀の大悪人殿!」


・・


 アサシンが去り、地面にぼろ布のように転がったシェイクスピアを見下ろして、アーチャーは「汚い」と言った。杖を器用に使って、シェイクスピアの顔を上げさせると、アーチャーは、いくつかの器具を見せた。
「これがなにか、おわかりかネ?」
 けばけばしいピンク色をした下品なローターがいくつか。それと、男根の形をしたバイブがひとつ。潔癖な印象をあたえるアーチャーが持つには不似合いなそれらは、シェイクスピアに眼前にたらされ、ぶらぶらと揺れていた。
「スマートなやり方、と聞いたからなにかと思えば......。玩具責めですか」
 はあ、とシェイクスピアがあきれた様子をみせると、バシンと杖がほほを殴る。無駄口を好まないアーチャーは、シェイクスピアのそういう態度が気に入らないようだった。
「これをキミにつけて放置する。キミがいやがったって、やめてなんかあげないよ。もし、やめてほしかったら、私に隷属して、私の言うとおりに作品(バケモノ)を生むと誓いたまえ。分かったかネ?」 
「ええ、わかりました。良いでしょう! 誓いましょう。あなたの思い通りになんか、ならないと。物事は、大概の場合計算通りにはいかないのですよ、教授」
 バチリ、と攻撃的な視線が交錯する。骨が折れる、とアーチャーは思ったが、それで得られる彼の作品(バケモノ)の恩恵というのは大きい。手間をかけてでも、アーチャーはそれが欲しかった。それに、墜ちない星ほど、墜としてみたい。そういう好奇心もあった。
「ひ、う、......。ん」
「アサシンの精液が残っているから、準備も不要か」
 アーチャーは、シェイクスピアの尻穴にバイブを入れこみ、陰茎にはクリップタイプのローターをはめ込んだ。そして、作業的に仕込み杖のナイフで彼のシャツの前を切ってしまうと、両乳首に吸盤タイプの淫具を装着した。
「これで良かろう」
 アーチャーは、ふうと息をはいて、三つのリモコンをカチカチカチ、とオンにした。それから、彼は一本も指を触れることなく、別の部屋から持ってきた椅子に座ってシェイクスピアの様子を見ていた。時折、腰に下げられた懐中時計をみて、閉じた。
 シェイクスピアは、十分、十五分のうちは、取り繕って、平気そうなふうを装った。性感帯と呼ばれる部分を執拗に責められているというのに、うすら笑いを浮かべて悪態をつきさえした。アーチャーは、そのたびに無言で振動のレベルの段階をあげた。
 ぶぶぶぶ、と玩具の震える音がバレルタワーに響いていた。シェイクスピアは、はあはあと、汗をにじませて、口をひき結んで耐えているようであった。敵の前であられもない声をあげまいとする努力は涙ぐましいものだった。
「そろそろ、限界ではないかネ」 
 懐中時計が三十分の経過を指していた。シェイクスピアはアーチャーをギロリと睨んで、それだけだった。ああ、限界なのだな、とアーチャーは察する。しかし、手元のリモコンをもてあそぶだけで、切ってやることもしなかった。「従うからやめてほしい」とシェイクスピアが言わない限り、そうするつもりはなかった。
「ミスター、ミスター! 授業中に居眠りはよしたまえ!」
 ガン、とアーチャーが杖で頭を殴ると、シェイクスピアはうつろな目を開けて、虚空を見つめた。ブンブンと玩具の音がするなか、彼は口からよだれをたらして、気をどこかにやってしまったようだった。下半身のほうに目をやると、カウパーか精液かわからない濁った水たまりができていた。
「あ、う......」
「苦しいかネ? やめてほしかろう。ほら、言い給え。『やめてください』と。私は誓いを破らないよ。すぐにやめてあげよう」
 アーチャーが、猫なで声で言うと、シェイクスピアは一瞬うなずきかけたが、はっと止まって、歯を食いしばった。そんなことをできる気力がまだ残っているのが意外だった。
「は、あ、ふん。だれが」
 これにはアーチャーも感服してしまった。懐中時計が指す時間は一時間。こんなにもこのサーヴァントが耐えられるなんて、思いもしなかった。確かに計算通りにはいかない。彼の言葉通りだった。同時に、イライラもした。なぜこんなにも、隷属を拒否するのか。彼を支えるのは何か。
 ーーーーフジマルリツカ。人畜無害そうな少年の顔がアーチャーの脳裏をよぎる。本当に、この少年が、自分を、この特異点を救うとでも思っているのか。
 アーチャーは、あきれて物も言えなかった。このサーヴァントは、少年一人の来るかどうか分からない助けに期待して、自分一人だけこんなつらい思いをしているというのか? それはまったく合理的でない判断だ、と思った。
 もうこれは、堕としてしまうしかない。堕としてやらねばなるまい。あまりにも、かわいそうだ。
 それから、アーチャーは、ねばりづよくシェイクスピアが墜ちるのを待った。快楽の地獄のなか、もがく姿は滑稽でさえあったが、見世物としては面白かった。きまぐれにローターやバイブの強弱を変えてやると、魚のように体か跳ね、こらえ切れないといったようなあえぎ声を漏らすのもいたいけであった。
 カチ、カチとアーチャーの懐中時計が時を刻む。最後に確認してからどれだけたったか、アーチャーも忘れてしまったころ、それは起こる。
 ブゥンと、音の鳴りが悪くなったかと思うと、玩具たちが動きを次々と止めてしまったのだ。カチカチとスイッチを動かしても、反応はない。電池切れか、とアーチャーは察する。チンピラどもから調達したものだから信用はしていなかったが、堕とす前に切れるとは! アーチャーは、大きくため息をついた。次の計画を立てねばなるまい。どうするか......。
 そう考えていると、シェイクスピアの様子がどうやらおかしい、ということに気がつく。突然あたえられていた激しい快楽が消えたので、さぞかし喜んでいるだろうと予測していたが、シェイクスピアはかえって苦しげな顔をしてもどかしそうにいもむしのように這っていた。足をすりあわせ、かちゃかちゃとくさりが地面を擦れる音がした。ははん、とアーチャーは悪い笑みを浮かべて、椅子から立ち上がった。
「ミスターシェイクスピア。もしかして、キミ、『欲しい』のかネ?」
「そ、んな......、あ、ああッ! ふ、ぐっ」
 アーチャーがむきだしの腹をさわってやると、それだけでシェイクスピアは感じてしまうようで、あられもない声をあげた。
「そうか。ミスターシェイクスピア、『欲しい』のか! どうりで快楽で堕ちないわけだ。キミにとっては、快楽地獄など、少し優しい宿題だったみたいだ。確かに、キミの言う通り、『計算とは違った』ネ!」
「あ、あ、ふうううっ! あっ、ひうっ!」
 アーチャーはシェイクスピアの尻穴に刺さったバイブを抜き差ししてやったり、陰茎についたクリップを外して直接しごいてやった。そのたびに、シェイクスピアはうつろな目でうれしそうに声をあげるのだからたまらない。ああ、これが正解か! 難問を解いたときの快感が、アーチャーの背中をぞくぞくと這った。
「さて、ミスター。達したいだろう? もっとほしいだろう! 前提条件変更だ。キミがイエスといえば、私はキミになんでもあたえてやろう。わたしのペニスが欲しいかネ? それとももっとおもちゃが? アサシンをよぶ? ああ、激しいのがいいのなら、ライダーなどはどうかネ? 彼ならキミを『死ぬほど』犯してくれるだろう!」
「う、あ......」
 シェイクスピアは、ぼう、とした表情でアーチャーを見た。理性のかけらもない、とろけた顔をしている。アーチャーが手を止めてしまったので、射精寸前までたかまった陰茎がせつなげにふるえている。
「出したいだろう。もうこんな責め苦、いやだろう。ミスター。イエスと言いなさい。そうすれば、私が献身的にキミを気持ちよくさせてやろう。いやなことなんか、なんにもない。痛いこともしないし、傷だって、直してあげよう。私がキミをいっとう大事にしてあげよう。見えないものにすがるのはやめ給え。私と楽しいことだけしよう。いいね?」
 アーチャーは、ささやくように、シェイクスピアの耳元で言った。シェイクスピアは、一瞬、悔しそうな顔を見せたが、それもすぐ消えた。そして、目を伏せて、首を縦に振った。彼が選んだのは、『イエス』だ。
「良い子だ! 私のシェイクスピア! かわいそうなことをしたね。すぐに楽しいことをしよう。すてきな衣装とステージと脚本をキミに!」
 アーチャーがぼろぼろのシェイクスピアをぎゅうと抱きしめると、シェイクスピアはふるえる手で彼のマントのすそを握った。弱々しい仕草だった。


・・


 無数のリア王を超えて、マクベスを超えて、俺はバレルタワーの階段をひた走る。
 ああ、シェイクスピア! 俺が弱いばかりに置いてきてしまったかわいそうなサーヴァント。彼がひどいことになっているのは、こちらに差し向けられる彼の著作たちでよくわかった。ごめん、置いてきて。本当に。でも、今助けて、助けてーーーー
「いやあ、お久しぶりです!」
 バレルタワーの何階目かの踊り場に、朗々とした声が響く。そこに彼がたっているだなんて、俺は思いもしなかった。鎖もない、釘もない。健康そのもの、という状態のシェイクスピアがそこにたっていた。
「しぇ、イクスピア......? 無事だっ......?」
 言いかけて、止まる。シェイクスピアの様子は、少し違った。最後に見た黒服ではなく、その色すべてが反転した真っ白の衣装に身を包んだ彼は、本を片手ににこにこと笑っている。その笑顔は、どこか寒々しさを感じるほどに『敵意』が詰まっていた。
「カルデアのマスター。よくぞここまでいらっしゃいました。まずは賞賛を。おめでとうございます! やはりあなたはヒーローだ! ここまでやってきてくださった。『吾輩』を、そしてこの特異点を救いに戻ってきてくださった。すばらしい! しかし、吾輩はあなたを許さない。ああ、あなたはひどいひと。英雄は、正義をなすためなら、なんだってしてしまう」
「シェイクスピア......?」
 俺は、シェイクスピアが何を言っているのかわからなかった。褒められているはずなのに、この突き刺すような冷たさはなんだ。この『シェイクスピア』はなんだ。
「吾輩は、許さない。あなたを絶対に、許しはしない。吾輩のこどもたちを、ああ、愛しい我が子を! すべて殺して! ここまでやってきたあなたを!」
 シェイクスピアは、手元の魔本にさらさらと羽ペンで書き付けると、そのページを破ってひらりと投げた。そこから、少年の影のようなものが生まれる。ああ、あれは!
「マクベス! ああ、吾輩のかわいいこ。かあさんの言うことをよく聞くのですぞ。目の前の人間は、我らが仇敵。倒してしまいなさい。殺してしまいなさい。できるだけ、むごたらしく!」
 マクベスに、女のようにしなだれかかって、シェイクスピアはーーーーシェイクスピア『だったもの』は言う。これは誰だ、これはなんだ。俺が戸惑うなか、マクベスはシェイクスピアの言うとおり、俺たちの前に立ちはだかる。戦闘かーーーー
「ミスターシェイクスピア。少々落ち着き給え」
 俺たちが身構えたそのとき、かつかつと杖をならして、優雅に『悪いほうの』アーチャーが現れた。シェイクスピアは、ぱっと無邪気に顔を輝かせると、「あなた!」と言って彼に駆け寄った。
「ああ、申し訳ありません。だって、吾輩、我慢がならなかったのです。あなたと、吾輩の愛しい子は、皆殺されてしまったのですから」
 すがるようにシェイクスピアは、アーチャーの腕に手を絡めた。それは、妙に仰々しく、舞台の上で演じられる夫婦のようすにも感じられた。薄気味悪い、と俺は思った。
「だからといって、でしゃばってはいけないよ。ミスター。私の言うとおりにしなさいといっただろう?」
「はい、はい。わかっております。あなた。申し訳ありません。言うとおりにいたしますとも。その前に、口づけを請うても?」
「キミはほしがりだネ、ミスターシェイクスピア。良い子にできると約束したまえ」
「ええ! しますとも。この世が滅ぶまで、にくきカルデアのマスターが命を落とすまで! あなたのおそばに!」
 シェイクスピアは、うやうやしく一礼すると、アーチャーにそっと口づけた。
 俺はだんだんと深くなるくちづけを見ていられなくて、したを向いた。バレルタワーの透明な床には、惨めな顔をした少年がうつっていた。
 救えなかった。間に合わなかったんだ。ごめん、シェイクスピア。俺が弱いばかりに。そんなことばかりが頭をぐるぐるとまわった。シェイクスピアだったものと、アーチャーの服がすれる音がする。「いけません、こんなところで」とこびるような声。俺は吐き気とめまいがして、床に座り込んだ。

 

(残念! 新宿はすくわれませんでした!)

©2019 by NEEDLE CHOO CHOO.com。Wix.com で作成されました。

bottom of page