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ペンは剣よりも強し

ラシュシェイ ネロ祭ネタ)

そいつは歩いてやってきた。
 そいつは笑ってこう言った。
「さて、アーラシュ・カマンガー! 落書きを描くように、鼻唄を歌うように、四肢をもがれる痛みを味わい、それでも生かされるお気持ちは?」
 キラキラと好奇心に満ちた目。それは、アーラシュがいつかどこかで見た少年の無垢な目にも似ていた。サーヴァント・キャスター。ウィリアム・シェイクスピア。そいつが言うのは、嫌味ではなかった。ただただ、それは疑問であり、インタビューであった。
「ああ、別にどうってことないんだ。俺が納得してやってることだし」
 まあ、痛いっちゃあ、痛いけどな! アーラシュはからりと笑って言った。
 それはシェイクスピが望んだ答えではなかったらしい。つまらないですな、と一転、動かなくなったおもちゃを見るこどものように口をとがらせた。
「あなたは、使ったら消滅してしまうような宝具を、マスター命令ならば簡単に使ってしまう。痛いのは嫌でしょう。死ぬのは――消えるのは恐ろしいでしょう! なのに、なぜ。そんな普通にしていられるのです。吾輩、本音を言わない人間ほど嫌いなものはありません。むき出しの感情、本性ほど美しい。それは書くに値する。アーラシュ殿は嘘つきでつまらないから好きません」
「嘘はついてないんだけどなあ」
 アーラシュは、困ったように頭をかいて、シェイクスピアを見た。悲劇、喜劇を書く劇作家にしてみれば、自分みたいな平々凡々な態度を取られると面白くないのだろうな、とアーラシュは思った。
「だって、俺は平気なんだ。俺一人の命でなにかが解決するんだったら、差し出したってかまわないさ。リツカのサーヴァントになったおかげで、それが何度だってできる。俺の命が世界を救えるんだから、こんないいことはないぜ」
「まるで、自分の命を消費財かのようにおっしゃる。それでは道化では? あなたは、簡単にそう言いますが、吾輩は『普通の英雄』のテンプレートみたいな回答がほしいわけではないのです」
「俺はさあ。むしろ嬉しいんだ。生前は一度きりだったろ。だから、俺が救った世界がどうなったか、見ることができなかった。でも、リツカのサーヴァントになってからは、何回だって、それが見れる。俺の救った世界で、笑ってる人間の顔が見れるだろ。それが何より嬉しいんだ。自分が守った、そいつらにさ。また会えるなんて、奇跡みたいだ」
 俺にとっちゃあ、サーヴァントになったこと自体が宝物みたいなもんだからなあ。
 アーラシュがニカリと笑うと、シェイクスピアはさらに不機嫌になって、ぶすくれた顔をした。
「ああ、ああ、面白くない! 面白くない! それでは三文小説すら書けやしない! なぜ、そうまでゆがんでいるのに、それを見せてくださらぬのですか。吾輩はむき出しのあなたがみたい。それはきっと何より面白いというのに」
「まあ、熱烈な告白みたいなことを言うね、劇作家さんよ」
 そんなに俺が好きなら、引き出してごらんよ。
 一瞬、ほんの一瞬だけ、アーラシュは好青年の表情を崩して、その下に隠れたアーラシュ・カマンガーの悲哀に満ちた顔をした。
「ま、なんもないとは思うけどな! あはは! じゃあな、劇作家さん!」
 面白い小説でもかけたら、読ましてくれや。難しいのはナシで!
 アーラシュはマントをなびかせて去った。それはいつものアーラシュ・カマンガーそのもので、さきほどの一瞬が嘘のようにも思えた。
 しかし、それは嘘ではない。嘘ではないのだ!
「ああ、アーラシュ・カマンガー! 孤独な大英雄! その暁には、あなたを主人公にした悲喜劇を、この大劇作家ウィリアム・シェイクスピアが書いて差し上げましょう。きっとそれは万雷喝采の、とても面白いものとなりましょう!」
 シェイクスピアはよく通る声でそう言って、アーラシュの背中に仰々しく一礼した。

 

 

 


 (完)


ネロ祭エキシビションで死にまくるアーラシュさんが気持ち的に見てて辛かったので書いた。(シェイクスピア・ラ・カルト収録)

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