GREEK in LONDON
(ヘクトール×シェイクスピア。プリヤコラボネタ。)
カルデアがトナカイマンに襲われた。
大挙としてカルデアに乗り込んでくる二足歩行の半獣を、レイシフトしていなかったサーヴァントたちはろくな戦闘準備もなく迎え撃つこととなった。
「だああ! もう、なんで武器置いてきちゃったかなあ!
ヘクトールは、そのあたりにあるモップやら鉄パイプやら、棒状のものを投げては、近寄ってくるトナカイマンを貫いた。
彼は――――棒のかたちをしていれば、つまり投げられればなんでも彼の強力な武器となる。
投げられるものさえあれば、ヘクトール自体が難攻不落の要塞となる。彼は、そういうサーヴァントであった。
「ああ、きりがないっての! シェイクスピア! あんたもなにかしろって! オジサン死んじゃう!」
ちょうどそばにいたサーヴァント・シェイクスピアに言うと、彼はきょとんとした顔で、
「吾輩、戦闘向きのサーヴァントではございませんので。できることなど、せいぜい旗振って応援くらいですぞ」
と返した。
「せいぜい、か弱い吾輩を守ってくださいませ、トロイアの英雄殿!」
「他力本願すぎるでしょ!?」
「他力本願結構! 吾輩はそういうサーヴァントです!」
胸を無駄に張って言うシェイクスピアに、ヘクトールはイラッとする。衝動的にヘクトールはその手にあった羽ペンを奪い、投擲した。
それは、きれいな弧を描いて、トナカイマンの脳天に突き刺さった。
「ああ! 吾輩の羽ペン!」
「悪いが、オジサン、投げれたら何でもいいんだよねッ!」
「なんてひどい! 作家からペンを奪うなど!」
これはこれで面倒なことになった、とヘクトールはため息をついた。
トナカイマンはこれで最後のようだったが、ある意味トナカイマンよりやっかいな相手を敵に回してしまったからだ。
「なんと無神経なのでしょう! トロイアの英雄は、ひとからものを盗って武器にするような御仁であったとは! これでは吾輩、ひとつも執筆ができません。作者はひとつしかペンを持たないものです。とびきり上等な羽ペンがひとつ。それさえあれば、なんでも書ける。それが天才というものです。しかし、貴殿はそれを吾輩からうばった! それは、文筆家の魂を奪うのと同じことです。ああ、ああ。なんてひどい! ひどい人なのでしょう、ヘクトール殿は!」
べらべらとこちらが口を挟む暇を与えずまくしたてるシェイクスピアは、確かに長台詞を言う舞台役者のように見えた。
「......それで、何がしてほしいってワケ? オジサンに」
「代わりの羽ペンを買ってください。もちろん、ロンドンの店で! そうしないと吾輩、ヘクトール殿がかってくださるまで地獄の果てまで追いかける羽目になります。作家の恨みはおそろしいですぞ」
「あ~~~~、ハイハイ。買うから。買うから。その嘘泣きくさい演技をやめて」
ぶうとぶすくれかえるシェイクスピアに、ヘクトールが折れるのが先だった。
こと戦となると絶対に折れない精神を持つ彼であったが、普段の生活ではどちらかというとめんどくさがりだ。
「本当ですか! 約束ですぞ、ヘクトール殿!」
さっきまで悲しげに訴える表情はなんだったのかというほどにからっとした笑顔を見せるシェイクスピアに、ヘクトールは、現金なことだ、と思った。
・・
リツカに許可を取ってレイシフトしたロンドンの町は、当時の人間たちで賑わっていた。
同時代のシェイクスピアはともかく、ギリシアの顔立ちをしたヘクトールは目を引くらしく、ロンドン市民たちの視線が痛い。
「なーんかオジサン、居心地悪いんだけど」
「いいではないですか! 目立つのはいいことです! ヘクトール殿がオリエンタルな魅力を持った御仁であると、凡百の人間にもわかるのでしょう」
肌の色、目の色、髪の色。すべてが今代には珍しいものですから。シェイクスピアはそう言って、ヘクトールに顔を近づけた。アンバーの瞳がじっと見つめてくるのに耐えられず、ヘクトールはシェイクスピアの顔を手で押しのけた。
「あー、近い、近い。オジサン、そういうシュミはありませんから。近寄られても嬉しくありませんから!」
ヘクトールの拒絶の声を全く聞いてないシェイクスピアは、その手をとると、ロンドンの町を歩き出した。
「さあさあ、せっかくのイギリスの都ロンドン! 楽しんでくだされヘクトール殿! もちろん、本命は吾輩の羽ペンの購入ですがね!」
・・
シェイクスピアに連れられて、ヘクトールは酒屋でエールを一杯ひっかけた。
「イギリスといえばエール! エールといえばイギリスなのですよ、ヘクトール殿」
ギリシア産の酒を頼もうとしたヘクトールを制止しして、勝手にエールを二人分頼んだのはシェイクスピアその人だ。
それからシェイクスピアは、二軒、三軒とはしご酒をし、ヘクトールと困らせた。
「おいおい、最初の目的忘れてませんかあ!?」
「いいじゃないですか。酔って気持ちよくなったほうが、良い羽ペンもこちらに寄ってくるというふうに吾輩は感じますぞ~」
「イヤそれ絶対勘違いだから! ああ、もう、全部俺の金だし!?」
いつの間にかシェイクスピアの財布と成り果てたヘクトールは、べろべろに酔っ払ったシェイクスピアを担いで、暮れ始めた陽を背にして、そこらへんに出ていた宿にチェックインした。
一部屋しかあいていない、と宿屋の店主がいうので、新しく探すのも面倒だったヘクトールはそれでいいとしぶしぶ承諾した。
・・
どっこいせ、と自分と変わらない体格のからだをベッドに横たえると、ヘクトールはサイドテーブルの小ぶりのチェアに座った。
シェイクスピアはすっかり酔いが回っているらしく、むにゃむにゃとまどろみベッドの上で猫のようにまるまった。
自分のマントを安心毛布のようにしてくるまるすがたは、ヘクトールの笑いを誘った。
「ハハ......。まるで子供だな」
「子供ではありませんぞ」
ぱちりと、シェイクスピアは目を覚ました。
「ねえ、ヘクトール殿。吾輩、酒代も、宿代も払って貰っておいて、何も『お礼』ができないほど、子供ではありません」
あどけない表情から、急に男を誘う商売女のような色香――――同性の、しかも自分より年かさの相手に使うのはおかしいだろうが――――を纏った顔になって、シェイクスピアは言った。
「あ~~、はいはい。オジサンそういうシュミはありませんから、ジョーダン言うのもたいがいにして」
「誘いに乗らないとは、ヘクトール殿も朴念仁というか......。つまらないですな」
「つまらんくて結構! そーゆーつもりで来たわけじゃないですからこちとら! ただ部屋があいてなかっただけですから!」
俺はソファでねるからと、不満そうなシェイクスピアを無視して毛布をひっつかみ、ヘクトールはあまり寝心地のよくない固いソファに寝転がった。
・・
次の日、ヘクトールは宿からでると、強引にシェイクスピアを引っ張ってさっさと文房具店に連れて行った。
これ以上好き勝手させてそばにいたら、ペースを崩される、とヘクトールは本能的に理解していたからだ。
そこでヘクトールは一番高い羽ペンを買ってやって、これで貸し借りはなしだ、とシェイクスピアに伝えた。
シェイクスピアは、嬉しそうに笑って、上等な羽ペンをめずらしく晴れたロンドンの太陽の日差しにかざしてくるくるとまわすと、
「大切にしましょう。ヘクトール殿。あなたにとってのトロイアのように。吾輩も、これを貴方と思いましょう」
といったのだった。
「勘弁してくれ......」
ヘクト―ルは、頭を抱えてため息をついた。
(タチの悪いエンド)
シェイクスピアはヘクトールを演劇の題材にしたこともあるというとこから。(シェイクスピア・ラ・カルト収録)