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善を殺して

燕青×シェイクスピア。暴力表現があります

 頭に流れ込んでくる、正義感、愛情、信頼、好意。
 それはオレが持ってはならないもので、持ってしまったら【悪人】でいられないほどの善性だ。
 あの特異点で、現在のマスターに『成って』から、ずっとオレは悪夢にうなされている。


・・


 記憶のなか、オレは何度もアイツを暴行した。殴った。蹴った。踏んだ。そのとき、オレはいつも善良な少年・フジマルリツカの姿をしていた。
 彼に化けるたびに、脳に彼の記憶や、感情、思考が流れ込んでくる。リツカ少年は根っからの善良なふつうの少年で、目立った取り柄などなく、それでも世界を救いたい、生き延びたいと、望んだ少年だ。
 そんな彼の感情が、頭に濁流のようにながれこんで来る状態で、オレは目の前の男を憂さ晴らしのように暴行した。そのたびに、オレのなかのフジマルリツカの感情がいやだやめろとハウリングして響いた。
 苦しい、やめろ、うるさい、オレは、オレは――――――――


・・


「ガッ......、ハッ! え、んせい殿ッ」
 そこではっと夢から覚める。
 ここは新宿ではなくカルデアで、オレはシェイクスピアのオジサンに呼ばれて仕方なく部屋の整理をしていて......。
 それなのに、オレは気がついたらオジサンを床に押し倒してその首を絞めていたのだった。
「ハ、ア......。あ~、ごめんごめん! 痛かった? いやあ困っちゃうよね。オレってば、闇の剣客だから、気配がするとす~ぐ手ェだしちゃって」
 なるべくべらべらとしゃべって、ヘラヘラと笑ってごまかす。シェイクスピアはゴホゴホと数回咳をして、退こうとしたオレの手を掴んだ。両の瞳が、興味深いものを見つけたと言わんばかりに輝いている。
「忘れられませんか? あのときのことが。悪の権化として振る舞えた、あの特異点。『根っからの悪』を演じられたあそこが恋しいのですか? 燕青殿」
「な。なにを言うんだよオジサン。オレはこうして、あの坊ちゃんに付き合ってはいるけれど、悪人なのは変わりないぜ。今だって――」
「今だって? そんな顔をして、悪人とは恐れ入りますな! 悪ぶっているだけのくせして、純悪を語るなど。燕青殿。貴方はどうしたって根は善人だ。吾輩にはそう見える」
 刺すような視線だった。言葉が刃物となって、ザクザクとオレの体を貫く。どうしようもなくなって、オレはあいた右手でシェイクスピアの頬をぶった。
「う、うるさい! なあ、オジサン。オレを怒らせて何がしたいワケ? このままオジサンのこと、オレは殺せちまうんだぜ」
「いいでしょう! やれるものならやってご覧なさい。自分の言葉を聞いてくれる主人がほしかっただけな哀れな青年よ。善良な、家臣であった男よ。今、望む主人を得て、なお悪人として振る舞えるというので?」
「黙れって!」
 がッとオレはうるさいことばかりいうシェイクスピアの顎を掴んだ。どうにか、こいつを一刻もはやくしゃべれないようにしたかったからだ。
「うるさいんだよ、黙れよ。おまえにオレのことがわかるかってんだよ!」
 そのまま、オレは思うままにシェイクスピアに暴力を振るった。それは新宿の再来ともいえた。今は仲間であるというのに、オレはすっかり我を忘れてあのときと同じように、この男をサンドバッグかなにかのように扱った。
 不思議と、シェイクスピアは抵抗をしなかった。ただ、オレの暴力を甘んじて受けていた。自己保存のスキルがあるというのに、それも使わないで。
「なんだよ、急に黙って。オレを責めろよ。なんでこんな理不尽に......」
 だんだんと、オレはむなしくなって、掴んでいたシェイクスピアの胸のリボンを手放した。シェイクスピアは、ぐしゃりと赤いラグの上に転がった。浅く呼吸をしているところから、死んではいないようだった。
 ――――こんなことは間違ってる。悪いことだ。こんなことのために生きてるわけじゃない。そうだろ。
 頭の中で、フジマルリツカの声がする。まただ。あの(新宿の)ときもそうだった。彼になってからいつもこうだ。オレの中で、アイツの声がする。アイツの、ただただ善良な正論がオレの頭を渦巻いて、消えない。
「ああ、ああ! うるさいッ! うるさいッ! 黙ってくれよ! 黙れよッ、なんだよ、オレは......オレは......」
 ガン、と拳をラグの上にぶつけた。手から血がにじんだが、それをきにしている余裕などなかった。がくりと力がぬける。まるで、自分が暴力を受けているみたいだった。善性の暴力。
「燕青殿......。ハア、そう、お泣きにならないでください。貴方は、かわいそうなひとです。悪なのに、あの善良なマスターなんかに成るから。苦しむのです」
 ぼろぞうきんのようになったシェイクスピアが、よろよろと起き上がって、力なく膝を折ったオレの頭を抱いた。それから、やさしく髪を梳いた。
「ああ、悲劇の主人公。絶対的な善に出会ってしまったがために、苦悩せざるをえなくなった、かわいそうな燕青殿。貴方を主役に、名作が書けましょう。それは名誉なことです。壇上の役者よ。だから、泣くのをおやめなさい。吾輩が、貴方の物語が素晴らしく面白いものだと保証しましょう。この、大作家ウィリアム・シェイクスピアが」
 オレは、抱かれるままに、この男に縋った。そうするしかなかったともいう。
「貴方のゆがみも、苦悩も、すべて吾輩が愛しましょう。なんといったって、これほど面白いものはありませんからな。燕青殿。吾輩は、貴方が好きですよ」
 きっと、その好きだとか、賞賛の台詞は、オレが欲しいものではないんだろうな、とは思えど、なぜだかそれが嬉しくて、オレはそいつの胸でわんわんと泣いた。
                              

(おわり)

 

 

 

 

新しんくんはいいこなんですって思って書いた(シェイクスピア・ラ・カルト収録)

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