アンチグラビティアップル
(シロシェイ。アンシェイ、エドシェイ要素あり。スパンキング、視姦、とくに誰も付き合ってないという泥沼)
「シェイクスピア。そこになおりなさい」
落ち着いた表情や声色とは裏腹に、それが怒気を孕んだものであると察知したシェイクスピアは、執筆の手を止めて地べたに座り込んだ。
「あ、天草殿......。吾輩が、なにか」
したでしょうか? と言おうとして、思い当たることがありすぎてシェイクスピアはしゃべりを止めた。シェイクスピアはとかく饒舌であるが、それは怒った天草四郎時貞の前では鳴りを潜める。というのも、彼は自身のマスターであるフジマルリツカ以上に、このサーヴァントに物理的にも精神的にも逆らえないのである。それは座に残ったかつてのどこかの聖杯を巡る戦いで結んだ主従関係のなごりがそうさせているのか、それとも天草四郎時貞というサーヴァントがもつ一種の『圧』のせいなのかはわからない。
「マスターから聞きましたよ。シェイクスピア。交換所の仕事を放棄して、召還されたばかりの謎のヒロインXオルタに任せていたとか」
「うっ、それはですね天草殿......。吾輩、立ち仕事などは向いていませんから、新人とマスターが顔なじみになるためにもコレは交代すべきだ! と考えましてですね」
「それで?」
にこにこと天草四郎時貞は聞き返すが、それがしんに笑っているわけではないということは嫌でもわかる。これは素直にあやまるべきだ、ととっさに判断し、シェイクスピアは手を合わせて彼にすがるようにしてこういった。
「ああ、もうしわけございません! 吾輩反省しておりますと、マスターにもお伝えください。粉骨砕身、この身を呈して働きますので、どうかお許しを!」
天草四郎時貞の陣羽織に手を伸ばし、シェイクスピアはその裾を握った。どこからどうみても芝居がかった仕草であり、心からそう思っているようには見えなかった。まあ、wiキャスターウィリアム・シェイクスピアというサーヴァントはそういうものである。
「なんだ、喧嘩か! クハハ、俺は退出させてもらおう!」
ちょうどシェイクスピア書斎に本を読みにやってきており、その二人の様子をしばらく見ていた巌窟王ことエドモン・ダンテスは、面倒なことになるまえにと本を閉じて一人がけのソファから立ち上がった。自分の生みの親たる『彼』が敬愛したシェイクスピアを助けてやりたいとは思ったものの、天草四郎時貞のことはどうにも苦手な彼であったので、助け船もだせずに退場と相成った。それに、人のなんとかに口をだせば馬に蹴られる、ということもエドモン・ダンテスは知識としてよく知っている。
・・
アンデルセンは、シェイクスピアの書斎に借りた本を返しに来ていた。子供の体躯には少し重い本の束を、両手で抱えて運ぶ姿は愛らしく見えるが、実際の中身はおっさんであるので、どちらかというと、どっこいせと重い教材を運ぶ大学教授に似ていた。
目的の部屋の扉を前にして、アンデルセンは腕に抱えていた荷物を下ろす。いかにも西洋式の開き戸に見えるが、カルデアの施設なため、すべて横開きのゲートタイプの様式になっている。
アンデルセンが、そのゲートの開閉スイッチを押そうと背伸びをしたとき、中から物音が聞こえてくるのに気づく。
ぱんっ! ぱんっ! ぱんっ!
断続的に聞こえるそれは、おおよそ書斎からは聞こえてこないであろうものだった。あの劇作家め、締め切り前で気が狂いでもしたか? とアンデルセンは思ったが、彼の知るシェイクスピアは煮詰まると全裸になったりする自身とは違って、追い詰められると魔王のような恐ろしい形相で一心に執筆をするタイプなので、そうではないと思い直した。
ではなんだ? 疑問に思ったアンデルセンは、好奇心を抑えきれず(それは普段の彼であればしないことであったが、彼はこのカルデアで件の劇作家と対面することによって、少し丸くなってしまっていたのだ。ネコをかぶっているともいう)まずいったんゲートに耳を当てた。
ぱんっ! という何かがたたかれている音がする。それはさっきと変わらない。しかし、それに混じって、聞き慣れた声が薄ぼんやりとアンデルセンのちいさな耳に聞こえた。
『あッ! ひっ、痛いッ!』
ぱんっ! ぱんっ! ぱんっ!
『ううっ! も、もう! お許しを......!』
ぱっとアンデルセンは慌てて耳を離した。これはどういうことだ。どきどきと、緊張と驚きで心臓が早鐘を打つ。
世界的有名な童話作家の想像力をもってすれば、なかでなにが起こっているかは容易だった。
あの劇作家が、誰かにぶたれている?
じゃあ、一体誰が。シェイクスピアはたしかに悪巧みやいたずらが好きな性分で、しょっちゅう問題をおこしてはいるが、あの愚かなほどにお人好しのマスター藤丸少年がそんなことをするわけがない。というか、しているような中途半端な人格なら、アンデルセンがわざわざこき使われてやってなどいない。
好奇心は猫をも殺す。その言葉がどういうことかわかりつつも、アンデルセンはなかを見ずにはいられなかった。賢いアンデルセンがそんな愚かなことをするだろうか、と思われるかもしれないが、この男はサーヴァント、ウィリアム・シェイクスピアに関してはそこらの恋する青少年と変わらないのだ。アンデルセン自身があざ笑う『おめでたい連中』に、自分自身がなってしまっているのは、なんという皮肉だろう。自身で自身をあざ笑いながら、アンデルセンはそっと解錠したゲートを少しだけ開けた。
・・
天草四郎時貞は、シェイクスピアの気に入りの豪奢なアンティークデスクに、シェイクスピアを誘導すると、なれた手つきで彼の襟元でゆるく結ばれているオレンジ色のリボンタイをほどくと、それでシェイクスピアの手首を前できつく縛った。
そのまま、シェイクスピアは自然とデスクに前のめりでもたれかかるような体制になった。
「シェイクスピア、頭を伏せて。お尻をあげて」
「あ、天草殿」
「できませんか? 良家の出だと聞きました。家庭で厳しくしつけられたのでは? 杖刑――お尻をぶたれたことはない、なんていいませんよね。それに、私にされたのも一度ではないでしょう」
「ま、まあ、そうですが。そうですが! 毎回毎回こうして少年に尻をぶたれる吾輩の気持ちというのも考慮していただき――――」
「素直に、言うことが聞けますね。キャスター」
日本には、罪を犯した者をぶつ杖刑というのがあったらしい。それは彼が生きた時代だったかどうかは知らないが、シェイクスピアが悪事を働くと、決まって天草四郎時貞はそれをした。
その行為に対してシェイクスピアは、毎回文句は言えど、本気で逆らおうという気にはならなかった。そもそも、『このものに逆らおうという気自体』が天草四郎時貞を前にするとなくなってしまう。とくに、彼から『キャスター』と呼ばれると。シェイクスピアにとってそういうサーヴァントなのだ、彼という者は。
「では、シェイクスピア。仕置きです。許しを誠心誠意請い、謝って、もうしないと誓ったら、やめてあげましょう」
天草四郎時貞は、にこりとアルカイックに笑って(それは十七歳の少年の姿には似つかわしくない笑みだった)、シェイクスピアに告げた。ここまでくるとどうしようもなく、シェイクスピアは「はい」と言うことしかできなかった。
・・
アンデルセンが覗いている扉の向こうでは、見知った二騎のサーヴァントがいた。
うち一騎のサーヴァントとはアンデルセン自身はあまり交流したことはない。なぜなら、聖なる皮の向こうに見えるゆがんだなにかが、アンデルセンを彼――天草四郎時貞から遠ざけていたからだ。(まあ、そもそも、アンデルセンは、聖職者キャラというもの自体が苦手だ。)
その天草四郎時貞は、いつも大事に腰に下げている刀で、もう一騎のサーヴァント、シェイクスピアの尻をぶっていた。
ぱんっ! ぱんっ! ぱんっ!
「うあっ、申し、わけッ! ありません!」
「本当にそう思っていますか? 貴方はすぐ悪さをして迷惑をかけますよね。反省したことなど、一度もないのではありませんか、シェイクスピア」
「そ、そんなことは、ありませんとも。吾輩、きちんと反省しております」
「本当に? 貴方は役者ですからね。反省の態度を演ずることなのたやすいでしょう。本音で話さない悪い子には、さらにお仕置きですね。反省してください」
ぱしんッ!
「ぐっ!」
鈍い音と、シェイクスピアの悲鳴が書斎に響きわたる。当然、これでおわりではない。二発、三発と、典太光世がシェイクスピアの尻に振り下ろされる。
「ひ、す、すみませんッ! ああっ! あッ! ううッ!」
ぱん! ぱん! ぱん! と、たたくたびにシェイクスピアは発情した雌のような声をあげた。だんだん艶めいていくそれに、アンデルセンの幼い陰茎は自然とふくらんでいた。
「クソッ、なんなんだこれは」
アンデルセンは頭を抱えて、うずくまった。シェイクスピアが? 天草四郎時貞に?
ぐるぐると思考は脳内を巡るものの、血が自然と下半身に集まって思考がうまくはたらかない。なぜそうなっているのか、理解がおいつかず、興奮ばかりがアンデルセンを支配する。
「ひっ、ううッ! 謎のオルタ殿にぃッ! 任せてッ 交換所から逃げたりしてすみませんでした! 謝るからッ あの! ひっ、も、もうやめっ」
尻をぶたれながら、シェイクスピアは何度も天草四郎時貞に許しを乞う。ただ謝罪をしているだけなのに、それはどこかうれしそうに聞こえた。
「やめて、と。ほんとうに?」
天草四郎時貞は心底不思議だという風に言った。首をかしげる仕草は、うつくしい少女めいてアンデルセンの目に映った。背徳を感じながら、早く逃げた方がいいと思いながら、アンデルセンはそこから動けない。
天草四郎時貞は、シェイクスピアの衣服に包まれた臀部を、ぎゅっとわしづかんだ。
「いっ!!!」
刺すような鋭い痛みに、シェイクスピアはよく動く表情筋を動かして、苦悶を表した。そのまま、縛られた手に顔を埋める。
「痛いですね。でも、それだけ? ねえ、キャスター」
「痛いッ! いたッ、あっ、まくさ、どのッ! だめっ、ですからっ」
天草四郎時貞は、遠慮なしにシェイクスピアの尻をもんだ。たたかれたばかりで、赤く腫れ上がっているであろうズボンの下の皮膚が、引きつれてじんじんと痛んだ。
「は、ふッ、ン......」
シェイクスピアは、しばらくふうふうと耐えるような荒い息を吐いていたが、それがどんどんと熱っぽいものに変わっていく。シェイクスピアの座り仕事で若干だらしないともいえる臀部のまろい曲線を、天草四郎時貞はいとしいものを慈しむように何度も何度もしつこくなぞった。
「痛いのがんばりましたね。偉いですよ、キャスター。ごめんなさい、いえますよね」
「あ、ああッ、そ、それ、嫌ですっ。じんじんしてるの、触られるのいや、気持ちがよくて、あッ、ひぐっ、変になりそうですっ! ごめんなさい、マスターッ」
すっかり前後不覚になったシェイクスピアは、マスター、と口走って天草四郎時貞に謝罪し許しを請うた。
「ますた、ますッ、やだ、ああッ。嫌ですッ」
それを聞くと、目を細めて天草四郎時貞はうれしそうに「痛くしてすみません」とシェイクスピアの頭をなでた。
・・
とびらからそれを覗いていたアンデルセンは、一連の流れを吐き気を催すほどに気持ちが悪い、と感じた。なんだ、なんだんだ。
しかし、同時に、シェイクスピアの痴態に興奮もしていた。
「ああ、クソッ。悪趣味なごっこ遊びに巻き込まれたッ」
アンデルセンは、頭をぐしゃぐしゃにかき混ぜて、勃起した自身の陰茎をてにとって、不器用に擦った。
思い浮かぶのは、どろりと溶けて白痴のようになったシェイクスピアのいとけない顔と、甘い声だった。
・・
「アンデルセンが見ていたぞ」
ほとぼりがさめたころ、書斎にふらりともどってきたエドモン・ダンテスが、馬に蹴られる覚悟で天草四郎時貞に言うと、彼は困ったような顔をして、「みっともないところを見せてしまいました」と言った。
シェイクスピアは、ソファですうすうと寝ていた。仕置きで疲れたようだった。
「不肖の子が、いつまでも言うことを聞かないものですから......」
申し訳なさそうに言うそれがポーズだと知っているので、エドモン・ダンテスは特になにも言わず、書斎の本を手に取った。読みかけだったのだ。ウィリアム・シェイクスピア著『から騒ぎ』。最近、著者本人に自信満々に押しつけられ、律儀に彼はそれを読んでいる。
『人間はとかく、我が手の内にある大事な物を、値打ち通りには認めぬもの、手を放れて初めてその価値に気づき、手元にあった時、自分のものであるが故に隠されていた美点が見えてくるのです』
「巌窟王? 何が言いたいので?」
天草四郎時貞は、手元の本を読み上げるエドモン・ダンテスを鋭くにらんだ。ルーラーとアヴェンジャーであるだけでもサーヴァントとしてののありかたが相容れないのに、皮肉まで言われてはかなわない。エドモン・ダンテスは、そしらぬふりで、シェイクスピアがマントにくるまって寝ているオソファに座ると、天草四郎時貞を見もせずこういった。
「そのままのことだ。あわれな裁定者よ。俺は、俺の欲のままふるまう。だが、お前はそうではあるまい? 身のうちにある、汚らわしいほどに腐りきった欲望を、ニュートンも驚きの逆引力で聖なる木にぶら下げている愚か者め。いつか、地獄を見るがいいさ」
「地獄なら、もう見ましたよ。二度ほど」
「......付き合ってられん」
はぐらかすように言う、天草四郎時貞にそういうことではないと言いたかったが、モヤをつかむような会話に嫌気がさしてエドモン・ダンテスは読書に戻った。
(駄作につき、終止符はうたれない。いつまでも続いていく)
スパンキングが書きたかった。(シェイクスピア・ラ・カルト収録)