As you like to die
(ランヴェ ケーキバースだけどわりと関係ない)
世の中には3種類の人間がいて、そのうち2種類は「フォーク」と「ナイフ」と呼ばれている。
なぜそうなのかは、俺は知らない。世界のしくみがそうだっただけ。 俺はフォークでもケーキでもないから、現実感がないだけかもしれなかった。 実際、ケーキやフォークになる人間はごく少数だし、どちらでもない人間はそれを感知することすらできない。
ただ、フォークの人間は、ケーキの人間を前にすると、食べたくてしかたなくなるらしい。もちろん、食べるって言うのは、そのままの意味で。
そんなカニバリズム的衝動に駆られたフォークが起こす食人事件はままあって、ニュースで報道されるのを俺たちどちらでもない人間は怖いなあ、とぼんやり他人事のように思うだけだ。
犯罪者予備軍として扱われるフォーク、そして、その被害者としてテレビやネットニュースに載るケーキ。同じ世界のことなのに、どこかファンシーな呼び名のせいで、フィクションの出来事のようだった。
ただ、それは俺の思い込みで、ケーキもフォークも全部ノンフィクション、脚色なしのリアルだと思い知らされたのは、俺の幼なじみが〝食べられそうに〟なって帰ってきたせいだ。
俺の幼なじみで親友のランスロットは、ケーキだった。嘘みたいな話だけど、本当だ。
・・
ケーキは、自分が〝そう〟であることを知る方法を持たない。ランスロットみたいな例――つまり、食べられそうになってはじめてケーキだと知るということだ――はよくあることだそうだ。
警察は、ランスロットに国が運営するケーキ保護施設に入ることを勧めた。もちろん、俺もそうするべきだと思った。だって、今回の犯人がとっつかまったとして、ランスロットがケーキであるという事実は変わらない。死ぬまで、犯罪に巻き込まれるリスクを追わなければならない。
ランスロットは、他のケーキがするのとおなじように、保護施設にはいることになった。同意書にサインするランスロットに、俺は、「休みの日は絶対会いにいくからな」と声をかけた。
「大丈夫、お前がいなくても、うまくやるさ」
ランスロットは、ぎこちなく笑ってそう返事をした。
・・
ランスロットが、俺とくらすアパートから出て行く日の夕飯は、ビーフシチューにした。ランスロットたっての希望だった。
スーパーで、パッキングされた「フェードラッヘ産ビーフ」というシールがぴかぴかと光る肉を手にしながら、ぺたりと「フェードラッヘ産ケーキ」というラベルを貼られたランスロットを想像した。
スーパーの外では、さいきんよく聞く、デモ隊の叫び声が響いている。
〝フォークは犯罪者予備軍ではない! フォークにも人権を!〟
俺はそれに続けて、ケーキが安心して暮らせる社会を、と心の中でつぶやいた。
これも最近テレビで聞いたりポスターで見たりするお決まりの文句だった。
同じ人間なのに、と俺はやるせない気持ちになった。
家に帰って、ランスロットにふるまう牛肉をミートハンマーで強く叩きながら、世の中はままならないものだ、と感傷的な気持ちになった。やわらかく伸ばされた牛肉が、ランスロットの声で〝俺は食肉なんかじゃない!〟と俺に語りかけた。俺はそれをかき消すように、ダン、ととりわけつよくハンマーを振り下ろした。
多分、だれも悪くないんだ。ケーキはすきでおいしく生まれたわけじゃないし、フォークだって、そうなりたくてケーキ以外のものに対する味覚を失うわけじゃない。
ケーキでもフォークでもない俺が、何を考えたところで彼らのきもちを分かってあげられるはずもないのだけれど、思考は止められなかった。
「普通」の俺が、そうじゃない人間の悲しみをほんとうのところで分かち合えるわけはないのに、それでも、俺はランスロットの気持ちをどうしても分かってやりたかった。
・・
夕食どき、俺は一枚のカードをランスロットに見せた。最後の晩餐に似つかわしいように、つとめて明るく。
「何だ、それ」
ランスロットは、肉をほおばりながらそういった。
「臓器提供のカードだよ。俺なりに考えて、貰ってきた」
「は、なんで」
「なんでって、俺がそうしたかったから。俺は死んだらさ、全部だれかの一部になるんだ。最近の医療技術はすごいな、ほんとのほんとに全部、きれいさっぱり使ってもらえるんだってさ!」
いやあ、すごいなあ、と俺が笑うと、ランスロットはポロリとスープスプーンを手から落とした。カチャン、と金属がテーブルにぶつかる音が部屋に響く。
二の句が継げないとは、こういうことだなとランスロットを見ながら俺は思った。
「俺、ケーキじゃないけど、こうしたら、少しでもランちゃんの気持ちが分かるかなって。どうせ。保護施設で死ぬまですごして、死んだら研究に使われるんだろ。そういう同意書だって、馬鹿な俺でも分かった。だからさ、俺も、ただの人間だけど、ランちゃんと似たようなことして、それで、」
舌が異様なほどよく回った。ランスロットは、「違う、そうじゃない」とか、「お前は普通のままで」と口を挟んだけれど、俺の決心は鈍ることはなかったし、喋る口は止まらなかった。
「俺は、ずっと、お前がなにものだって、変わらずそばにいたかったんだ。俺だけフツーに死ぬんじゃ、ランちゃんさみしいだろ。でも、俺はどこまでも変わらない、お前の親友だから」
だからさ、泣かないでくれよ。俺は、俺も、国のものってラベルを貼って貰ったから。
ランスロットは泣くのをやめなかった。
おわり
ケーキバース関係ねえ