地獄のそこにて
(モブ×生前しょたシェイクスピア。ペどいし捏造祭り)
朝目を覚まし、掃き溜めのような寝床から起き上がって外を見ると、ただでさえ薄暗いイギリスの空を分厚い雲が覆っていた。これは雨が降るだろう、そう思うがどうせ防ぐ術はない。傘なんていうものは貴族のお坊ちゃんだけが持っていればいいもので、没落したウィリアム・シェイクスピアには関係ないことだった。
案の定、日中あの手この手で金策に励むうちに雨が降りだしてその日の「仕事」はおしまいになった。どれほども稼げてなどいない。これでは今期のフィナーレを見れるかどうか。最悪とは言えないが、良くはない日だ。そんな少年を嘲笑うかのように、すぐさま雨脚は強まった。大量の雨粒が地面に打ち付けられる音は、裏路地で行商をしている胡散臭い東方の爺がムシロを引き摺る音に似ていた。訂正しよう、最悪な日だ。
そんな日だというのに、没落してから人が変わったようになった父親はまた勝てもしない博打に精を出していたらしく、帰ってきたのは夜遅くだった。
懐と同じくらいに寂しい頭のてっぺんから履き潰して穴の空いた爪先までぐっしょりと雨に濡れて惨めな姿でぼろ小屋に入ってきたかと思うと、父は戸棚から酒瓶を引っ張り出してきて乱暴に机に座り、がぶがぶとらっぱ飲みをした。飲めたらそれでいいのか、それとも腐った頭と同様に舌まで馬鹿になっているのか、メイドによって水で薄められたものだとは気づくそぶりもない。
「ああ、畜生。最悪な日だ」
今日はいけると思ったのに、と吐き捨てて酒瓶を投げ捨てる。ガチャンと音をたてて割れ、地面に散らばった。片付けるのはどうせウィリアムに違いない。父親はそのまま悪態をつきながら、寝床へ行った。拭くものを持ってこい、とウィリアムに鳴り付けるおまけ付きだった。
生憎この雨でいつも使っている布巾は乾いていなかったので、彼は拭けるようなものを探さなければならなかった。あんなやつにしてやることなどなにもないのに、小間使いの様にいいように扱われているといことに吐き気を催す。ウィリアムにとって父親というものはこの世で一番嫌悪すべき存在であった。
ようやく物置からぼろ雑巾を見つけ、父ががいる寝床へ行こうとすると、ゴンゴンと玄関をノックする音が聞こえた。こんな夜更けに来る客人なんて、ろくなものではない。そもそも、今の父親の客自体がろくなものではない。けれど、かわいそうな少年は出なければならなかった。段々と激しさを増していくノック音に苛立った父親が、ウィリアムを怒鳴り付けたせいだ。
「すみません。遅くなりまして」
「おや、君は息子さんかね。こんばんは。ジョン・シェイクスピアさんはご在宅だろうか。リチャードソンと言えば分かるだろう」
「............今、呼んできます」
激しいノック音にしては、紳士的な男が出てきたなと幼いウィリアムは思った。身なりもかつての父ジョンが議会に出て行くときに着ていたような、ちゃんとしたイギリス紳士のする格好であった。黒々とした高そうな杖など、この仮住まいのぼろ屋一軒よりも高そうだ。けれど、寝床のジョンにリチャードソンという名前を伝えると慌てたようにすっ飛んでいったので、やはりろくな男ではないのだろう。
後を追ってみると、ちょうど男が居間に通されたところだった。ジョンはすっかり曲がった背を更に丸めて、リチャードソンという客に対してへこへことこびへつらっていた。これは借金取りか、もしくは腐った警官か。博打の損がかさみすぎたか。人に言えない汚いことに手を染めて堕落のるつぼに落ちていった奴の息子なんてやっていると、それだけで大体予測がついてしまうものだ。
「シェイクスピアさん、分かっていらっしゃいますね」
「ああ......、はい。もちろん。もうすぐまとまった金が手に入りますので、そうなればすぐにでも......」
「シェイクスピアさん、お分かりではないようですが」
「ええ、いや、ですから、金ならもうじきーーー」
「シェイクスピアさん」
ガン! と客――リチャードソン氏は杖で床を叩き、ジョンを威圧した。
「借り入れ手数料」
「は?」
「手数料です。本日、お受取りしなければならないんです。私はそれを受けとらないと帰れないのですよ。分かりますか、シェイクスピアさん」
ああ、こいつは借金取りだ。初めて見る顔だから、この男の組織から金を借りたのは初めてなのだろう。ドアの陰でウィリアムはため息をついた。ぽかんと間抜け面をして客を見ているジョンは、金利なんていうもののことなんて全く知らなかった様だ。いや、ひょっとすると忘れているという可能性もある。とんだ馬鹿だ、阿呆だ。知らなかったでは済まないだろうに、ジョンは知らない、話が違うなどと喚き散らしている。もちろん男は聞く耳をもたない。手にした杖ですがりつくジョンを容赦なくぶった。
ウィリアムはそれを黙って見ていた。心はちっとも痛まないし、ましてジョンを気の毒に思うなんてこともない。ただ、この後の決まりきった展開のことを考えて、面倒だと思うだけだ。
「手数料、払えるんですか、払えないんですか」
「......ぐ、うう......そんな金、今はありませんよ......全部スっちまって......」
「それで?」
「ひっ、だから、だから......」
男の振るう杖にすっかり怯えてしまったジョンはなんとかその場を切り抜けようとして、何か金の代わりになるものを探したのだろう。視線をふらふらと彷徨わせた彼の目と、ドアの陰で様子を伺っていたウィリアムの目が合った。そうだ、息子だ。とジョンは思ったことだろう。ウィリアムは、ああようやくかと思った。このまま長引くぐらいだったら、自分から出ていってやろうかと考えていたくらいだった。
「ウィリアム! む、息子の、コイツを手数料分だけこき使ってください! な、なんでもいい、コイツはなんでもやります。いや、やらせますから......どうか、それで......ぎゃっ!!」
「寝ぼけたことを言わないで下さいよ、シェイクスピアさん。私はね、手数料を頂けないと、帰れないんですよ。そういうことになっているんです。だからね、あなたの息子さんなんて持って帰ったところで飯の足しにもならないどころか、私の面目丸つぶれなんですよ。分かりますか?」
「いだっ、わ、分かった! じゃあ、待ってくれるだけでいい! 必ず、工面するから!」
「なんで貴方が提案するんですか。要求しているのは私です。貴方ではないでしょう」
元・貴族でしょう。口の利き方くらいちゃんとしてください、と丁寧な言葉遣いでなじりながら男はまた数回ジョンを軽くぶった。犬の調教にも似ている。いや、おそらく男はジョンを躾けているつもりなのだろう。借りる側と貸す側の上下関係を認識していない命知らずに、どちらが上か分からせるには暴力が手っ取り早い方法だ。
「......まあ、いいでしょう。息子さんをこちらで預かります」
「ほ、本当か! おい、ウィル、いるんだろう。さっさと顔だ――――いだっ!」
「話は最後まで聞くものですよ、シェイクスピアさん。話半分で手を出すと、大概痛い目に遭う」
「は、はいっ」
「当たり前のことですが――、手数料の期限引き伸ばし代として息子さんを頂くわけですから、好きに扱わせてもらいますからね。息子さんが冷たくなって帰ってきたとしても、当方は責任を取りません」
ジョンは男が言い終わるやいなや、強く首を縦に振った。すっかり没落し妻にも見放された今のジョンにとって大事なのは金と酒である。息子のことなんて、どうなってしまっても構わない。そういう奴なのだ。ずる賢くて、自分のことしか考えていない男なのだ。少なくとも、ウィリアムにとってはそうだ。
そうなれば話は早かった。一も二もなくウィリアムは男に連れていかれ、ジョンは静かな夜を手に入れた。取りあえずは明日、明日払えなければ明後日、明後日払えなければその次......と最大で一週間は延ばすことができる契約だ。どうせ、丸々一週間働かされるだろうことは予想は付いている。お前は賢い、死なない程度にこき遣われてこい――笑って自分を送り出したあの顔を見れば誰だって分かることだ。
男は思った通り、ウィリアムを売春宿へと連れていった。カトリックは同性愛を固く禁じていたが、どの時代でもアウトローな部分は存在する。そういうわけで、売春宿でのこどもの需要というのは一定だが存在するのだ。
「私にはそういう趣味はないが、君のような中性的な子はその筋にウケがいいのでね。精々頑張って早く利益を出してくれたまえ。手数料分は今晩のうちに稼いでもらわないと、私が叱られる」
男の口振りだと、ウィリアムの稼ぎを手数料として上に渡すつもりのようだった。手数料は一晩で稼げる金だったので、あとは男の懐を潤すのだろう。金貸しの下っ端がこうして私腹を肥やすのはよくある話で、他の機関からジョンが金を借りていたときにも何回も目にした。どいつもこいつも腐っている。ジョンも、この男も、そして自分も、同じ掃き溜めの中に生きている。ウィリアムはそれが我慢ならなかった。自分は、自分だけはここから逃げ出してやるのだ、というのがウィリアムの小さな体に余りあるほどの大きな野望であった。家名をとりもどし、自分はかがやく舞台の上へ――。そのためならなんだってやれる、それが頭の悪い変態どもの相手なら楽なほうだ。
・・
とんでもない美少年が入ったらしいと聞いた、ということを言ってやって来たのは舐められるのが好きな中年男だった。男はウィリアムを見るなり上機嫌になって、いくらだということを聞いた。とりあえず手数料ぴったりの額を言うと、男は安いねと言ってその分だけを前払いでくれたので借金取りにくれてやった。借金取りはウィリアムのことを金のなる木を見るような目で見たので殴り付けてやりたくなったが、今はこのお客を満足させなければならない。
「ん...ふ、んむ...............」
「いい、いいよ............、もっと舐めてごらん」
「......んっ、ふ」
じゅぷじゅぷとわざとらしく音をたててしゃぶれば、男は馬鹿みたいに声をあげて喜んだ。なるべくはしたなく、下品に唾液を絡ませてやると、「美味しそうにしゃぶるね」なんてにやにや笑って言う。
美味しいわけがあるまい。そんなにうまそうに見えるなら、一回自分もしゃぶってみたらいい。裏筋を下から上に向かって舌を這わせながら、ウィリアムは心中で悪態をついた。そのまま亀頭にかぶりついても雄臭い先走りの味がするだけだったが、男を喜ばせるためにウィリアムはうっとりとした顔をしてみせた。もちろんそんなの演技だ。
「...ん、.........んん.........」
「気持ちいい、気持ちいいよ、ウィリアムくん!」
「うむっ、ふ、ん、んっ............」
「もっと、もっと奥まで咥えてくれ!」
「っ、ぐ、............ふぐううっ!!」
それに気をよくした男は、腰を動かし奥まで押し込んできた。苦しい、吐き気がする。息が出来ない。顎が痛い。やったことがないわけではないが、心の準備もないままに無理矢理突っ込まれて頭がどうにかなりそうだった。
「ウィリアムくんっ、ウィリアムくんっ!」
「んぐうっ、んっ! んんっ、ん!!」
男が腰を動かす度にぐぷぐぷと唾液がかき混ぜられ、喉の奥を突かれる。苦しいなかでなんとか鼻で息をすると、今度は臭いにやられた。むせそうになって反射的に唾液を飲み込むと口の中に入っているものの形が分かってしまって、嫌悪感を覚えた。喉の奥まで犯されて、口の中をかき回されて、気持ちよくなどなれるものか。顎は痛いし、酸欠で気が遠くなりそうだった。
すごいよ、女の子の中みたいだよ、なんて興奮した男の声が遠くから聞こえた。そんなに入れたいのなら、女の股にでも突っ込んどけばいいのに、何が楽しくてこんなことをするのかウィリアムには理解不能だった。変態め。
「ほら、君の口がいやらしいから、おじさんもう出しちゃうよ! いいよね!」
「んっ、ぶ、ぐっ、んーーーーっ!」
信じられないことにそのまま口の中で男は射精し、ごぼり、とねっとりした精液がウィリアムの喉奥に注がれた。ウィリアムはひどく咳き込み、精液を吐き出した。飲んでやる方が客受けは良いだろうが、ウィリアムにはそこまでのサービス精神はない。
「か.........っ! ゲホッ、ゲホッ! が、はっ」
「ありゃ、飲んでくれないのかあ。まあこれはこれで、いい眺めだけど」
「んっ、はあっ、はあっ......」
「きれいな顔がぐしゃぐしゃだね」
ベッドの上に這いつくばって荒く息をするウィリアムを男は引き寄せ、後ろに手を回した。男の手のひらで覆えてしまう小さな尻をなで回すと、ウィリアムはたまらず声を漏らした。鼻から抜けるような声だ。淫乱だね。こういうこと、今までに何回もしたことがあるのかな。男が上機嫌に言う。そうだ、はじめてはエレメンタリースクールのとき。先輩に倉庫に連れ込まれてレイプされた。それから、行きつけのパン屋のおやじさん。優しくていい人だったのに、おやつをおまけしようと言ってウィリアムを連れ込んで、犯した。今までもこんなことは何回もしている。別に男にやられるのが好きなわけではない。単純に稼ぎがいいからだ。稼ぎがよければ、観劇にいける。あの、自分の憧れるステージ、役者、そういったものに触れることができる。それは、ウィリアムにとって地獄の中の光であり、自分のからだなんかよりも大事なものだった。
「次は、こっちかな」
男はベッドサイドに置かれた小瓶を手に取ると、自分の手のひらに出した。香油だろう。この男は変態だが売春宿にやってくる連中にしてはまだ生易しいほうだ。縛るだとか、慣らさずに突っ込んで痛がるのを見るのだとかが趣味なんて言うやつもいて、そういうやつの相手をするのは本当に骨が折れる。
「ひ、んっ」
冷たい手が再度後ろに這わされ、ウィリアムの背がしなる。男の胸を押すように突っ張りかけた手は男に抱き込まれたことによって折りたたまれた。男はそのままべとべとした手で一回二回と油を塗りこむようにさすり、指をねじ込んだ。
「いっ......、うぐ、ふ、ぁ」
「ひひ、痛いかな? でも、どうせすぐ気持ちよくなるんだろう?」
「っ、あ! う、んん!」
肉壁が押し開かれる感覚に、喉から喘ぎ声が出る。ぐにぐにとかき回されるうちに指は一本から数本になっており、それがばらばらに動くと不快感で喉がひきつる。気持ち悪いが、男が興奮するようになるべくイイコがあげるような嬌声を心がけてやる。たまに本物のうめき声が混じるが、それくらいがリアルでいい。
「あ、あ、うぐっ! ふ、ああっ......っ」
「元気いいねー。いいとこ探そうと思ったけど、こんなんじゃわからないな」
太い指だ。ソーセージみたいな指のくせに、よく動く。何回も出し入れされるうちに、ぐちゅぐちゅと嫌な音が聞こえるようになった。十分ほぐれている様に感じるのに、男は執拗にほぐし続けている。ウィリアムの嫌いなパターンだ。こういう売春宿は一晩でいくら、と決まっているのでセックスする時間は短いほうがウィリアムの負担は軽くなる。早く突っ込んで満足してもらったほうがやりやすいのだ。
「いっ、ああ......、は、ふ、うくっ」
「どこ触っても気持ちよさそうなんだもんねえ。これ、いいとこ触ったらもっとぐちゃぐちゃになるの? それとも全部いいとこだから関係ない?」
「う、んっ、そんなことどうだって、んあ!」
「お、やっと喋ったねえ。それがね、大問題なんだよ。私は男の子がお尻をいじられて、女の子みたいに感じてひいひい言うのを見るのが好きなんだ」
だからほら、こっちには触ってあげてないだろう。空いた手で、ぴんと前をはじかれてウィリアムは息をのんだ。生易しい、なんて思った自分が馬鹿だった。面倒なやつを引いてしまった、と苦々しい思いになる。これはぐずぐずのどろどろになるまで放してもらえないだろう。もしくは、そういうふりをするまで。
「やだな、嫌そうな顔しないでよ。あんなに美味しそうにしゃぶってくれたのは、演技かい」
「あッ!? や、あ、ひぃっ! そんな、かお、んっ! してな、」
「してたさ。『面倒な客が来た』なんていう顔をね! ああ、売春宿の子って、お仕事って感じあるのどうにかならないかな。ちょうどいいとこも見つけたし、素直になれるようにここばっかりいじめてあげる」
「あっ、ああっ! へ、んっ、けんだ! ひっ、ううう」
ばらばらに動いていた指が一点を責めるようになり、ウィリアムは一際大きく喘いだ。ぐりぐりと押されるたびに、背筋にぞくぞくと寒気がはしる。腹の中がかっかと燃えた。痛みに頭がびりびりと痺れて、眩暈がした。まずい。非常にまずい。これは完全にウィリアムに不利な展開だ。適当に終わらせるつもりが、男のいいように扱われている。屈辱に身を震わせたつもりが、男のせいで快感に身悶えているようにしかならなかった。
「可愛くなってきたね。やっぱり、こうじゃなくっちゃ」
「う、や、そこっ...そこばっかり触るんじゃ、ああああ!?」
「言っただろう? 私は君が気持ちよくなってひいひい言って泣くまでやめないって」
「あ、あ、ふうううう、し......しつこ、い! っ、あ!」
「いいね、それが素かい? もっと気持ちよくなろうか」
男の指の動きは止まらない。いいかげん頭がおかしくなりそうだった。なんせ、ウィリアムはまだ達していない。これだけ刺激を与えられて、高みに上らされているというのに、肝心なところは触らないのだ。前は触らない、と男は言った。そう言ったからにはそうするだろう。この男は恐らくそういうやつだ。
「っ、や、も、やめ...、ひ、あ、あッ」
は、は、と犬のように喘ぎ、よがる。もう上手く思考がまとまらなくなっていた。早く楽になりたい。こんな自分の手に余るような規格外の男との性行為なんてなかったことにしたい。ウィリアムはそんなことばかり考えていた。それも時間の問題だ。じきにそれも考えられなくなる。男の指が動くたびに、男がなじるたびに、ウィリアムは男の肩に頭を押し付け、腰をもの欲しそうに揺らした。ずり、と男の腹にぐずぐずの自身が擦れる。この際それでいい。吐き出せるなら、この宙ぶらりんな状態から解放されるなら。
「あっ、あ、あーーっ、あーーー......は、う、え?」
「こら、一人遊びは感心しないな。というより、意外だな。後ろだけじゃだめなのか」
腰の動きを止められて、ウィリアムは間抜けな声を上げた。気づかれた、揶揄された、ということがウィリアムの自尊心を傷つける。乱れる「フリ」をしているいつもの自分なら、そんなこと意にも解さないだろう。何を言われようと、自分の手の上で踊っているという事実だけでただの戯言にしか聞こえない。
「まあ、そっか。子どもだもんね」
しかし、これはウィリアムを怒らせた。客でなかったら黙って聞いてなんかいなかっただろう。よしよし、とあやすように頭を撫でてくる手を払いのけて、股を蹴りあげてやったかもしれない。別に客からの報復が怖いのではない。ただそんなことをしたら、ますます男の言葉通り子どもっぽくなってしまうと分かっているので、ウィリアムは黙っているしかなかった。
「大丈夫だよ。前なんか触らなくても、気持ちよくなれるさ」
男はウィリアムのすっかりほぐれた尻に、ぎんぎんにおったてた逸物を当てると、そのまま腰をつかんでいきおいよく突き立てた。
「ひぐっ、あっ、いだっ! くるし、うッ」
ウィリアムは、突然の挿入にびくびくと震えて、痛がった。あまりに思い切り男がぶちこむものだから、狭いこどもの直腸は大人の大きな陰茎をのみこみ切れず、ウィリアムの白くたいらな腹は、ぽっこりと膨らんだ。
「ああ。苦しかったかな。おなか、おじさんのかたちになってかわいいね」
「う、んん、う......。う、うるさ、ひぐっ!」
「でも、ウィリアムくん。かわいいこどもちんちんすっかりおおきくして、だらだらにえっちなお汁だしてるじゃないか。きゅうきゅう締め付けてくるし、そんなにおじさんのおちんちんおいしい?」
調子づいたように、男は興奮してウィリアムを下品な言葉でなじった。ウィリアムは、屈辱的だと思えど、体が全く言うことをきかない。初めてスクールの先輩に犯されたときも、パン屋のおじさんにレイプされたときもそうだった。
ウィリアムは、決して勝てないのだ。男たちから与えられる快楽に、もうすっかりならされてしまって、口では嫌がるそぶりを見せたって、気持ちの面では気持ち悪いと思っていたって、すでにもう体か屈している。
それに、男たちが自分に夢中になって賞賛の言葉をかけてくるのは、悪くはなかった。かわいいね、いいこだね、えらいね。最高だよ。そんな風にウィリアムを抱く男たちは口々に言う。まるで、憧れの主演男優にかけられるようなそれは、ウィリアムの自尊心を満たした。本人は全く気づいていなかったけれど。
「はあ、まっ、まって! そ、む、むりッ......!」
「むりじゃないよね。だって、こんなに気持ちいいってしたのおくちはいっているもの」
「だめっ、あッ......! う、ううう、ふぐっ、うぐ、あ、う、んん......!」
「いいこいいこ。おじさん、射精するから、うけとめてね」
「へ、あ、本番は無しって、宿の決まりに」
「男の子だから大丈夫だよ。ほら、いくよ、おじさんの精子だよ!」
「あ、っあ! あ......あ~~~~~~~ッ!」
ウィリアムは、男の射精とともに体を震わせて、のけぞって達した。未通の陰茎はなにも吐き出しはしなかったが、腹のなかはザーメンでふっくらとして、男が性器を抜くと、ごぽごぽと精子があふれた。
「最高だったよ。はい、お金。また抱かせておくれよ」
精液まみれで、だらりとベッドに転がるウィリアムの横に、男はお金を置いて去った。
乱れた衣服、汚れた体のまま、ウィリアムは目を閉じて眠った。
・・
「――――起きたかね? ウィリアムくん」
「ああ、教授――――。いささか、悪い夢をみたようなきがします」
パチリと目が覚めると、ジェームズ・モリア―ティの顔がそこにあった。シェイクスピアは、ふかふかのソファから起き上がると、あくびを一つした。
「悪い夢とは、それは気の毒だネ! まあ、紅茶でも飲みながら暖まるといい」
ジェームズは、シェイクスピアの手をとると、スコーンと紅茶が並んだテーブルの前に座らせた。
「ああ、とてもおいしそうですな」
「私が作ったのではないよ。巌窟王が、キミにと。ここ(書斎)の連中が皆心配するほど、うなされていたからね」
「ああ、そうでしたか。吾輩もよくわからないのですが......。遠い昔の......いえ、よしましょう。そんなことより、イギリス紳士として、アフタヌーンティを楽しまねば!」
「キミは、ごまかすのが得意だネェ。そうやって、『あのとき』もマスターを?」
「......? 教授、なにか?」
スコーンにクロテッドクリームを塗りながら、シェイクスピアはきょとんとした顔をした。自分の話はよくするくせ、人の話はあまり聞かないサーヴァントである。
「いや、なんでもないよ。さあ、おいしい紅茶とスコーンで、みんな忘れてしまおうじゃないか!」
ジェームズは、笑って言った。その笑みが示すところは、どういうものであったか。スコーンをほおばるシェイクスピアにはわからなかった。
・・
「私のモルヒネをぬずんだのはキミかね」
ホームズは、安楽椅子にすわって、ジェームズに向かって言った。
「ハ! だとしたらどうだっていうのかネ? 私は天下の大悪党! キミのモルヒネをちょいと拝借するくらいなんてことないさ」
「まあ、どうだっていいのはたしかなんだが。自分でつかった痕跡はないようだ。そしてキミから匂う甘い香り。大方巌窟王のいる書斎にでもいっていたのだろう。フム。......また、キミはウィリアム・シェイクスピア氏にちょっかいをかけているのか?」
ホームズは両手をくちもとであわせて思案すると、そういうことをいった。
「ああ、これだから名探偵ってヤツは嫌いだ。私のプライベートを覗いて楽しいかネ! このサイコパス。トマトぶつけんぞ」
「ああ怖いね。私は、あまりこういうことを言うのは好きじゃないのだが――キミはモルヒネを彼に投与して、なにがしたいんだ? ああ、聞くまでもないか。『新宿の再現』それを狙ってるんだろう」
「ハア? なんのことだか。私はウィリアムくんにちょっと気持ちがよくなって、夢を見られるような薬をあげてるだけさ。その延長線上で、『あのこと』を思い出してくれれば、とはおもっているけれど」
ジェームズ・モリア―ティはにやりとあくどい笑みを浮かべると、ふぁさりとマントをひるがえして手品のように手の中にモルヒネの入った注射器を出現させた。
「ただ、私は『私のウィリアムくん』がほしいだけサ。ここじゃあ、それはかなわないからネ」
「......はあ、まったく、初めてもらったテディが忘れられない子供じゃないか」
ホームズは悪態をつくと、安楽椅子で目を閉じた。ホームズは探偵だが、謎を解き明かすのがしごとであって、別に正義の味方というわけではない。
ああ、ウィリアム・シェイクスピア氏もお気の毒に。そのままホームズは眠った。
(おわり)
すいませんでした