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愛しの六番目

(カニバネタ。パーシヴァルと狂気のランちゃんスロットさん)

 その昔、太古の昔の話だ。ランスロットがまだ世の中のなにもかも分からなかったころのことだ。ランスロットがまだ二才になったばかりの、嵐の夜に、隣の家に子どもが生まれた。
 春先のつよい突風が、なにもかもをさらっていくようなそんな夜だ。もちろんランスロットはその日のことを覚えているというワケではない。いつだか親が話したのをそっくりそのまま記憶しているだけだ。
「よくもまあそんなことを覚えているな」
 と、そのことを聞かされたパーシヴァルはあきれていったが、ランスロットは「ヴェインが生まれたときの話は、寝物語に聞かされたからな」と苦笑するばかりだ。
「それで今度は、俺が聞かされるわけか。その、くだらん話を」
 パーシヴァルは大きくためいきをついたが、席を立たなかった。話題に興味がないわけではないらしい。ランスロットは、あけたばかりのエールを飲みながら、話を続ける。
 こいぬのようにちいさな赤ん坊だったという。産声をなかなかあげないので、産婆が慌てて医者を呼んだ。激しい嵐にがたぴし揺れる家屋で、いっこうに泣かない子どもを前にして、ああこのこどもは死ぬかもしれないと、皆が思ったという。
「殺しても死ななそうなあの駄犬がか?」
「昔のヴェインは細っこくてちいさかったっていったろ。生まれつきなんだ」
 皆の不安とは裏腹に、なんとか医者が間に合って、ヴェインは元気に泣いた。嵐に負けない大きな声で。
「小さな村だから、大事件だったんだ。それに、ヴェインは指が六本あった」
「......、そう珍しいことではあるまい」
「まあそうだな。普通は五本だけれども、そういうこどももいる。四本で、一本すくない方よりかはましだな。もし親指がなかったら、あいつはハルバードを持てなかった。そんなことになったら、今頃俺はどうなってたかわからない」
 死んでたかもな、というランスロットのジョークに、パーシヴァルはまゆをひそめた。冗談が冗談になっていない、という顔だった。ランスロットはからから笑うばかりだ。
「六本指のこどもは、そのまま育った」
「切り落として燃やしてしまわなかったのか」
「ヴェインの親御さんは変わったひとで、六本指があったら、たくさんものが持てると思ったらしい。験担ぎだな」
「たいした験担ぎだ」
 ヴェインは六本指のまま、すくすく育った。もちろん二才だったランスロットも。験担ぎをした親が魔物にころされ亡くなっても、ヴェインの指はまだ六本だった。本人も気にしていなかったし、ランスロットもべつだん気にしていなかった。
「だが、今のあいつの指が六本だったとこなんか、見たことがない」
 いつ切ったんだ。やはり、騎士団入団のときか、とパーシヴァルは問いかける。確かに、それは論理的な推察だった。村ではいいかもしれないが、外に出るとなると、やはりほかとちがうというのはそれだけで差別の対象だからだ。しかし正しくはない。ランスロットは、ヴェインが置いていったつまみのソーセージのボイルをむしゃむしゃとやると、はずれだパーシヴァル、一点減点と返した。
「べつに俺はぶっそうなクイズをしに来たわけじゃない」
「はは、そうだな。まあ俺が切ってやったんだが」
「それくらい大体見当はつく」
 簡単なことで、人間の指っていうのは少なすぎても、多すぎてもいけなかった。五本がいちばんちょうどよかったのだ。ヴェインが剣を振るう練習を始めたとき、小指がじゃまでもちにくい、とランスロットにいった。しかし、親からもらった体だ、ヴェインは切り落とすのを悩んでいる様子だった。
「それで俺はいったんだ。『残しておけばいいじゃないか。保存液を俺が貰ってこよう』って」
「それで、お守りにでもしたわけか? それこそ、見たことがない」
「いや、失敗したんだ。ちょんと切ったはいいが、ヴェインが保存液をこぼした」
 どうしよう、とヴェインが泣いた。ランスロットは、ごめんなさいと泣くヴェインをなだめて、ガーゼの上の小さい指を見た。
「あのときほど、魔が差した、という言葉が似合う状態を俺は知らないな」
 美味そうだ、と思ったんだ、とランスロットはパーシヴァルに打ち明けた。ぴかぴかひかって、ちいさなまるい爪がついている、こどもの指。かわいい幼なじみの指だ。
 ランスロットはおぞましいほど綺麗に笑っていた。
「お前、」
 くったのか、とパーシヴァルが青ざめて小さな声でこぼすと、ランスロットは、ソーセージをまたつまんで、パーシヴァル、一点加点、と返した。

 

 

end

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