蜃気楼のスクリーン
(つきあってない・黒竜騎士団時代の捏造あり・両人グランサイファーに搭乗しています・ガチャ産SRヴェインアビエピのネタバレがあります)
「あんまりにもパーさんが俺のこと駄犬、駄犬っていうもんだからさ」
グランサイファーの停泊地に向かう道すがら、野菜を抱えて先をずんずんと進んでいたヴェインは、急に振り返って立ち止まり、そう切り出した。夏の、沈むのをためらうような西日がまぶしく、パーシヴァルにその表情は見えない。
それがどうした、とパーシヴァルが返すと、いやさ、とヴェインは住宅の前につながれた番犬を指さす。足の短い小型の犬は、吠えることもなく伏せて二人をじっと見ていた。
「調べたんだよ。犬のこと」
「お前にしては、勉強熱心なことだ」
「俺、向いてないってだけで、興味のあること調べるのは結構好きなんだぜ。まあ、でさ。犬って、記憶が20秒くらいしか保たないんだってさ。あの犬も、今はすげー見てるけど、俺たちのことなんかすぐに忘れるんだって」
なんだかさみしいよなあ。と、ヴェインは追いついてきたパーシヴァルの隣に並ぶ。
「迎えがないと帰り道すらすぐ忘れて迷う、お前に似合いだろう」
「それはごめんってば。グランが気を効かせてくれて助かったぜ」
ヴェインが買い出しから帰るのが遅いので、迎えに行ってと団長に頼まれたパーシヴァルは、やはり駄犬だ、とヴェインに対して思う。リードをつけてやらないと、すぐにどこかに行ってしまうしつけのなっていない犬。
「くだらない話はそれだけか? 俺はお前とおしゃべりを楽しむために来たわけではない」
パーシヴァルは、ヴェインに向かってそう言って、足早に歩き始めた。
「待って、って。パーさん」
「パーさんはやめろ、駄犬」
今度はパーシヴァルが先を行くかたちになって、二人は停泊地へと続く街道を歩きはじめた。ヴェインは、その後ろをひな鳥のようについていった。
「それでさ、続きがあるんだよ。その、ちょっとしか記憶が保たない犬の話」
「まだそのくだらん話を続ける気か」
「だんまりで歩くよかいーだろ。で、犬ってすぐものを忘れるんだけど、何年も前にあった人とかのことを覚えてたりするんだよ」
何回も遊んでもらった人間のことは、何年経ってもしっかり覚えてるんだって。すげえよなあ。ヴェインはのんきに言った。パーシヴァルは、黙ってそれを聞いていた。
話はそれで終わりのようで、沈む夕日に向かって二人は黙って街道を道なりに歩いた。グランサイファーまでもうすこし、というところで、ヴェインはぽつんとやけに小さな声で、あのさパーシヴァル、とこぼした。
「俺さ、結構記憶力いいんだぜ。犬とおんなじで、昔のこと、ほとんど覚えてるんだ」
「ふん、やはり駄犬が似合いというわけか」
「そー言われるとちょっと心外なんですけど。まあさ、あの、もうずいぶん経つなあ。森で俺と偶然会ったとき、パーさんすっかり俺と初対面です! みたいな顔してたろ」
ヴェインは、フェードラッヘの森の中で、ゴブリンの群れからパーシヴァルとグランに助けて貰ったときのことを話し出す。あのときは、全く知らない相手に名前を呼ばれて驚いたものだ、とパーシヴァルは思い起こした。
「でもさ、俺はちゃんと覚えてたんだぜ。黒竜騎士団副団長、パーシヴァルのこと。俺はランちゃんの幼なじみで、パーさんと顔を合わせることも結構あったからさ。かっこいい、って憧れてたんだ。本当に」
「昔の話だ。俺は必要なことしか覚えない。一兵卒だったお前がどうだったかなど、いちいち覚えてられるか」
「だよな。知ってる」
でも、好きだったんだ。ランちゃんと、パーさんって、氷と炎って正反対の属性なのに息が合っててさ。足りないところを補うってやつ? まあ、難しいことはわかんねえんだけど、一兵卒の俺らには自慢のコンビだった。
ヴェインは、もう戻りはしない過去を惜しむように、まぶしい夕日に目を細めてそう語った。
「俺もいつかああなれたらな、って思って、ずっと見てたんだ。パーシヴァルのこと」
パーシヴァルはなにも言えなかった。なにせ、黒竜騎士団時代のヴェインのことなど、ほんの少しも覚えてなどいなかったからだ。どう返せばいいか、頭の中のタンスをひっくりかえしても、適切な答えは見つからなかった。
「だからさ、今こうやって、パーさんなんて呼んでるのが不思議なんだ」
「俺は許可した覚えはないが」
「俺だって、駄犬って呼ばれてよろこんでるわけじゃないぜ。でもさ、パーさんのなかで、俺がどうでもいいヤツから、駄犬に変わったって思えば、それほど嫌でもないんだ」
好きの反対は無関心だ、ってばあちゃんが言ってたから。ヴェインはそう言い置いて、ニカッと歯を見せて笑って見せた。
誰がお前のことなど、とそれにパーシヴァルが文句を言う前に、おーいと二人を呼ぶ声が聞こえた。見上げれば、グランサイファーの上でグランが二人に手を振っていた。
「あ、グラーン! 今行く!」
ヴェインは抱えた野菜を落としそうになりながら騎空艇に向かって走り出した。パーシヴァルは持て余した感情の行き場がなく、しばらく立ち止まっていたが、ああ、と頭を片手でかきむしって、いつまでも御せない飼い犬の、長く伸びた影の後を歩いて追った。
おわり
パーヴェWEBアンソロ様寄稿作品