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嗜虐のレッスン

(新殺シェイ/シェイクスピア受け企画本にテーマ「変態」で寄稿したものです。そふとりょなだよ)

 ああ、くそったれ。シェイクスピアは心のなかで悪態をつくと、すっかりぼろぼろになった体になんとか鞭打って顔を上げると、頭上でつまらなそうな顔をしてのぞき込んでいる新宿のアサシンと目が合った。
「だから言ったじゃん。俺たちにたてつこうなんて考えるか
ら、そういうことになるんだよ。オジサンも、馬鹿だよね
え」
 アサシンはなにが面白いのかにこにこと笑いながら、傷だらけになったシェイクスピアに罵声を浴びせた。口の中が切れていて痛むので、シェイクスピアはなにも言い返せず、口の中にたまった血を吐き出した。
 このアサシンというのには良心がない。、もともと持つべき良識をすっかり捨ててしまって、「ここまではやらないであろう」というラインを平気で超えていく。簡単に言えば、アサシンは他人をいたぶるのに全く抵抗がないのだ。
「動くなよ」
 シェイクスピアがわずかに手に力を込めると、すぐさま打撃がとんできた。元々戦闘向きのサーヴァントではない上、魔力の杭と鎖で拘束されすでに深手を負っているシェイクスピアはそれを避けきれるわけもなかった。
「う、ぐッ」
 シェイクスピアはべしゃと地面に腹ばいに崩れ落ちると、蹴られた腹をおさえた。かまいたちのようにやってきた風撃が腹をぱっくりと切っていた。じんわりと暖かいものがしみ出して、手にべたりとつくのが気持ち悪かった。痛みは言うほどない。体のそこかしこが痛みを訴えているので、最早腹が切られたくらいでいちいち反応できるほど脳がしっかりした判断をくだせないらしい。
「さっさとマクベスを書いてもらわないとこまるんだよね。
聞いてる? 鼓膜破れちゃった?」
 矢継ぎ早に、下を向いてふうふう唸っているシェイクスピ
アの髪の毛を乱暴にひっつかむと、ぐいっと上に向かせた。
「いっ、」
「困るって言ってるンだけど」
 アサシンは、黙っているシェイクスピアに腹を立てて、パン、とその頬をはたいた。そこに一切遠慮などなく、しびれるような痛みと脳がゆさぶられる感覚に、シェイクスピアはくらくらと眩暈がした。 「あのさあ。俺に向かって、そういう態度は禁止って分かんないかなあ」
「はは、生憎吾輩は聞く耳もたずでして、がッ か、は... !」
「もっと考えて発言してくんない?」
 再び腹をしたたかに蹴られて、ひゅう、と変な息が漏れた。じわ、と傷口が開く感覚がして、ぞっと背中に悪寒が這い上った。ここまでされると、ばかになった頭でも痛みを認識するようで、チカチカと目の前で光がスパークした。どうやらアサシンは、シェイクスピアの軽口が気に食わなかったらしかった。東洋人の目が、残酷さを湛えて苦しむシェイクスピアを映している。
 横倒れになって、地面にうずくまるようにして痛みをこらえるシェイクスピアを、アサシンはまた二、三度蹴った。踏みつけるようにして一回、蹴飛ばすようにして一回。ためらいなくぶつけられ、ごっ、と鈍い音がする。そのたびに世界がぐるぐるとまわっているような錯覚を覚えた。ひどく気持ちが悪くなって、胃液が喉をせり上がってくる感覚をこらえきれない。
「あ、う、おえ、げえ」
 シェイクスピアは横に転んだまま、嘔吐した。口の端から、胃液がだらだらと流れ、体勢が悪かったので鼻に逆流してゴホゴホとせき込む羽目になった。すっぱい匂いが辺りに漂う。
「うえ! おっさん汚いって!」
 アサシンは嫌な顔をして、シェイクスピアをまた蹴った。
 それは道に落ちていたごみくずを蹴飛ばす行為に似ていた。
「ゲホ、うっ、は......、悪いですな。汚れましたか、はは。クソが汚れてもクソですが!」
 シェイクスピアは嘔吐したあとの虚ろな目で、アサシンを見る。そして、ぺっ、と唾を吐くと、わざと煽るようなことを言った。
「はあ......。そうやって精神的優位に立とうとするのさあ。やめたら? 本当にかわいそうになってくる」
 アサシンは、虚勢を張るシェイクスピアをむしけらを見るような目で見た。もうシェイクスピアにほとんど抵抗する力が残っていないことをよく知っていたが、この男にどうにかして屈辱を与えて、みっともなく許しを請い、頭を自分に垂れる姿が見たいと思った。アサシンは支配欲が強い。常に、あらゆる面で優位でいたかった。そのためには罵詈雑言も、暴力もいとわない。
「は、はは、吾輩なんかをいたぶって楽しんで、とんだ変態野郎もいたものですな。こんな三流サーヴァントを鞭打つ役目は気持ちいいですか?」
「うるさいな。黙りなって。アンタはさっさと自分の役目を果たせよ。マクベスはまだかって言ってるんだよ」
アサシンはそのあたりにあった新宿のアーチャーの杖で、シェイクスピアの体をゴルフの容量でぶった。声にならない呻き声を上げて、鎖と杭ごとふっとんだシェイクスピアのもとにゆっくりと近づくと、倒れ込んだ彼の背中をはだかの足でぐりぐり踏んだ。
「俺の足の下ではいつくばって、みっともない姿さらして、それでも平気だってんなら、ごめんなさい許して~ってお願いすることだって簡単だよなあ?」
「それは、はっ、難しい相談ですな。あなたに許しを乞うくらいなら、壁に愛の詩を贈ってキスでもしましょう......」

劇終

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