天秤
(シャノ→バロ。ジータちゃんがすごいつよい)
天秤が揺れている。シャノワールは、その秤に均等に重しを乗せて、水平にするのが好きだった。
水平であることは安心を誘ったし、何より完璧なかたちに思えたからだ。
探偵と怪盗。追うものと、追われるもの。問いかける者と、紐解く者。その二種類の存在が織りなす関係も、シャノワールにとって天秤と同じだった。
探偵と怪盗は、探偵と怪盗以上にも、以下にもなってはならない。
ずっとそれは変わらないし、変わらせやしないとシャノワールは思っていた。ヒューマンである『シャノワール』が持つ感情・衝動など、そこに混じってはならない。それは天秤に乗せてはならないものだ。そう思っていた。
・・
シャノワールは、その日たまたま騎空艇グランサイファーに立ち寄っていた。
パラパゴ島での一件から、たびたびこの面白い騎空団を覗きに来るのが、シャノワールのシュミのようなものだった。
それに、今現在ここには探偵も搭乗している。
予告状を出すには、ここに来なければならないというのも理由のひとつだった。
グランサイファーには様々な身分、種族、境遇のものが乗っているので、一種の不可侵空域のようになっていて、シャノワールが変装もせずいつものマントにシルクハット姿でうろついていても何かもの申してくるものはいなかった。
そんなことをするのはせいぜい探偵くらいのものだ。
「やあ、久しいね」
シャノワールが甲板で団長の姿を見つけて声をかけると、団長・ジータはにこりと笑って、
「ああ、来てたの。『お仕事』? それなら、バロワだったら今はガロンゾ島で任務中だからいないよ」
とあっさりと言った。
彼女は齢十五にしてたいへん聡明であり、物わかりがよすぎるほどによい少女であって、シャノワールを見かければすぐに探偵の話を寄越してくる。
まるで、それはシャノワールが普段見せない『人間』の部分――――それはシャノワールが他人に勝手に暴かれたくない部分だ――――を見透かされているようだった。シャノワールは、そのスリルが面白くて、ここに通うのを辞められない。
「いいのさ。私と名探偵はある意味運命共同体だからね。私がここに来た、というだけで彼はすぐに犯行予告だとわかるだろう」
それを聞くとジータはふうんと気のない相づちを打って、
「信じてるんだ」
と、続けた。
「だって、絶対来るって思ってるんでしょ。バロワだって、予告を無視するかもしれないじゃない。でも、それは絶対にないって思ってるってことは、シャノワールはバロワのこと信じてるんだね、ってこと」
追いかけてきてくれるって。と言って持っていた依頼の紙を寄越してきた。「来たならやっていってよ」と言う彼女は、シャノワールは認めるほどの肝の据わり用だ。
「すぐに成果をだしてお見せしよう」
シャノワールは一礼すると、それをマントのなかにすっと隠した。どこかにきえたようにもジータの目には映った。そして彼はくるくるとスタッフを回すと、ジータに先を向けて、
「君とルリアみたいなものさ。二人がいないと、世界が成立しない」
怪盗には、探偵がいなくては、とシャノワールはアルカイックスマイルを見せた。
「バカ。いっしょにしないで」
それにジータは怒ったようすで、シャノワールをにらんだ。
ルリアはそんなのじゃないんだから。とぴしゃりと言う彼女は、十五歳なのにいやにすごみがあり、将来はとても強い女性になるだろうということがしれた。
「あなたのそれは下心でしょ。私、わかってるんだから。好きなのかくして、悪戯ばかりやってるお馬鹿さん。バレバレだよほんと」
「......ふふ、本当のところはご想像にお任せするよ」
「ふん。あのね、好きな人には、好きって伝えたほうがいいよ」
はぐらかしたシャノワールに、ジータはそう言い残して甲板から去った。
残されたシャノワールは、でもそれでは均衡が崩れてしまう。美しくない。とそう思った。
しかし、そう思いながらも、ついつられて口にしてしまったのは、弱さだろうか。
「好きだ、愛している、バロワ。......だなんてね」
言える訳がないことを独り言で済ませ、なんだか道化のようなことをしてしまった、とばつの悪いきもちでスタッフをしまう。
さて、依頼でもこなそうかと仕舞った紙をだせば、そこには何も書かれていなかった。
驚いてジータが去った方を見ると、べえとジータが舌を出す。やはり彼女は自分の予想以上のことをする、とシャノワールは素直に感心してしまった。