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夏の蜃気楼

(左馬刻と二郎。カップリングではない)

「あ、碧棺左馬刻」
 左馬刻が、イケブクロの駄菓子屋でソースせんべいを買っていると、キャップをかぶった少年が声を思わず出してしまった、という風に呼びかけてきた。
「あ~~~~、次男か。ち、ばあさん。これ買って帰るわ」
「逃げんなよ。っつーかなんでブクロにいんだ。ヨコハマから出てくんじゃねえよくそヤクザ」
「別に逃げてねえし、様をつけろや。......仕事だよ。大人っつーのはな、忙しいんだ。だいたい暇でも遊びにくるかよこんなとこ」
 少年は黄色と緑のオッドアイをぱちくりさせて、「ふーん」と言った。「ヤクザもソースせんべい買うんだな。今度兄ちゃんに教えよ」
「うっせえガキ。ヤクザだってよっちゃんが好きだし、タラタラしてんじゃねえよも食う。ソースせんべいも然りだ」
 にらみつけても、山田二郎はとくにひるむようすもなく、「ばーちゃん。頼まれたもの買ってきたぜ」と奥の座敷に座っている店主の老婦人に声をかけた。
「なんだよその目は。俺だって仕事だっつの。ここのばーちゃん、腰が悪いんだよ。だから、俺らが買い物とかしてんだ」
「そうかい」
 支払いのブリキ缶に数十円を放り込んだ左馬刻は、ソースせんべいのふうを開けながら今しがたシメてきた、金を持ち逃げした組員のことを思った。全く、この世の中はクソばかりだ。クソばかりだというのに、人助けが仕事だという一郎の、そういう偽善が左馬刻は嫌いだった。
 二郎も、顔立ちはそこまで似てはいないものの、兄にひっついてこんな仕事をやっているわけだから左馬刻の嫌いな偽善の象徴みたいな存在だ。中央区でも、兄ちゃん兄ちゃん、とアヒルの子供のように後ろをついて回っていたのが目についた。
 しかし、坊主憎けりゃ袈裟まで憎いとはいうものの、二郎個人については特に思うところはない。思うところはないが、聞きたいことはあった。「なあ」
「んだよ。兄ちゃんの悪口だったら表でバトルだ」
「ちげーよ。......お前、遊園地には行ったことあるか?」
  はあ? と心底不可解です、という顔をした二郎は、それでも買ったガリガリくんを口にしながら律儀に「あるっての」と回答した。「兄ちゃんの初依頼の報酬で、みんなで行ったんだ」
「ならいい」
「お前変なやつだな。兄ちゃんのこと悪く言うのは許せねーけど」
「ありゃ一郎がクソ偽善者のバカ野郎なのがわりいんだ。テメエはなんもわかってねえ」
「ああ? 兄ちゃんは最高だ。俺の目標だし、世界一かっこいいんだよわかんねえやつ」
 駄菓子屋の前で、胸ぐらをつかみ合ってメンチを切った二人は、子供に指を指されているのにきづいてどちらともなくやめた。おか~さん、ケンカだよ。なんて言われたら気まずいことこの上ない。
「はあ、こんなとこでやって意味ねえし。次会うときは公式戦でボコボコにしてやるからな」
「てめえみたいな、自分の生きる道を自分で決めれねえようなやつに負けっかよ」
 まっすぐで素直で、尊敬する人間の後ろを追っていた人間のことを、左馬刻はよく知っていた。2年前の少年が、視界の端にちらつく。
 まだ17なんだ、自分のことくらい自分で決めろと言ってやれればよかったのか、言えなかった言葉を振り返り、左馬刻は舌打ちをしてばりばりとソースせんべいを食べきった。
 なんとなく、こいつが兄に似なかったらいいのに、とも思った。

 

 

 

 

 

 END

 

 

 


あとがき
 碧棺左馬刻の後悔とノスタルジー。
 リクエスト:8番 クーマ(向日葵・影・氷菓)を使用して左馬刻+二郎の話。
 今回は直接使わず、向日葵=いつもあなたをみている・影=面影・氷菓=ガリガリ君で表現しておきました。

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