汚れた英雄
(銃独 薬物のはなし)
俺が大学生のときの話なんですけど、と観音坂独歩は、ソファに座ってあたたかなコーヒーを見ながら言った。
「戦争やってて。まあみんなやってられん、って合法ドラッグ――今は危険ドラッグって言うんですっけ。まあいいや。が、はやってたんですよ。俺は、あいにくと友達がいなかったもんで、もらう相手もいなくて、やんなかったんですけど」
「そうですね、私が通ってたときも、知り合いにいましたよ。やっているひと」
入間銃兎は、またこいつは突飛なことを言い出すな、と思いながら会話を続ける。
「昔は、ただばくぜんと麻薬とか、そういうのは死ぬからダメだって思ってたんですけど、今は、死ぬのもやるのも自己責任だからいいんじゃないかって思うんですよ」
「それ、警官の私にケンカ売ってるんですか?」
薬物を取り締まる立場にいる人間の前でする話か? と、銃兎は眉をひそめた。俺がヤク嫌いだって知ってるくせによくもまあ、とも思った。
「違いますよ。そんなつもりじゃないんです。ただ、入間さんが、入間さんに――」
独歩は言いたいことを飲み下すように、それ以上なにもいわず、コーヒーに口をつけた。
二人はしばらく無口だった、銃兎の家の壁掛け時計が、かちかちと音を立てるのだけが響いていた。
「......ああ、でもそうか。やくざの資金源になっちゃうから、自己責任だけの話じゃないのか。なんかすいません、変なこと言っちゃって」
「そうですね。たばこやのおばあさんの手作りとかなら、まだよかったんですが」
「はは、入間さん。面白いこと言いますね」
「私だって冗談くらいいいますよ」
二人は笑い合った。それから、独歩は笑いながら、本当にそうだったらいいのに、と思った。そうすれば、この人だって、とさっき言えなかったことばを反芻する。
汚職なんて、やめてしまえるのに、と。
おわり
第二回銃独深夜の60分一本勝負 お題「言えない言葉」より