FACES
(ミルグラム 0909)
辛かったり苦しかったり、気分が最低の時、ミコトはいつも想像する。自分が正義のヒーローで、嫌なヤツを片っ端から正義のバットでぶん殴るところをだ。
たとえばクソみたいなクライアントだったり、そんなに酒が飲めないミコトにとりあえず生で! と言って一気飲みを強いてくるバカみたいな上司だったり、ミコトのことを「使えない新人」扱いしてくる旧帝大出身の営業だったり。そういうヤツを妄想で片っ端からやっつけてやるのは気分がよかった。
ミコトは今日3度目のやり直しを突きつけられた報告書を書きながら、緑のモンスターを飲み下す。もうモンスターは今日2本目になっていた。自宅にいるのになんで仕事をしなくちゃいけないんだ、という気持ちになりながら、深夜の時計がカチカチと音を鳴らすのを聞いていた。
なんで自分ばかりこういう思いをしなければならないんだ? そういう思いが毒のように回って、ミコトの脳を支配する。こんなはずじゃなかったのだ。人生って言うのはもっと効率的に立ち回れるはずで、自分はこんなことで時間を消費しているわけにはいかない。そうだろ? パソコンに向かっていると、そうだよ、という幻聴が聞こえた。
そうだ、お前はこんなところで苦しむ必要はなくて、辛い思いをするべき人間じゃない。
ミコトはもう自分って疲れているな、と感じて、目を擦った。クソクライアントに頭を下げて、上司に嫌味をいわれて、それでも笑って暮らさないといけなくて。それってでもしなくていいことじゃない?
「そうだって、俺はなんにも悪くない。僕は悪くないし、今日もちょっと運が悪かっただけで……そもそも三ヶ月で退社した山下が悪いだろ、俺のせいじゃないだろ……」
言い訳をしながら書類を仕上げて、パソコンをやけくそみたいにシャットダウンした。山下は退職代行をつかって入社三ヶ月でやめた同僚で、そのせいで最近ミコトは仕事量が増えていた。ミコトは悪くないのだ。
はあ、とため息をついてミコトは顔を洗いに洗面所に行く。顔を適当に洗って、顔を上げたとき、「じゃあ、もうそいつどうにかしちゃおっか」と声がした。