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分からず屋におくるソネット

ぐだシェ。モブに抱かれているシェイクスピア)

その噂を俺が聞いたのは偶然だった。
 カルデアの職員たちが立ち話をしているのを、シュミレーションルームか出てきたところで鉢合わせしてしまったのだ。
 その内容というのはこうである。
 ――――サーヴァント・シェイクスピアは、とうがたった男だが、女よりも抱きごこちが良いらしい。
 俺がそれを聞いていたのを知ってか知らずか、職員の男たちは俺の姿を見るとそそくさとその場を立ち去った。
「シェイクスピアが? 抱かれている?」
 俺の頭のなかはハテナでいっぱいになった。この場にマシュがいないことだけが良かったことだった。
 偏見があったからではない。ただ、マシュには刺激がつよかろう、と思ったからだった。


・・


「シェイクスピア。おまえ、カルデアの職員に抱かれてるのか?」
 俺は、その足でシェイクスピアのいる書斎へいくと、単刀直入に聞いた。聞いておかなければいけないきがした。だって、シェイクスピアは俺のサーヴァントだから。
「その、あのさ。カルデアのだれかと恋人になったとかなら、俺はマスターとして応援してやりたいと思うし......。でも、そのさ、おまえの恋人、その、抱き心地がいいとか、喧伝するようなやつみたいだし、そういう相手はマスターとして......」
 俺のぼそぼそとしたしゃべりは、二人きりの書斎によく響いた。
 シェイクスピアは珍しく俺の言葉を黙って聞いていたが、俺がそこまで言うと、彼はけらけらとわらって面白げに言った。
「ああ、ああ! 我がマスターは、こんなにも青臭く、純真で、疑いようもなく愚かしい!」
 褒めているのか、けなしているのか、よくわからないことを言って、シェイクスピアは俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。それはできの悪い犬をかわいがる仕草にも似ていた。
「別に、恋人同士でなくたって、体を重ねることは容易なのですよ。この世は」
 そして、そのまま俺の頭を抱き込んだ姿勢で、耳打ちをした。
「監査部のカータ、警備のヘッセン、ああ......貴方の口からよく聞くムニエルくんも」
「それは......」
「おわかりになりませんか?」
 吾輩を抱いた男の名前ですよ。
「えっ......、それって、おまえ、そんな。ダメだろ!」
 ばっ、と俺はシェイクスピアをつきとばした。たたらをふんだシェイクスピアは、ショックを受けた俺をゆかいなものを見るように見つめている。
「なにがでしょう? 詳しくお聞かせ願いたいですな、我がマスター!」
「いや、さあ、だって、そういうことって、普通......。そう、普通好きな人とするもんだろ。恋人じゃない相手と何人もだなんて、そんなの......」
 うう、と俺がうめいてうつむくと、シェイクスピアはさらに喜色満面になって、また俺のことをぎゅうと抱きしめた。やはりこのサーヴァント、俺のことを犬かなにかだとおもっているに違いない。
「かわいらしいですなあ。マスター。人と肌をかさねることが、斯様にいけないことでしょうか? 吾輩は、好きでない人とでも、セックスすることができます。それはいけないことですか?」
「いや、だめとか。そういうんじゃないけど。そのさ......俺は、おまえにそんなことしてほしくないって思うよ」
 なんでかはわからなかったけど、自分のサーヴァントが、知らないうちにどこかの誰かに抱かれているところを想像したら気分が悪くなった。それは俺のだ、なんて、ただの主従の関係でいえるはずもないのだけれど、なぜかそんなことを言いたい気分だった。
「では、ご命令なされば良いではありませんか。その、手に浮かんだ令呪なりなんなりお使いになればよろしい。サーヴァントに命令するなら、それしかありません。なんのためについていると?」
 シェイクスピアは、俺の手に浮かんだ令呪をなぞった。その手つきがなんだかいやらしくて、ぞくぞくした。
「いや、俺はさ、こんなものひとつでおまえをどうこうできるなんて、思ってないんだ。令呪で無理矢理従わされたって、心が伴っていなきゃ、サーヴァントもマスターも、いい関係を築いているとはいえないだろ」
 俺は、おまえといい関係でいたいんだ。触れた手をぎゅっと掴み返して、俺は言った。
「誰かに抱かれることが、おまえにとって良いことなら......。俺は止めないよ。シェイクスピア」
 シェイクスピアは、一瞬、ほんの一瞬だけすっと真顔になったが、すぐにいつもの大げさな笑顔で、ぱっと俺の手を振りほどいた。
「ハハハ! 良いでしょう! このシェイクスピア、マスターに許しを得た身として、好きにさせていただきましょう! ......ああ、くれぐれも、のぞき見などしませんよう!」
 そう言って一礼すると、シェイクスピアは部屋を出て行った。
 俺は、ぼうぜんとそれを見送った。
 ――――何か間違えた。
 そういう気がしてならなかった。

 

【様々な過ちも、貴方が犯したものとなると、美徳にすりかわるのです】 ウィリアム・シェイクスピア ソネット96番より

 

 

 

                               

 (おわり)

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