Absence of God
(寂独 毒にも薬にもならないはなし)
その日の診療で、観音坂独歩はさいきん、調子がいいんですと言った。
神宮寺寂雷は、麻天狼の仲間として、また彼の主治医として、それはよかった、とカルテに記入しながら返した。
「先生の病院にかかってから、も、そうなんですが、こうして、麻天狼の一員として先生と個人的接するようになってから、特に調子がいいんです。仕事が好転したとか、環境が改善したというわけではないんですが......。俺のせいなので......」
独歩はきょどきょどと落ち着かなさそうに、ぶつぶつといつものように小声でつぶやいた。
寂雷はうんうんと言って聞くと、独歩は不器用に口元を緩ませて、うれしがった。
「一二三の件も、先生がいなくてはどうなるかわかりませんでした。あいつも――、あんなんですが、とても貴方に感謝しているんです」
先生は、特別なお医者様なのでしょうか。いや、ヒプノシスマイクを持っているという点では特別なのかもしれませんが、そういうことではなく。
そう独歩は、顔を紅潮させて、たれた目にすがるような色を宿して続けた。
「僕は、先生のおそばにいると、果てしないほどの幸福をかんじてしまいます。ですから、それまでの憂鬱が、たちまち消え去って、晴れやかな気持ちになるのです。そのたび、僕は、先生がかみさまかなにかのように思えるのです」
「独歩くん。私は神でもなんでもないよ。ただの人間で、普通の医者だ」
「ああ、すみません。すみません。気色のわるいことを言ってしまいました。僕みたいなのに、こんなことを言われたって、嬉しいどころか、ご気分を害されますよね......」
独歩は青の目を潤ませて、赤い頭髪でそれを隠すようにうつむき、ぶつぶつと癖をはじめた。
寂雷はそれをみながら、好いていると言われているようで嬉しい、と言ったら、彼はきっと卒倒してしまうだろうな、それをそのまま家に持って帰ったら、一二三くんに怒られるだろうか、といやに人間くさいことを考えていた。
寂雷先生も人 2018/11/12 誤字修正