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かくして明日も朝は来る

(帝独 2019/06/23発行の青惟さんの同人誌に寄稿させていただいたものです。生きるのうまくない独歩の話)

 そんなに人間をやるのがうまくない。

 俺の仕事のルーティンより回転寿司の寿司のほうがうまく回っているって、びかびか光る一皿百円の文字見て思ったんだ。泥人形だって俺みたいな濁った目してないぞって、自己嫌悪の塊みたいになって精神がめちゃくちゃになって。深夜になりそうですよって長針と短針がけたけた笑ってるの聞きながら、会社の窓からただただ寿司屋の看板見てゼリー啜ってた。
 別に俺が大きい失敗をしたわけじゃないんだが、会社っていう集団のなかで俺という人間だけがうまく馴染んでなかった。そもそも営業なんて向いていない。向いている仕事なんかあるのか? 分からん。そんなん知るか。知ってるもんなら教えてほしい。
 でも、俺やってくの下手くそだけど、それでもなんとかやってきて、ただこの世界の隅っこで呼吸するくらい許してほしいって。夜は眠れなくても朝が来るから、朝が来たときに立ち上がれる何かがほしいって仕事やってた。
 俺、仕事はさあ、つらくないんだよ。むしろ好きなんだ。だけど人間やるのはうまくないから、今日も同僚の世間話に愛想笑い以外のほかに何もできなくて、上司に対しては思ってることのひとつも言えなくて、勝手に今日もしんどくなってる。
 俺がつらいのも、眠れないのも、俺が人間うまくないからで、仕事のせいじゃないんだ。
「だから、やめちまえなんて言わないでくれ」
 あったかい缶コーヒーが、手のなかで温度を失っていく。帝統くんは、メロンソーダをがぶ飲みして、ふうんと言った。クソガキだし、あんまり好きとは言えない相手だったけれど、その日はすっかり参っていたもんだから。ギャンブラーと会社員じゃ、生きる上で必要なものも価値観もなにもかもが違って、違っているから、情けない姿も見せてもいいように思えた。だから、弱音を吐いた。
「悪かったよ。出会い頭に、仕事やめたら、なんて言って」
 彼はそう言って、素直に謝った。子供に謝らせてなにがしたいんだ俺は、と自己嫌悪はつのるが、己を責め立てる声はブラックコーヒーと一緒に飲み下した。
「人生はクソゲーだ」
「同意」
「でも、言い訳にはしたくないんだ。だいたいは俺のせいであって、世界のせいじゃない」
「なんだ、うん。ほんとであんた人間向いてねえな」
 清潔そうなにおいがする、と彼は続けた。メロンソーダは飲み終わったようで、ポイと空き缶をゴミ箱に投げて捨てた。
「古代ローマ時代」
「ローマ時代?」
「そう。あの、温泉とかなんとか映画やってたやつ」
 彼の知り合いの賭博師が言うには、古代ローマ時代には議論の決着がつかなかったとき、コインを上に投げて表が勝ち、裏を負けとしたらしい。
「そんで、コインが神様って呼ばれるようになったんだぜ。おまえ、コインで負けても自分の論が悪いせいって言うのかよ。納得いかねえだろ普通。納得いかねえから、運が悪かった、って言っとくんだそういうときはよ」
 帝統くんは、ベンチから立ち上がってのびをすると、なあ、と空を見上げて続ける。
「まああんた人間うまくねえよ。っていうか、めっちゃ下手くそ。運とかツキとか神様とか、信じてねえだろ。ジンクスとかも嫌いそうだし」
「馬鹿にしてんなよガキ」
「はいはい、まあ俺はそういうあんたのこと一生かけても理解できねえけどさ。だって、つかれるだろそんなん。いちいち悩んでたら、その間にスロット勝手に止まっちまう。絶対パチスロやんなよおっさん」
「おっさんでもないし、うるさいのは嫌いだからやらん」
「でもまあ、そういうの、結構、嫌いじゃないって思うんだよなあ」  
「理解できないのに?」
「分かることと、好きかどうかって関係あるか?」
 に、と帝統くんは猫のように笑った。切れ長の目が、細くなって三日月に見えた。
「まあ人間がんばろうぜ。下手でも生きてりゃ一回くらいでっけえヤマがあたるだろ!」
 そういうもんなんだろうか。何が正しいとか、何が間違っているかとか、一切分からなかったが、それでも彼の笑い顔は見ていて気持ちがよかった。それで、ぬるくなったコーヒーを飲み干して、俺は缶をゴミ箱に向かって投げた。
 入らなかったけれど。

 

 


おわり

 寄稿させていただいたものです。青惟さん、ありがとうございました! 価値観がちがっても、わかり合えなくても、相手のことを好きにはなれるよ~~~~って帝統と独歩を見るといつも思います。違うからこそ言えることってあって、それがお互いの助けになるというのが好きです。世界は結構いいかげんで曖昧なのに、苦しい方選ぶ人間たちのしんどさみたいなのを考えます。

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